1 まどろみ
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それから一週間。
穏やかな日々が続いている。
「いってらっしゃい」
「あぁ。今日も遅くなる」
「はい」
引継ぎや訓練の仕上げをしているカールは、とっても忙しそう。
私はと言えば、家事と荷造りを頼まれた。
荷物と言ってもそんなにないんだけど、カールの役に立ちたいからがんばる。
一通り今日の分の用事をすませ、夕飯の下ごしらえをしてから、猫になった。
窓辺で丸まって、お昼寝の態勢だ。
春の日だまりはぽかぽかと温かく、すぐに眠りに誘われた。
『おいしかった! これはあなたが作ったの? 上手ね!』
あ、これはエメさんに初めて会ったときの夢だ。
あの日エメさんに会わなかったら、今の私はなかったなぁ。
『あとはおまえだけだね・・・』
孤児院の閉鎖で、売れ残ってしまった私をずっと心配していた院長先生。
最期に安心させてあげられてよかった。
『うっわ、気持ち悪ぃ。赤目で睨むんじゃねぇよ。呪われるだろ』
アヒム・・・。
そういえば院長先生の葬儀で見かけた気がする。
会わなくてよかった。
夢はどんどん過去にさかのぼる。
『ルチノー』
『ルチノー。私の愛しい子』
思い起そうとしても、声も顔もすでに思い出すことはできない。
夢の中でだけ、おぼろげな影を結ぶ。
まぁま・・・ぱぁぱ・・・・。
*****
「隊長さん、王都に戻られるんだそうですね」
「スヴァル」
「これ、もしよかったら使ってください」
兵舎を訪れたスヴァルが持ってきたのは、猫用のバスケット。
中にやわらかそうなクッションが敷かれている。移動時にルゥが休めるようにと考えてくれたのだろう。
彼女が向けてくれる好意が、そういう種類のものかもしれないと、思わなかったわけではない。
もしルゥが普通の猫で、辺境でずっと暮らしていくことになったら、彼女との未来もあったかもしれない。
「私からのものをルゥちゃんが使ってくれるかはわかりませんけど」
「いえいえ、前いただいたチーズも、喜んで食べてましたよ。いつも本当にありがとうございました」
そういえばルゥはスヴァルを嫌っていた。
あれは焼きもちだったのか?
だとしたら嬉しいじゃないか。今度聞いてみよう。
その後も、ヨシばあさんや村の女性陣がいろいろなものを持ってきてくれた。
どうやら結婚式の会場設営の打ち合わせにいった隊員の誰かが、俺のことを話したらしい。
嬉しいような申し訳ないような気分になる。
こんな風にしてもらうほどのことを、俺はこの村のためにしただろうか。
それをギュンターに言ったら、
「まったく隊長は真面目っすね。もらえるもんはもらっとけばいいじゃないすか」
と言われた。
それはそうなのだが・・・・。
赴任当初、この男の軽さに救われたのも確かなので、ひとまずその言に従うことにした。
「隊長が気持ちよく受け取ってくれることが、一番相手も喜びますよ。
あ、明日は休んでいいっすよ。もうだいたい目処がつきましたから」
「そうか。ありがとう」
明日は非番だったが、来る気でいた。
家のこともあるので助かる。
気持ちよく受け取ることが、相手を喜ばせる、か。
そういう考え方もあるのか。
都会の、見返りを期待した人間関係とは根本から違うのだ。
改めて村人や隊員、ギュンターの懐の深さを感じる。
以前の自分も含め、王都の者は田舎を馬鹿にする向きがあるが、大事なのは利便性や物資の豊かさではない。
心の豊かさのほうが何倍も大切だと知った。
何年後か・・・いつかまた戻って来られたらいいと思う。