3 異変
翌朝。
少し期待をしてルゥにまたたびの実を見せる。
「これ、黒猫ちゃんが宝物って言ってたの。なんでこんな実が宝物なのかな??」
手に乗せて、転がしたり匂いを嗅いだりしている。
たが、何の反応もない。
残念。非常に残念だ。
「カール、いつ帰ってきたの? 夕ごはん食べた?」
「あぁ。肉を焼けばよかったんだよな」
「そう。よくわかったね。私なんで寝ちゃったのかな・・・ごめんね」
昨夜のことは何も覚えてないらしい。
「ルゥ、今度猫になったら珍しいお茶を飲ませてやる」
「お茶? 猫じゃないとだめなの?」
「猫用だからな」
「ふぅん? わかった。今からでもいいの?」
「今日は休みだが、片づけをしたいからな。夜かな」
「お休み! 嬉しい! 一緒にお片づけできるね。確かに猫じゃ役に立たないから、夜のお楽しみだねっ」
楽しみ。
どちらかというと俺にとっての、だが。
なぜ今ではいけないのかについては、あえて説明しないことにしよう。
「じゃ、朝ごはん作るね。スープ残ってる?」
「少しあるな」
「パスタは好き?」
「ルゥの作るものならなんでも」
椅子に腰かけ、台所に立つルゥを眺める。
長い髪を後ろで結わえ、鼻歌を歌いながら細長いトマトを刻んでいる。
朝日と、包丁の音と、ルゥ。
穏やかな時間が過ぎていく。
トマトを昨夜の残りのスープに加え、煮込む間に粉をこねはじめた。
薄く延ばして長方形に切っていく。
「それは何になるんだ?」
「ファンファッレよ。ちょうちょの形のパスタ、知らない?」
ルゥが指で中央をつまむと、見たことのあるパスタの形になった。
「あー、見たことも食べたこともある。ファンファッレというのか」
「うん。かわいいから好きなの」
ルゥの手の中で、次々と蝶が生まれていく。
その手際も見事で見ていて飽きないが、俺としては、つい項やら細い腰やらに目が行ってしまう。
「うまいもんだな。どこで覚えたんだ?」
ファンファッレを茹ではじめたルゥを、後ろからそっと抱く。
料理の邪魔をしないよう、撫でるのは我慢して手元をのぞきこんだ。
「私のいた孤児院は、通いの料理人さんがいたの。マリオさんっていうおじさんなんだけど、パスタ料理が得意で。
でも他のお料理も上手で、いろいろ教わったよ。
マリオさんが休みの日はみんなで交代でごはんを作ってたんだけど、私が作ることが多かったかな。お料理って楽しいよね!」
そうか、孤児院育ちと言っていたな。
ルゥの料理の腕は、仲間のためにふるわれていたわけだ。
「どのあたりの孤児院なんだ? 今もあるのか?」
「今は・・・」
楽しそうに作っていたルゥの手が止まった。
まずいことを聞いたのだろうか。
「茹であがったから、この話はまたあとにしよ? パスタは茹でたてが一番だよ!」
ぱっと振り向いたルゥは、いつもの笑顔だった。
香草で香りをつけ、塩・胡椒で味を調えたトマトソースをかける。
もっちりとしたパスタの食感がよく合い、うまかった。
ルゥの出自はおいおい聞かせてもらおう。
俺のことだって、たいして話しているわけではないのだから。
「カール、この本も縛っちゃっていいの?」
「あぁ。この棚の本だけ避けておいてくれ。兵舎に持っていくから」
「はぁい」
1年に満たない期間でも、それなりに荷物は増えるものだ。
すぐに必要でないものは縛ったり箱に入れたりして、先に送ることにする。
家の中のことはルゥに任せて、俺は洗濯物を干す。
ガサガサッ
庭先の藪から黒猫が出てきた。
「ふにゃぁ」
「お、なんだ? もしかしておまえが、ルゥが言ってたスヴァルの家の黒猫か?」
話しかけると、ぱたりとお愛想程度に尻尾を揺らした。
「宝物、ありがとな。喜んでたぞ」
黒猫は窓を気にしていたが、ぷるっと耳を一回振ったかと思うと、金色の目をすがめて帰って行った。
俺はあまり好かれていないようだ。
「おい、ルゥ。今、君の友達が来て・・・ルゥ?」
洗濯物を干し終え、家の中に声をかける。
応えはない。
おや?
積み上げた本の間に、白い尻尾が見える。
「ルゥ? また、またたびの実をいじったんじゃないだろうな?」
近付くと、服の下に横たわり震えるルゥがいた。
「・・・ルゥ?」
俺の目の前で人の姿になる。
顔色は真っ青で、脂汗を浮かべていた。
そしてまた猫へ。
「だ、大丈夫か?」
「カール・・・変化が止まらない・・・あぅっ・・・・」
輪郭がほどけ、手足が伸びる。
人になったところを抱き留めた。
「止まらない? それはどうして・・・」
「わかんない。こんなこと初めてで・・・」
ふぅ、とルゥが息をついた。
額にかかった髪を撫でて避けてやる。
「あ、なんか安定した。驚かせてごめんなさい。私、どうしたんだろう」
「急に変化してしまったのか?」
「うん。猫になろうとしたわけじゃないよ。ただ本の整理をしてただけなんだけど」
ルゥを立ち上がらせて手を離す。
「あっ・・・」
また猫になってしまった。
へたり込むのを慌てて支えて抱き上げる。
「なんなんだ?」
「なんだろう。カールから離れた途端、急に・・・あれ?」
ルゥの視線の先。
女魔術士がくれたペンダントが、淡い光を放っていた。
俺のも服の中から取り出して見ると、同じように赤く光っていた。
「何が起こってる・・・?」
「エメさんならわかるかも。あぁ、でも私エメさんの住所も知らないわ。どうしよう」
ルゥの耳がしゅんと垂れる。
「エメか。どうやって連絡をとればいいんだろう。ウーリーならわかるかもしれないな」
2人で思案していると、ドンドンドン!と玄関を叩く音がした。
こんなときに・・・誰だ。
ルゥを肩に乗せ、扉を開ける。
「はい?」
「カール! 私よ! ルゥちゃんは大丈夫!?」
なんという頃合。
紫の法衣をまとった女魔術士が、そこにいた。