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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第4部
45/100

5 出立



*****




コメット爺さんの孫娘の結婚式は、無事行われた。

その後の兵舎での壮行会のほうが、よっぽど大変だった。

詳しくは述べないが、負傷者続出、備品の破損も著しく、明日からどうするんだろうとすでにいない身ながら気をもんだ。

しかし酒のせいもあってか、みんな終始笑いっぱなしで、俺も人生で一番腹の底から笑ったんじゃないかと思う一時ひとときだった。


「俺もねぇ、一度隊長とサシで酒を呑んでみたかったんすよ」


ようやく会が落ち着いた頃、麦酒エールの入ったコップを持ち、目元を染めたギュンターと何度目かの乾杯をした。


「言ってくれればいつでも呑んだのに」


「本当ですかぁ? 赴任当初なんて暗くって、一言もしゃべらない日だってあったじゃないすか。

 明るくなったなぁと思ったら猫に夢中で、定時で帰るし。

 誘う隙なんてなかったっすよ」


そうか。それはすまなかった。

確かに測量隊の歓迎会くらいでしか、隊の連中と酒を酌み交わしたことはなかった。


「後任の件はありがとうございました。カール隊長ほどにはとてもじゃないけどできませんが、精一杯務めますので」


「何をいう。ギュンターがいたからなんとかやってこられたんだ。感謝している」


「ははっ、照れるっすね。王都でもお元気で」


「あぁ、ありがとう」


「たぁいちょー! のんでますかあぁぁぁぁ」

「きょうは、あさまでかえしませんよおおお」

「ほらほら、もっとのんでえぇぇ」


「朝までって・・・。朝、出立するんだが・・・」


「あいつらもうすぐつぶれますから。見送りには蹴っ飛ばしてでも連れ出すんでご安心を」


「どうせ二日酔いだろう。寝かせてやれ」


「そうはいきません。全員きっちりそろえますからね。お楽しみに」




お楽しみに?

その言葉の意味を知ったのは、翌朝、見送りにきた隊員たちが見事な行進を見せたときだった。

基本教練に従っての一糸乱れぬ行進、行進間動作、執銃時の動作、礼式、どれをとっても完璧だった。

訓練で俺が教えたときよりも、格段にうまくなっている。

隠れて練習したのか。


「カール隊長のますますのご活躍を祈って! 捧げ、銃!」


「みんな・・・ありがとう。

 諸君に会えてよかった! ここでのことは絶対に忘れない!」


答礼をしながら、胸に熱いものがこみあげてきた。


「隊長! お元気で!」

「お元気で!」

「また遊びに来てください」


涙をこらえ、見送りに手を振って、俺は数か月を過ごした辺境を後にした。






「よぉ、カール! 今日も愛妻弁当か? うらやましい限りだな! 今度自慢の奥さんを連れて来いよ」


「だから、うちのは体が弱くて外に出られないって言ってるだろう」


「本当は俺らに見せたくないだけじゃないかぁ?」


「モテるくせに一人に執着しなかった、カール=ヘルベルト=ヴュストが結婚とはな!

 おまえを落とした女ってのを、一目見て見たいぜ」


「いいから、早く飯食いにいってこい。どの店もすぐに混んで食えなくなるぞ」


「はいはい。“三匹の子猫亭”のおかみが、おまえに会いたがってたぜ。今度呑みにいこうや」


「わかった。特に予定はないから、みんなの都合のいい日を教えてくれ」


「あいよ」


手を振って、にぎやかな同僚たちが昼飯に出るのを見送る。

辺境の兵舎では当番制で昼飯を作っていたが、親衛隊ここでは親衛隊舎のある城内から城下町へ食べに行くのだ。

王都に来て一か月。

親衛隊ガーディアンの中には旧知のものもおり、さほど苦労することなく溶け込むことができた。


「奥さんはそんなに体が弱いのかい?」


同じく弁当組の、ヘルマン副隊長が話しかけてきた。

年の頃は40代後半。薄くなってきた髪を撫で上げ、丸眼鏡をかけている。

神経質そうな見た目通り、細かいことに気がつく性質たちで、名実ともに隊の参謀役だ。


「そうですね。弱いというか、日光に当たると肌が真っ赤に腫れ上がったり、熱を出したりするんです。

 家の中にいる分には全くの健康体なんですがね。外に出ることができません」


「へぇ。それは大変だな」


これは王都に来た当初、俺とエメで考えた作り話だ。

エメは王都に家もあるが、国のおかかえ魔術士としてブルクハルト城に滞在していた。

ルゥはエメの元に力の使い方を覚えるために通うことになったが、できるようになるまでずっと猫の姿でいるのは不便だろうと、エメが家の中と俺のそばでだけ人に戻れるように術を調整してくれた。

家全体に術をかけることで結界とし、ルゥの力の暴走を封じ込める。

また、俺の持つ双子の護り石のペンダントにも封じの術をかけて、短時間なら俺のそばにいれば外でも人になれるようにした。

そのおかげで、国王への謁見や俺の実家へのあいさつもできた。

とはいえ、ほとんど人前に出られないことにかわりはないので、体が弱いということにしたのだ。


「ん? なんだ?」


ヘルマン副隊長が、窓の外に視線を向ける。

開け放った窓から、ひらりと白い影が入り込んできた。


「ルゥ」


「んなーぅ」


ルゥが窓から俺の肩に飛び移り、頬をすり寄せてくる。

実は、猫の姿でなら何度も親衛隊舎に来ているルゥである。


「それがリクハルド様に下賜された猫かい? よく懐いているな」


「えぇ。猫、大丈夫ですか?」


「あぁ。飼ったことはないが、嫌いではない。全身真っ白なのか。美しいな」


ルゥが猫の姿でエメの元へ通っても不自然でないように、国王にいただいた猫ということにした。

俺のなのに・・・くやしい。

俺とおそろいの双子の護り石は、ペンダントからチョーカーに形を変え、ルゥの首におさまっている。

これが通行証がわりとなり、今のルゥは城内なら自由に出入りすることができた。

昼休みの間、隊舎で過ごし、ルゥはまた窓から出て行った。


「散歩か? あまり遠くへ行くなよ」


エメのところへ行くとわかっていても、ヘルマン副隊長の手前、そう声をかける。


「んな!」


長い尻尾が城の方向へ消えていく。

城内なら危険はないとは思うが・・・心配だ。




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