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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第4部
46/100

6 お引越し


*****




お昼休みのカールにあいさつをして、エメさんのところに向かいながら、王都に来てからのことを思い返す。

もう一か月かぁ。

あっという間だなぁ。


王都に来たことがあるといっても、城下町にあるエメさんの家や院長先生がいた治療院に行ったことがあるだけで、お城を見るのは初めてだった。

その大きさと迫力に圧倒される。

私はよく知らなかったんだけど、王都は、お城の広い敷地内には騎士団の隊舎や宿舎があって、さらにその外側に城下町が広がっていた。

お城と城下町の間には高い塀があって、いつも門番がいる。

城下町はお城の周りと、お城から隣国に伸びる街道沿いに栄えていってるみたいで、その街道の一本は私のいた孤児院のある町へもつながっているそうだ。


カールと私の新しいおうちは、そんなブルクハルト城の敷地の一画にあった。


「こ、こんな立派なおうちに住んでいいの?」


レンガ造りの2階建て。

庭はなくて、家の前がすぐ道だけど、玄関横にちょっと寄せ植えを置けそうな場所がある。

カールの肩に乗って家に入る。荷物は先に届いていた。


「あぁ。使用人も1人置いていいことになっているが、いないほうがいいから断った。

 だいたいの家事は俺もできるしな」


「私のせいで・・・ごめんね」


「いや、俺がルゥと2人きりがいいだけだ」


猫の私にキスをして、ぎゅっと抱きしめてくれた。

せめて人の姿になれれば、カールの役に立てるのに。

荷ほどきをするカールの横でただ見ているのも心苦しく、家の中を探検することにした。


辺境の家とは違い、しっかりした造りで部屋数も多い。

1階には、小さいけど居間とは別に応接室があって、そのほかに食堂と台所、お風呂などの水回りがある。

玄関ホールにある白い手すりのついた階段を上がると、2階に寝室と書斎、お客さん用?の部屋が2つもあった。

それぞれに家具が備え付けてあり、すぐに使えるようになっている。


あ! 出窓!


2階の一部屋に、辺境の家と同じような出窓があるのを見つけた。

うれしくなって、ぴょんと飛び乗る。

家の前の道を、人が行き交うのを見下ろすことができた。

この眺め、新鮮!


「何かおもしろいものでもあったか?」


尻尾をぱたりぱたりと振りながら眼下を見下ろしていると、カールが2階にきて覗き込んできた。

腕を私の両側について、同じように外を眺める。


「ん? あれはエメじゃないか?」


カールの視線を追うと、城から下ってくる道に、確かに見知った人影があった。




「久しぶり! ルチノーちゃん!!」


玄関を開けた途端、エメさんが抱きついてきた。


「たった一週間しか経ってないじゃないか」


「うるさいわね。会いたかったんだからいいじゃないの・・・ってあなたと言い合ってる場合じゃないわ。

 ごめんね、ルチノーちゃん。

 引っ越しのお手伝いをしたいところなんだけど、ちょっと時間がなくて。

 手短に、術の掛け直しと打ち合わせだけしていくわ」


そういうと、エメさんは私を降ろして人に戻してくれた。

すかさずカールが、上着を脱いで肩に掛けてくれる。


「ルゥ・・・・!」


「あなた、“たった一週間”って言わなかった?」


人になった私の髪を撫で、いまにも口づけせんばかりのカールを見て、エメさんは呆れ顔だ。

うん、私もそう思う。


「“会いたかったんだからいい”だろう」


「~~~! 人の口真似するんじゃないわよッ」


「あー・・・エメさん、時間ないんでしょう? カールも、やめて?」


上目づかいにお願いすれば、カールは破顔して、首筋に顔をうずめてぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。

あぁん、逆効果だった・・・。


「はあぁ。もういいわ。いくつか術をかけてから後で説明するわね。あと、今後のことね」


エメさんは何やら口の中で呟きながら家の中を周り、最後に私のおでこをトンとつついた。

ぴりっと軽い衝撃が全身を走る。


「これで家の中でなら自由に変化できるわ。ペンダントもちょっと貸してね」


カールと私のペンダントを受け取ると、カールの護り石には術をかけ、私のものは貴石がたくさん埋め込まれた金のチョーカーに付け替えられた。


「エ、エメさん、これは・・・」


ものすごく高価なものじゃないの?


「1つ1つの石に術がかけてあるわ。ルチノーちゃんの力の制御を助けてくれるの。引っ越し祝いよ」


にこっと笑って、首にはめてくれた。

しっとりとした重さがあって、まるで生まれたときからつけているみたいに私の首になじんだ。


「美しい・・・が、俺のルゥに勝手に首輪をつけられたようで気に入らないな」


「ああ、はいはい。そうでしょうね。ついでにもっと気に入らない提案をさせてもらうわ」


エメさんの提案っていうのは、お城でエメさんに魔術を習うことと、そのために王様の猫になることだった。

カールは渋い顔をして聞いている。


「私も週末は城下町にある家に帰ってるけど、一週間ごとより3日おきくらいのほうが術のなじみがいいのよね。

 午後は比較的時間があるから、城で勉強会をしましょう。

 私といるときは人の姿でいられるけど、移動は猫のままだから・・・。

 リックの猫ってことにすれば、城の中を歩き回れるでしょう?」


「ルゥは城に住むのか?」


「ここから通ってくれればいいわ。猫が気ままに出歩くのはよくあることだし。

 でもいちいちカールが送り迎えするわけには・・・ってそんな顔しないの。あなたも仕事があるんだから無理でしょ!

