11 月光
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突然の告白に、ルゥは驚いて固まってしまった。
そりゃそうだろう。
俺だって驚いている。
でもこの結論しかなかったんだ。
俺はルゥのことをほとんど知らない。
どうして人になれるのか。俺に出会う前はどんな生活をしていたのか。
あの料理の腕前を考えると、拾った時に子猫だったからといって、ずっと子猫だったわけではないのかもしれない。
俺の前にも誰かに飼われていて、そいつのために料理を作っていたのかもしれない。
今は俺の腕の中におさまっている白い肢体を、他にも知っている奴がいるのかもしれない。
それを思うと、胸が焼けつくような嫉妬にかられる。
それでも、猫だろうが人だろうが一緒にいたい気持ちに変わりはない。
昨日今日とルゥが待つ家に帰ってきて、この上ない幸福な気持ちに満たされた。
こんな幸せな気持ちは、いままで知らなかった。
もっと一緒にいたい。
ずっと一緒にいたい。
そのためにはどうすればいいか。
「ルゥ、おい、大丈夫か」
呆然とするルゥの顔の前で、ひらひらと手を振ってみる。
目線は動くのだが、視線が定まらない。
「人型になるのは大変なのか? 制限時間とかあるのか?」
とりあえず、気になっていたことを聞く。
ルゥはふるふると首を振る。そうか、制限時間はないのか。
辺境で暮らすなら猫のほうがいいだろう。
しかしそれでは俺が満足できない。
人型のルゥの身体を知ってしまったから。
今朝も起こしに来てくれたのがうれしくて、ついいたずらしてしまった。
調子に乗って胸を触ったら、逃げられてしまったが。
頻繁に変化していたら、いくらのんきな村人や隊員でも、いつかはばれるだろう。
そのときルゥにつらい思いはさせたくない。
かといって、人として今からここで暮らすのは無理がある。
猫のルゥはみんなに会っているし、良くも悪くも世話好きの村人たちに囲まれたときに、あまり社交的には見えないルゥがごまかしきれるとは思えない。
やはり猫でも人でもあるとわかったときに、ルゥがとても気にしている“気味悪がられる”ことでもあったら、立ち直れないかもしれない。
そう考えて、それなら王都に行ってしまおうと思った。
王都なら様々な人種がおり、様々な趣味嗜好の者がいる。
ずっと人でいられるなら、辺境で出会った女性として紹介すれば、(多少俺の幼女趣味をからかわれるとしても、あぁ、自覚はあるさ。だからなんだ?)わりと平気なんじゃないかと思う。
昨夜、眠るルゥを眺めながら、共に在る未来を考えたら王都に行くのが一番いいと思った。
まぁ、全部投げ打って誰もいない山奥で2人で暮らすということもできるが、俺だってルゥに珍しいものを見せてやったり、2人でうまいものを食ったり、たまにはルゥを着飾って誰かに自慢したりしたい。
騎士団の宿舎では無理だった。
近衛も、身辺の調査が厳しいので素性のわからないルゥを連れ歩くのは厳しい。
しかし国王が俺に送ってきた書類には親衛隊とある。
親衛隊員の資格は国王の信頼のみ。隊員本人の氏素性すら関係ない。
その信頼に応えられるだけの力量があればいいのだ。
今の自分にそれだけの力量があるのかはわからないが、ルゥのためなら何でもしてみせる。
まだ動揺しているルゥの髪を梳く。
指の間をさらりと流れ落ちる髪は、銀糸のように細く輝き美しい。
すべらかな二の腕を撫で、手を取って指に口づける。
人差し指を口に含んでちゅっと吸うと、ぴくりとルゥが反応した。
「あの、カール?」
「ん?」
「妻って、あの、奥さんだよね?」
「奥さんだな」
「私、を奥さんにするの?」
「そうだ」
「カールの奥さんが、私?」
