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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第4部
58/100

14 二日酔い



******




「うぅ・・・」


頭が痛い。気持ちが悪い。完全に二日酔いだ。


「おはよう、カール」


ルゥが、檸檬れもんをしぼった冷たい水を持ってきてくれた。

一気に飲み干して、二杯目を頼む。

すっきりした喉越しが、頭のもやを晴らしていく。


「俺、昨日どうやって帰ってきた?」


「ユハさんが送ってきてくれたのよ。午前中は休みって言っておくから、午後からゆっくり来いだって」


「そうか。あー、飲んだ。もう当分酒はいらないな」


「くすくす・・・。あのね、午後からって聞いて思いついたんだけど、出勤するとき、猫の私とこれをお城に運んでくれない?

 昨日作ったのはいいんだけど、運べないことに気付いたの」


ルゥが手に持っていたのは、パイの皿。

丸まる一個、乗っている。他にもまだ家用にカットしたものがあるという。

今日は勉強会の日だったか。エメに差し入れするんだろう。


「わかった。じゃ、それまでもう一眠りするから、お昼に起こしてくれ」


「ん。水差し、置いておくね」


「ありがとう」


ぱたん、と寝室の扉が閉まる。

ユハが送ってくれたのか。ルゥに会ったかな。

マルリじゃなくてよかった。職場で何を言いふらされるか、わかったもんじゃない。


ぱたぱたと、階下でルゥが歩く音がする。

時折、かたんと何かを動かすような音。掃除でもしているのか。

頭痛はおさまったが、胃のあたりがむかむかする。

最後に飲んだ、おかみお手製の果実酒が悪かったな。

やたらめったら度数が高くて、そのくせ変に甘ったるかった。


出勤は午後からか。助かる。

ルゥの付き添いもあるから、少し早めに家を出よう。

勉強の様子も少し見られるといいが、見せてくれるだろうか。

ふあぁ、と欠伸あくびが出る。

水音が聞こえてきた。今度は洗濯かな。

ルゥがくるくると働いている様子が目に浮かび、知らず口の端があがる。


窓の格子からは日の光が差し込み、水差しに反射してきらめいている。

ゆったりとした気分で、寝具に体をもぐりこませた。

目を閉じると、軽く体が揺れている感覚がある。まだ酒が残っているのか。

昼までに抜かないとな。

ルゥの気配を感じながら、俺は眠りについた。




「んな」


ちょっと待ってて、というように首を振って、ルゥは執務室の扉の下にある猫窓から中に入って行った。

こ、こんなものが取付けられていたのか。

中で物音がして、すぐにルゥを抱いた国王が出てきた。

妙に抱き慣れているじゃないか。


「くくっ、そう怖い顔をするな。菓子があるんだって? エメの部屋で相伴にあずかろう」


ゆったりと歩く王の後ろをついていく。

広い肩越しに、ルゥが俺を覗いてきた。

いい。俺を見なくていいから、それ以上王にくっつくな!


すぐにでも奪い返したい衝動を、ぐっとこらえる。

エメの部屋までだ。エメの部屋までの我慢・・・。

とても長く感じた道のりは、実際には大した距離ではなかっただろう。

エメの部屋の扉にも、猫窓がついていた。

これなら、王と一緒に来る必要はなかったんじゃないか?


「ルチノーちゃんったら、またリックと来たの? もう連れてこないでって言ったじゃない」


「今日は差し入れがあるというからな、一緒に食べにきたんだ」


「仕方ないわね・・・あら、カール。久しぶり」


「・・・どうも」


また、だと?