 猫のままで行き来するには、リックの猫のほうが都合がいいのよ」


私はなるほどなぁと聞いていたけど、カールは納得がいかなかったみたいで、結局一端王様の猫になるけどそのあとカールが譲り受けるってことになった。

それならカールのところにずっといても平気だし、城を歩いているのも自然だ。

とはいえ、私を物のように扱うことにカールは最後まで難色を示した。


「お話の上だけだし、気にしないで、カール」


「しかし・・・」


「大丈夫よ。エメさんもカールも、私なんかのことをこんなに一生懸命考えてくれてありがとう」


「いいのよ。乗りかかった船ってやつだわ。

 それにヴィルヘルミーナの女王にはお世話になったの。ルチノーちゃんを助けることは、私の恩返しだと思ってるわ」


「その話だけど・・・私、いまだに信じられなくて・・・」


孤児院に捨てられてた私が、どこかの国のお姫様?

そんな話、にわかには信じられない。

孤児院に居た頃、仲間と似たような話をしたことはあった。

本当は大金持ちの両親がいて、いつか迎えに来てくれるとか、実はどこかの国のお姫様や王子様で、ある日家来が迎えに来てくれるとか。

それが現実のことになるなんて。


「そうね。証拠といえば年と絵と涙石を知っていたこと、あと眠っていた力くらいだけど・・・私はルチノーちゃんがヴィルヘルミーナのお姫様だって確信してるわ」


「それはなぜだ?」


「だって、そっくりなんだもん」


「え?」


「ルチノーちゃん、私が会ったヴィルヘルミーナの女王にそっくり。

 髪を金にして、瞳を青にすれば、そのまんま若き日の女王だわ」


ヴィルヘルミーナの女王・・・それはつまり、エメさんの話によれば私のお母さん。

私、そっくりなの?


「初めて会ったときは気付かなかったのよねぇ。

 くやしいけど、カールに会って成長して・・・本当にきれいになったわ。

 私の家でドレスを着たことがあったでしょう? そのとき思ったのよね。あれ?どこかで会ったことあるって」


カールがちらりと私を見る。

ドレス姿を見たいとか思ってる顔だよね。

最近、カールが考えてることがわかるんだ・・・。


「ま、もう30年も前の話だし、いまさら誰かがルチノーちゃんを探し出そうってこともないと思うわ。

 もし何かあるならとっくに迎えが来てるわよ。

 信じても信じなくてもいいけど、魔術の勉強は必要だから、お城にいらっしゃい」


「うん、わかった。本当にありがとう、エメさん」


「いいのよう。かわいいルチノーちゃんに会えるだけで私も楽しいわ。

 城なんてねぇ、立派な分、肩が凝って仕方ないのよ。午後のお茶をしに来るくらいのつもりで気軽に来てね。

 あぁ、着飾ったルチノーちゃんとお茶! たくさんドレス用意しておかなくちゃ!」


「着飾った?」


「エメさん、ドレス集めが趣味なの。前おうちに行ったときにいろいろ着せてくれたの」


「ほお」


あぁ、カールも対抗する気だ。

余計なお金、使わないでいいからねっ


「でも魔術の勉強って、エメさんさっき・・・」


「もちろんするわよ。でも私の癒しにもなってね!」


「癒し・・・。私で役に立つなら嬉しいけど」


「立つ、立つ! じゃ、待ってるから!」


王様に会う日取りとか、猫と人との使い分けとか細かいことを打ち合わせして、エメさんは帰って行った。

このとき、私は体が弱くて外になかなか出られないってことになった。

2人ともうまいこと考えるなぁ。


「なんだか急にいろいろあって、気持ちの整理がつかないよ」


「焦ることないさ。荷物の片づけと一緒で、少しずつ取り組んで行けばそのうちあるべきところに落ち着く」


「あ、片づけ。そうだった、お手伝いするね!」


猫じゃ無理だけど、この姿なら手伝える。

もうすぐ夕刻。

急がなくっちゃ。


「片づけよりも・・・」


腰を引き寄せられた。降りてくる唇。


「ルゥが欲しい」


「・・・んっ・・・。だ、だめだよ。このままじゃごはんも作れないでしょう?」


家具はそろっていても、お鍋とか包丁とかはしまったままだ。

食材もない。


「飯は買ってくればいい。辺境と違って、遅くまでやってる店がいくらでもあるからな」


「そ、そうなの? あっ、でも・・あんっ・・・んん・・・・!」




結局その日のお夕飯は抜きで、朝まで離してもらえなかった。

一週間ぶりだからって・・・“たった一週間”って自分で言ったんじゃないの!




明け方、カールの腕の中でまどろみながら、夢をみた。

懐かしい、幼い頃の夢。

今日は、暗褐セピア色だった夢に色がついていた。




『ルチノー。私の愛しい子』




私を抱くその人は―エメさんに聞いたせいだとは思うけど――金の髪に青紫の瞳をしていた。





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