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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第1部
5/100

5 髪を切ったら・・・


*****


「うわ、隊長、どうしたんすか、それ」


出勤した途端にギュンターが寄ってきた。

まぁ今日は俺も用があったから助かる。


「ちょっとな。この村に散髪屋はあるか?」


「んー、ヨゼフじいさんはこの間死んじまったからなぁ。

 手先の器用な奴がいますから、呼んできましょう。

 ついでに髪も切っちまいましょうぜ」


ギュンターが呼んできたのは裁縫屋の息子で、裁ちばさみと剃刀を器用に使って髭と髪を整えてくれた。


「隊長・・・・・いくつなんすか」


「なにがだ」


久々につるりとなった顎を撫でる。

襟足もすっきりした。

長めに残してもらった前髪は、真ん中で分けて顔の両側に流す。


「年です。おいくつでしたっけ」


「31だが、何か?」


「31ぃ!?俺の2コ上!?」


「何をそんなに驚くんだ。履歴書は王都から届いていたはずだろう」


「いや、そうっすけど、きっと間違いだと思っ・・・いえ、なんでもありません。

 うわ、隊長。よく見れば男前じゃないすか。

 まいったなぁ。村の娘どもがほっときませんよ」


「女は当分いらん」


「うへ・・・なんて贅沢な・・・・」


この地に飛ばされたのも女がらみだった。

恋愛ごとはこりごりだった。

兵舎に行くと皆一様に不審げなまなざしを向けてきた。


「何を見ている!訓練はどうした!」


一喝すると「隊長!?」「えぇ!?」「詐欺だ!」「実は若かったのか!」となんともわかりやすい反応が返ってきた。

そうか、あの無精ひげと伸ばし放題の髪のせいで俺はずいぶん年上に見られていたらしい。


「つまらんことを言ってないで外に並べ!」


目を覆う前髪がなくなったせいだろうか。

世界が明るくなった気がした。

遠巻きにしていた隊の連中との距離も、心なしか近くなった気がした。


「ルゥのおかげだろうか」


「ん?何か言いましたか、隊長」


「いや、なんでもない。ギュンター、月例報告書ができてるから送っておいてくれ」


「はいはい。

 隊長、あとは笑顔っすよ。

 村のやつらは単純だから、その顔でにこりとでもすればすぐに仲良くなれますからね」


「おもしろくもないのに笑えるか」


「ま、そりゃそうですけどね」


兵舎を出て、庭に整列した警備隊員たちの前に立つ。

20名ほどの隊員たちは、どうにも定まらない姿勢で突っ立っていた。


「気を付け!」


全員びくっと震えて不動の姿勢をとる。

その後、休め、右向け右、敬礼などの基本動作をさせる。

ここまでは赴任して3か月。なんとか見られるようにした。


「銃をおけ!」


わたわたわた。


銃を扱う段になって、途端にぎこちなくなる隊員たち。


「銃をとれ!」


おい、そこの右の。

先を自分に向けて、もし暴発でもしたらどうする気だ。

弾を抜かせておいてよかった。


「立て銃! 下げ銃! 担え銃!」


とにかく慣れだろうと、立て続けに指示を出す。

左右混乱した奴が隣の奴に銃をぶつけたり、銃同士がぶつかったりして、ゴツンだのガチャンだの騒々しいことこの上ない。


「隊長、無理っすよぉ」

「俺、鋤や鍬なら得意なんすけど」

「投げ縄ならできます!俺んちの牛が逃げたとき、見よう見まねでやってみたらうまく行ったんでさぁ」

「あぁ、あれすごかったよな!」

「もう少しで村の柵越えちまうってとこで、サジの奴が縄さ持ってきて・・・」


あぁ、頭が痛い。

こめかみを押さえ、溜息をつく。


「ははは、まぁ、隊長。俺らはこんなもんすよ。

 そんな根つめてやらなくても大丈夫です」


隣に立つギュンターものんきなものだ。


「おおおおおーーーーい、大変だー!

 ヤン坊のとこの牛が逃げ出したぞー。手を貸してくれー」


庭の反対側から村人の声がした。


「おぉ、俺の出番!」

「兵舎から縄とってくる!」

「網も持ってくだ。みんなで囲むべ」

「あっ、隊長。行ってもいいっすか!?」


「・・・・・行って来い」


いつもこんな調子で訓練が中断される。

牛か・・・まぁ大変だよな。逃げだしたら。

銃を放り出し喜々として駆け出す隊員たちの後ろをついていきながら、今日何度目かの溜息をつく。


はぁ・・・。

ルゥの白く柔らかい躰を思い浮かべ、これも任務だ、早く終わらせてうちに帰ろうと気持ちを切り替えた。




*****


あっ!帰ってきた!

窓の下、木の向こうに、外套を目深にかぶった大きな人影が見えた。

昨日は失敗してしまったが、今日こそ玄関でお出迎えするのだ。

孤児院でも、院長先生が外出したときにはこうして帰りを待っていたことを思いだす。

彼が一人で住むこの家は、玄関を入ってすぐが居間で、あとは台所、水回り、寝室だけの小さな家だ。

大人数で暮らしていた孤児院からすると驚くほどの狭さだけど、この3日間で人一人暮らすには十分だとわかった。


がちゃり


鍵の開く音がする。

彼は私の見た目を気味悪がず、赤い瞳をきれいだと言ってくれた。

冷たい雨に打たれて死ぬしかないと思っていたところを助けてくれた。

食事とあたたかい寝床を与えてくれた。

野良でやっていこうと思ったけれど、一度こんなに心地よい空間を覚えてしまったら、もう外へは出たくない。

精一杯の愛想を振りまくべく、扉の前に座って私は長いしっぽを揺らした。


「ルゥ。待っていてくれたのか」


私を見た途端、彼が破顔する。

・・・彼?


「ふぎゃーーーーー!!!」


「あっ、おい!?ルゥ!?」


いやあぁぁ、誰これー!

反射的に戸棚によじのぼり、背中の毛を逆立てた。

長靴に隠れ、様子を伺う。


「おまえまで・・・・俺だよ、カールだよ」


カール?

カールとはたぶん彼の名だ。


「なーぅ?」


「んん?それ、カールって言ってくれてるのか? 

 そうだ、カールだよ。おまえを拾ったカールだよ」


見知らぬ人が私に手を伸ばす。

だって、だって、違うよ?

髭はきれいさっぱりなくなってるし、錆色の髪は短くなって前髪だけ顔の両側に垂らしていた。

すっと通った鼻筋といい、きりっと引き締まった口元といい、ちょっとかっこいいとか思ってしまう。

変わらないのは深い碧の瞳だけ。


「おいで」


呼ばれて、彼の大きな手におそるおそる近づいた。

人差し指で喉を撫でてくれる。

この手。

やっぱり彼だ。

あぁ、びっくりした。


「なーぅ」


「そうだ、カールだ。どうだ、似合うか」


「んなー」


「ははっ、そうか。驚かせて悪かったな。さぁ、夕飯ゆうめしにしよう」





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