エメは嫌がっているのに、ルゥが王を誘っているのか。

やけに頻繁に国王の話題が出るとは思っていたが、ルゥ、まさか・・・。

胸を焼く想いは、衝立ついたての奥から現れたルゥを見て、一瞬で霧散した。


「まぁ! 今日もとってもかわいいわ!」


「緑も似合うな」


並んでうなずき合うエメと王は、娘の晴れ姿に目を細める親のようだ。

そんな二人ににっこりと微笑みつつ、ルゥはまっすぐ俺の前に歩いてきた。


「あの、カール、どうかな」


胸元が大きく開いた意匠デザイン

白い肩も、半分ほど出ている。

やわらかそうな深い緑の布地には、たくさんのひだがついていて、ルゥの体のラインに沿って流れ落ちている。

幅広の金のベルトが、腰の細さを強調していた。


「カール? あの・・・変、かな」


呆然と見つめていると、ルゥが不安そうに問い直してきた。


「あ、いや、驚いたんだ。とても似合うしすごくきれいだ」


どう表現したものか、うまい言葉は見つからなかったが、とにかく美しかった。

家では「高いものはいらないから」と、ごく一般的な服を着ているルゥだったが、着飾るとこんなにも変わるのか。


「そうよねぇ。もう毎回これが楽しみで!」


「髪もなんとかしたいな。侍女に頼めるといいが、そうもいかんしな」


「・・・編むくらいならできます。妹にやらされていたので」


「本当?」


ルゥが意外そうな顔で俺を見てくる。

そういえば、猫のときにブラッシングはしてやっても、人の姿で髪をいじったことはなかった。

今日から風呂上りに梳いてやろう。


エメに櫛と紐を借りる。

あまり時間もないので、左右の髪を編み込んで後ろで一つに結んだ。

残った髪は、自然に降ろす。

細い首や滑らかな肩に触れないようにするのが大変だった。

二人きりであったなら、すぐにでもむしゃぶりつきたかった。


「うまいもんだな」


「ほんとね。相当やらされてたのね」


「カール、ありがとう」


振り返って微笑むルゥ。

抱きしめたくなるのを、拳を握ることでこらえた。




「う~ん、おいしい! お料理もそうだけど、お菓子作りも上手なのね!」


四人でテーブルを囲み、ルゥの作った林檎のパイを食べる。

お茶はどうするのかと思ったら、魔術で湯を沸かし、ルゥが淹れた。

そんなこともできるのか。


「はじめはいきなり沸騰しちゃったり、逆にぬるかったり、一気に蒸発しちゃったりしたの」


「液体は制御が難しいのよね」


「今日は一回でできたな。たいしたもんだ」


「そうだわ。せっかくお料理が得意なんだから、魔術だけで何か一から作ってみましょう。

 ちまちま術だけ練習するより、必要なことから覚えるほうが効率がいいのよ」


「なるほどな。私は肉料理が食べたい」


「あなたの好みは聞いてないわ。でも焼くだけってとこから始めたらいいかもね」


お茶を飲みながら、かわされる会話をただ聞いている。

エメはともかく、王よ、なぜそんなになじんでいるのだ。

普通国王というのは、もっと忙しい身なのでは?

このなじみ具合といい、ルゥの受け入れ具合といい、たぶん毎回参加している。

家で話には聞いていたとはいえ、今日初めて顔を出した俺は、疎外感を覚えて居心地が悪い。

忘れていた苛立ちが、胸を襲う。


「では、俺は仕事に戻ります」


耐えきれなくなって、席を立った。


「はーい。ルチノーちゃんはお預かりするわね」


「近いうちに式典があるから、よく訓練しておけと隊長に伝えてくれ。

 あいつのことだ、忘れているかもしれん」


「御意」


「カール、送ってくれてありがとう」


立ち上がって見送るルゥに目でうなずいて、エメの部屋をあとにした。




*****




ぱたん、と扉が閉まる。

カール、何か怒ってた・・・?


「若いっていいわぁ」


「冷静沈着、戦場にあってはどんな敵にもひるまない両手剣使いのカールが、ルゥには振り回されているようだな」


エメさんと王様は、全部わかったような顔をしてうなずき合っている。

やっぱり何かあったのか。

この服のせい? 胸元が開きすぎてたのかな。でも似合うって言ってくれたし。

髪を結ってくれたときも、にこにこしてた。

カールにあんな特技があるとは知らなかった。

パイが口に合わなかったのかな。甘さは控えめにしたつもりだったんだけど。

疑問を口にした私に、二人は苦笑して違う、と首を振った。


「焼きもちよ、焼きもち」


「自分の知らない面を見せられるとな、男ってのは案外衝撃(ショック)を受けるもんだ。

 すべて知っていたつもりの相手ならなおさらだな」


「2~3日、お夕飯にカールの好物でも作ってあげれば、すぐに機嫌が直るわよ」


「いや、それよりも夜、奉仕サービスしてやったほうが即効性があるぞ」


「あなた、なんてこと言って・・・」


「即効性があるほうがいいです。王様、どうすればいいんですか?」


「ルチノーちゃん!」


「だって、カールが怒ったことなんていままでなくて・・・」


「怒ってるんじゃないわよ。焼きもちだって。あぁ、もう、泣かないの!」


「よし、私が手取り足取り教えてやろう」


「リック!」


「なんならエメと一緒に実演してやってもいいぞ。さぁ、エメ。遠慮なくくわえてみろ」


「ああああああなた、何教えようとしてるのよーーーー!」




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