11 飲み会
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「今日は同僚と飲み会なんだ。遅くなるから先に寝てて」
「わかった。いってらっしゃい」
いつものようにキスをしてカールを見送る・・・んだけど・・・。
「んっ・・・んん・・・」
侵入してきた舌が、尖らせた先で上あごをくすぐり、私を吸う。
長い指がうなじを撫でて、がくっと膝から力が抜けるまで離してもらえなかった。
「あ・・・はぁっ・・・カール・・・」
「しまった・・・。夜遅くまで会えない分、補充しようと思ったら、やりすぎたな。
出かけたくなくなってしまった」
ぎゅうっと抱きしめられる。
私もカールの背中に手を回して、きゅっとくっついた。
「できるだけ、早く帰ってくる。戸締りはしっかりしておいて」
「うん」
今度こそ軽いキスをして、カールは出かけて行った。
そんなに遅くまでいないんじゃ、今日は何をしようかな。
そうだ、明日のエメさんとの勉強会に、お菓子を持って行こう。
なにができるかと、家にある食材を確かめる。
小麦粉、お砂糖、卵・・・あ、林檎。
林檎のパイがいいかな。シナモンがないか。
「ヴュストさーん、おはようございまーす!」
「はーい」
ちょうどいいところに、行商の人が来てくれた。
ショールを目深に被り、玄関に向かう。
辺境にいたころは、村の人にもらったり兵舎に来た行商の人からカールに買ってきてもらったりしてたけど、王都では戸別にお店の人が来てくれるから便利だ。
一日置きくらいにご用聞きに来てくれて、その場で買うこともできるし、後で配達してもらうこともできる。
うちに来てくれるのは、いつもにこにこして人のよさそうなおじさん。
時々恰幅のいいおばさんが一緒に来ることもある。
「今日のおすすめはこれとこれだよ」
「じゃぁ、こっちをください。あとシナモンはありますか?」
おじさんが勧めてくれた葉物野菜を手に取る。
「あー、今はないけど、午後もう一回このへん回るから、その時届けるよ」
「ありがとうございます」
「こっちこそ毎度どうも。あ、奥さん。この間、城に納品に行ったときにね、旦那さん見かけたよ。いい男だねぇ」
「わわわ。ありがとうございます」
カールがほめられたことも嬉しいけど、“奥さん”っていう呼び方に照れちゃう。
“ヴュストさん”って呼ばれるのにも、まだ慣れない。
「ははっ 赤くなっちゃって、かわいいね。うちのも若いころはかわいかったんだけどなぁ」
「あのふくよかな方が奥さんですか?」
「ふくよかっつーか、太ってんだよ。はははっ 今のは内緒な」
おじさんは人差し指を口元にあてて、ついでに玉ねぎを2こ、袋に入れてくれた。
おまけというより口止め料かな。ちょっと得した気分。
「じゃぁ、また午後来るから」
「はい。よろしくお願いします」
シナモンは午後か。
お菓子作りはあとにして、お洗濯をしてしまおう。
*****
「カールの復帰に」
「我らが親衛隊に」
「ブルクハルト王家に」
「「「「「乾杯!」」」」」
小気味良い音をたてて、麦酒がなみなみと注がれたグラスがぶつかりあう。
城下町にある『三匹の子猫亭』には、俺を入れて5人の親衛隊員が集まっていた。
多少お調子者だが、情報収集に長けるマルリ。
騎馬戦と長槍が得意なヴァイノ。
がっしりとした体格の、戦斧使いのオロフ。
片手剣を扱わせたら、右に出る者はいないユハ。
ちなみに俺は、両手持ちの長剣が得物である。
皆、年が近く、よくつるんでいる仲間たちだ。
「しっかしなぁ。カールが結婚とは! しなさそうな奴に限って早いんだな!」
一杯目を一気に空けたマルリが、俺の背中をばんっと叩く。
「ごほごほっ ここにいる奴は、誰もしてないのか?」
近衛のときも一緒だったユハとマルリのことはよく知っているが、他は親衛隊に入ってからのつきあいなので、私生活までは知らなかった。
「いんや、オロフんとこは、この間娘が生まれたよな」
「あぁ。リナというんだ。かわいいぞ。目に入れても痛くないとは、こういうことを言うんだな」
「おまえの娘なのにかわいいのか?」
ヴァイノが茶々を入れる。
「悪かったな。嫁に似たんだよ」
「そりゃよかった」