「そう言っている」
「ええと、なんで?」
なんだか一生懸命考えているらしいルゥは、俺の手が太ももに伸びていることにも気づかないようだ。
うーむ、すばらしい撫で心地。
「ずっと一緒にいたいから。ルゥは違うのか? さっきそばに置いてと言ってなかったか?」
「そ、そうだけど。私もずっとカールのそばにいたいけど・・・」
「だったら、結婚しよう。急だから指輪も何もなくて悪いが、王都に行ったら揃いのものを求めるから」
「け、結婚・・・」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、私、こんな見た目で・・・」
「またそれを言う。ルゥはきれいだ。他の誰に何を言われたのか知らないが、俺がそう言うんだからいいんだ」
「そ、そう? でもカール、私のこと何も知らないでしょう・・・?」
う。それを言われると困る。
ワンピースの裾をたくし上げようとしていた手が止まる。
「これから知って行く。大切なのは、君と一緒にいたいって気持ちじゃないのか?」
「そうだけど・・・。あの、じゃぁ、私のこと、好・・き・・・なの、かな?」
なぜいまさらそれを聞く。
やっぱりルゥは俺の「好き」をきちんと理解していなかったな。
「好きだ。猫でも人でも、ルチノー、君を愛してる。ずっとそばにいてほしい」
「え、えええええ・・・・・」
「なんでそこで困るんだ? 嫌か? だめか?」
「う、ううん・・・・」
ぽろぽろぽろ。
とうとうルゥは泣き出してしまった。
この反応は予想外だった。
「ルゥ。俺の気持ちは迷惑だったか」
「め、めいわく・・」
「わかった。もういわない。王都の話も・・・忘れてくれ」
「あ、や、ちが・・・うぅ・・・」
次から次へと涙があふれてくる。
そんなに泣いたら、瞳が溶けてしまう。
眦に口づけて、涙をぬぐう。
振り払う気配はない。
「カール、カール、ごめんなさい。私も好き。カールが好き。
場所なんて関係ない。人でも猫でもいいからそばに置いて。ずっとそばにいさせてください・・・・!」
「ルゥ・・・!」
だめかと思った。
全て俺の勘違いだったかと。
俺の「好き」とルゥの「好き」は違ったのかと。
俺の胸に、顔を押し付けて泣きじゃくるルゥを抱きしめる。
頭を撫で、背中を撫でて、落ち着くのを待つ。
「なんで泣くの?」
「わかんな・・・うっ、ひぃっく・・・止まらな・・・」
「俺の奥さんになってくれる?」
「なる。こんな私でいいならっ・・・」
「君がいい。あぁ、うれしいな。俺も泣けてきた」
2人で泣きながら、何度も口づけた。
嗚咽をもらすルゥは、自然と口が半開きになり、俺の舌をすんなりと受け入れた。
「ん、うぅ・・・んんん・・・っ」
「ルゥ・・・」
「ん・・はぁ・・・カール・・・」
涙で潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
これは、いいか? いいんだろうか。
ルゥを抱き上げて寝室に運ぶ。
霞みがかった春の月が、淡い光で室内を照らす。
寝台に横たわったルゥは、広がる白銀の髪に彩られ、どこか神秘的な美しさを帯びていた。
指をからめ、口づける。
こつん、と双子の護り石が触れ合った。
「触っても・・・?」
今朝方、寝ぼけたふりで触れた身体。
ルゥはこの先を知ってか知らずか、こくんと小さくうなずいた。
どこまでも優しく、ルゥを壊さないように触れる。
のびやかな腕。細い腰。
きめ細やかな白い肌が、月光をうけて輝く。
「ルゥ・・・・」
ささやけば、確かに俺を見つめて、応えてくれた。
肩に手をかけ、服を脱がす。
衣擦れの音が、やけに大きく響いた。
その夜―
俺とルゥは、ひとつになった。
詳細はお月様で(笑)。




