8 ご両親に、ご挨拶 2
「で、式はいつなんだ」
「いや、彼女は身寄りがないし俺も辺境から戻ったばかりだから、式はしないつもりなんだ」
お店はお兄さん夫婦にまかせて、店と続きになっている自宅の応接室に通された。
カールと並んでソファに座り、向かい側にカールのお父さんとお母さんが座る。
カールが言うとおり、ご両親は私を特別視することなく、温かく接してくれた。
「ねぇ、ルチノーさん。本当にいいの?
一回りも年が離れてて、親の私が言うのもなんだけど我が儘だし自分勝手だし、結婚相手としてはどうかと思うわよ」
「お袋、それはないんじゃないか」
「あら、本当のことじゃない」
カールのお母さんは、ふんわりとした雰囲気だけれど、わりとはっきり物を言う女性みたい。
お父さんはと言えば、背が高くって、微笑んだ顔がカールとそっくり。
白髪交じりの錆色の髪が、カールもこうなるのかなって思わせる。
「そうだなぁ。こいつにはいつも苦労というか驚かされたよ。
せっかく商人の学校に行かせたのに、突然騎士になるなんていって家を出るわ、気付いたらある日いきなり近衛として王様の行列に混ざってるわ、あげくどっかの国の王女に手をだしたとかで左遷だろ?」
「ちょっと、あなた。ルチノーさんの前で言っちゃだめでしょ!」
「おぉっと、すまんな。まぁ誤解だったってことで戻ってこられたんだからいいよな」
「は、はい。大丈夫です」
全然大丈夫じゃない。
あとでカールに聞かなくちゃ。
隣に座るカールをちらっと見ると、ばつが悪そうに目をそらした。
「で、極めつけはこんなにかわいいお嬢さんを連れてくるんだもんな!」
「そうよねぇ。でも結婚式は本当にいいの? 女の子なら一度は憧れるものじゃない。
親代わりなら孤児院の先生とかいらっしゃるでしょう?」
「院長先生はこの間亡くなられて・・・」
「あら! もしかして聖アドリアナ孤児院!?」
「え? あ、はい、そうです。ご存じなんですか?」
「ほら、カール、あなたが寄付をした・・・。
確か家一軒くらい軽く建つ金額をぽんとあげちゃったのよね。あのときも驚かされたわぁ。
あそこの院長先生、亡くなったのよね。近所の奥さんが治療院のお手伝いに行っててねぇ。
カールにも知らせようかと思ったんだけど、急だったから。
そう、あなたあの孤児院の娘さんなの。それが出会いってわけね。それなら納得だわ。こんな息子だけどよろしくね」
そう言ってカールのお母さんは、私の手を強く握った。
初めて聞いた話に驚いたけど、とりあえず認めてくれたようなので握手を返す。
カールも片眉をあげてお母さんの話を聞いていた。
たぶん知らなかったんだ。
その後、今王都で流行っているというお菓子をご馳走になった。
夕飯も食べて行ってというお誘いは丁重にお断りして(私の変化が限界だった)、家に帰った。
「あの!」「あのな!」
家に着いた途端、2人同時に口を開いた。
カールに先を譲る。
「親父が言ってた王女の件は完全に誤解なんだ。
向こうが勝手に熱を上げてただけだ。ウーリーに聞けば分かる」
あっそう。
ずいぶんモテてたんだね。
あーあ、これからカールの女性関係では苦労しそうだなぁ。
昔の女性とかに会ったら、どうしたらいいんだろう。
「ルゥが聞きたかったのはこのことじゃないのか?」
私の反応がいまいちだったのを感じたようで、カールが不安げに聞いてきた。
「それもあるけど・・・お礼がいいたかったの」
「礼?」
「寄付のこと。院長先生は、すごく資金繰りで苦労してたから・・・。
時期的にも一番大変だったときだわ。それがなかったらみんな路頭に迷ってたかも」
「あ、いや・・・。
その、王女の件でな。左遷されて辺境に行くことになったから、自棄になって有り金全部寄付したんだ。
・・・そうか、ルゥのところだったのか」
それから私は、孤児院でのこと、エメさんとの出会い、カールに会うまでのことを話した。
前に聞かれたときは院長先生のことを話すのがまだ辛くて、うまく話せなかったことも謝った。
「アドリアナ院長はいい方だったんだな」
「うん。最後まで私のことを心配してた。カールにも会ってほしかったな」
カールを院長先生に会わせてあげたなら、きっともっと安心してくれただろう。
いまはただ、安らかに眠っていることを祈る。
「俺は・・・すまんが適当に選んだ寄付先だった。たまたま知り合いに紹介されて。
こんな偶然もあるんだな」
「そうだね。偶然でも・・・すごく感謝してる。ありがとう、カール」
広い胸に、そっと身を寄せた。
カールも私の背中に腕をまわし、髪を優しく撫でてくれる。
「墓はどこにあるんだ?」
「院長先生の親戚が管理する墓地にあるわ。王都の西のはずれだったと思う」
「そうか。今度あいさつに行かなきゃな」
「うん・・・」
カールのご両親も素敵な方たちだった。
式はしないけど、身内だけで食事会をしようということになった。
私に家族ができる。
カールが、家族をくれた。
碧の瞳が私を見つめる。
どちらともなく唇を寄せ、深く、口づけた。
院長先生、私、幸せです―