「でも耳の形は俺にそっくりなんだぞ。手なんかこんなにちっちゃくてなぁ」
「こいつ、娘自慢始まると長いんだよ。ヴァイノは婚約者がいるんだよな。俺は何の予定もナシ」
「ユハは?」
「俺もないな。女は面倒でいかん」
「っかー! よく言うよ。城の侍女の間で、カールかユハかで派閥が出来てたんだぜ。
ここにきて、カールの結婚でおまえの一人勝ちじゃないか。よりどりみどりさ」
「マルリだって、城の女たちとしょっちゅうしゃべってるじゃないか」
ユハがグラスを傾けながら、つまらなそうに言う。
奴のグラスは、いつのまにか麦酒から白い液体に変わっていた。
甘味好きのユハが好んで飲む、パナマという酒だ。
「あれは情報収集。女の噂話って馬鹿になんないのよ?」
「長いばかりで中身のない話だろ。うんざりする」
「わかってないなぁ。女の噂話はすごいんだぞ。隣の晩飯から、上司の下着の色までわかる」
「それ知ってどうなるんだよ」
オロフの相手をしていたヴァイノが会話に入ってくる。
この手の話には、つっこみたくなる性分らしい。
「ま、どうにもならんわな。例えだよ、例え」
「例えが悪すぎるだろ」
「んなこと言ったってしょうがないだろ。毎日毎日機密事項ばかりしゃべってるわけじゃないんだから」
「やっぱりくだらんな」
「ユハ~」
ばっさり切ったユハの肩に、マルリがすがりつく。
ヴァイノは肩をすくめている。
オロフはといえば、大柄な体相応に、がつがつと食事を口に運んでいた。
口いっぱいに頬張った肉を麦酒で流し込んで、ちらっと俺を見る。
「で、おまえの嫁ってどんなんよ」
「あっ、そうそう。俺も聞きたかった」
「カールの噂は、隊が違っても結構聞こえてたぞ。相当遊んでたって」
「それは誤解だ。なぁ、ユハ」
「誤解かどうか・・・。女が切れたことがないのは確かだな」
「おいおい、ちょっと待て」
「そうだよな~。うちの嫁も、一時期騒いでた。だから俺もおまえの浮名はかなり知ってるぞ」
「そのカールが落ちるんだからな。美人か? 美人なのか?」
「美人というか・・・かわいいかな」
「うぉぉ、惚気んじゃねぇよ! まぁ、飲め。で、どうかわいいんだ」
「おまえが聞くから答えたんだろ。どうって・・・顔とか仕草とか」
「普通すぎる。もっと具体的に言え」
ヴァイノ。つっこみ属性な奴め。
「リナはなぁ。笑ってもあくびをしてもかわいいぞ!」
「おまえの娘の話はもういい。んで耳が似てて手が小さいんだろ。足も小さいんだよな」
「そうそう。なのに爪がしっかりあって・・・」
「だからいいって。カールの嫁の話だろ。年は? 背格好は?」
「と、年? 年は・・・」
「なんでユハを見るんだよ。カール、おまえってば昔から困るとユハを頼るよなぁ」
「う。背はな、小さい方だろうな。小柄っていうのか。腰も折れそうに細いし」
「で、胸がでかいのが好みなんだよな」
「案外俗っぽいな」
「リナは絶対嫁にやらん」
「オロフ、話聞けよ。自分でふっといてなんだ」
「話が進まない。カール、で、年はいくつなんだ?」
ユハに冷静に問われる。
これは逃げられないか。
「・・・8」
「28?」
「3つ下か。どこで出会ったんだ? 赴任先の辺境か?」
「いや」
「王都か? 戻ってきてから? 行く前から付き合ってたのか?」
「いや、出会ったのは辺境だが、年が違う。・・・18だ」
「えぇ!?」
「じゅうはち!?」
「18!?」
「おっまえ・・・犯罪だ!」
テーブルの下でどかどかどかっと足を蹴られた。
一発多かったぞ。誰か二回蹴りやがったな。
「そりゃかわいいわな~」
「毎日そそくさと帰るわけだよ」
「意外だったな」
「あ~、もう、飲め飲め!」
麦酒は蒸留酒に変わり、どんどんグラスに注がれる。
空の瓶が増え、酔いがまわる。
早く帰るとルゥに言ったが・・・どうも無理そうだ。
ユハに担がれて家に帰ったのは、日付をとうに過ぎてから。
寝てていいと言ったのに、ルゥは起きて待っていた。
どさりと居間のソファに倒れ込む。
ルゥの顔を見て安心したからか、家について気が抜けたのか、急に眠気が襲ってきた。
いけない。このまま寝たら、おやすみのキスができな・・・・い・・・・。
「くすっ おやすみなさい、カール」
翌朝、ちゃんとキスしたよ、とルゥが教えてくれた。
覚えてない。残念だ。