7 本当の私
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目が覚めたら、カールが寝台に寄りかかって眠っていた。
私の右手が、カールの大きな手に包まれている。
ずっとそばにいてくれたのかな。
ずっと、手をつないでてくれたのかな。
うれしくなって、左手もカールの手に重ねて頬を寄せる。
近くなった顔をじっと見つめた。
最初は怖かったんだよなぁ。
髪はぼさぼさだったし、ひげは伸ばし放題だったし。
ほとんど目しか見えなくて、でもその碧の瞳がとっても優しかったから拾われたことに感謝した。
髪を切ったら、こんなにかっこいいとは思わなかった。
男の人の容姿をどう言ったらいいのかよくわからないけど、いままで会った人とは違う。
背も高いし、きっちり鍛えてる体は、人になった私でさえ片手で持ちあげると思う。
「カール」
眠るカールに呼びかける。
カール、好き。
カールが、人の姿の私を受け入れてくれたらうれしいな。
もしだめだったら・・・一生猫の姿でいるから側に置いてって頼んでみようかな。
からめた指先に口づける。
そうだ、さっきキスされた。
猫じゃないのになぁ。いいのかなぁ。
もしかしてカールには猫に見えてるってことあるのかな。
うーん・・・。
熱は下がった。
猫の姿になって、カールが起きるのを待ってみよう。
「ん・・・ふあぁ・・・。寝てしまったか」
カールが大きく伸びをする。
「んなぅ」
床に座るカールの膝にすり寄ってみた。
「ルゥ?」
はい。猫ですが、何か。
あれ、なんか眉間にしわがよってるんだけど。
「そうか。そういうつもりか」
カール、怒ってる?
「俺はなかったことにする気はないぞ。こっちに来い」
抱き上げられて、枕元にたたんでおいたシャツをかけられた。
「人になれるんだろう? もう俺をごまかすのはやめてくれ。人になって俺の名を呼んでくれ」
カール、やっぱりわかってたの。
でも“人になれる”って・・・もしかして、猫が本当の姿で、猫から人に変化できるって思ってる?
「ほら、早く」
カールが急かす。
猫が人になれるんでも、人が猫になれるんでもカールにとっては同じなのかな。
でもこれはいい機会だ。
人でもいい?って聞く好機。
だめなら、ずっと猫でいるからって頼むんだ。
カールの腕の中。
私は人に戻るよう意識を集中した。
*****
なんで猫なんだ。
ここまで来てごまかす気でいるのが許せない。
こっちは思い悩んだあげく、猫でもいいと思ったのに。
ルゥは、俺に抱かれシャツをかけられると、長い逡巡の後、決心したように目を閉じた。
輪郭がぼやける。
ルゥは、俺の膝の上で人に変化した。
「ルゥ・・・」
意識がはっきりした状態で、ようやく見せてくれた姿に感動する。
シャツのボタンをとめてから、ルゥは不安そうに見上げてきた。
見下ろす形になったため、おそろいのペンダントの先に見えてしまう谷間とか、裾から伸びた太ももとかは視界にいれないようにする。
そっちはあとで堪能しよう。今は大事なときなのだから。
「・・・・・」
「ルゥ、何か言って?」
「・・・・」
「ルゥ」
「・・・・・にゃぁ」
は?
にゃぁ?
そりゃ、“何か”とは言ったけれども。
「ぷっ・・・・く・・・・はっ、ははは!」
それはないだろう!
俺は、真剣に君に向き合おうと思ったのに。
「やっ、なんで笑うの? だって、だって、何を言えばいいの!?」
ぽかぽかぽか。
頬を染めたルゥが、俺の胸をたたく。
「あぁ、うん、悪かった。君の声が聞きたかったんだ。しゃべってくれてうれしいよ。」
「うれしい?」
「あぁ。俺の名を呼んでくれるともっとうれしい」
「名前?」
「うん」
「・・・カール」
「うん」
「カール」
「うん」
「カール」
「うん」
「もっと?」
「もっと」
「カール・・・・ん・・」
しまった。
口をふさいだら、声が聞けないじゃないか。
でもこのやわらかな感触も捨てがたい。
「カール・・・カール・・・・」
口づけの合間に、ルゥは律儀に名前を呼び続けてくれる。
「ルゥ・・・。君の本当の名前も教えて?」
「ん・・・・」
拾った当初、瞳の色からルビーと呼ぼうとしたら、抗った。
仕方なくルゥとしたが、たぶん似ているけれど違う名前がある。
「なんていうの?」
「・・・ルチノー・・・」
「ルチノー。きれいな名だ」
確か、どこかの言語で“光輝く”という意味を持つ。
窓から差し込む春の陽の下、白銀の髪に彩られた彼女はきらきらと輝いて見えた。
「ありがとう」
名前の意味を知ってか知らずか、微笑むルゥ。いや、ルチノー。
その微笑みにつられて、また口づけた。
「・・・なんでキスするの?」
「君が、好きだから」
するりと言葉が出た。
「好き?」
「あぁ」
「こんな見た目でもいいの?」
こんな?
人型のことだろうか。むしろ大歓迎だ。
「もちろん」
「本当に?」
「本当に」
ふぅっと彼女の身体から力が抜けた。
俺に寄りかかって、身を預けてくる。
「ルゥ、いや、ルチノー。泣いてるのか?」
わずかに肩が震えている。
「ルゥでいい。カールにはルゥって呼んでほしい。カールがつけてくれた名前だから」
「そうか?」
顔を上げたルゥの瞳は、涙でぬれていた。
きめ細かな肌を傷つけないように、そっと指でぬぐってやる。
「この姿を見られたら、カールに嫌われるって思ってた。猫じゃなきゃここに置いてもらえないって」
「なぜ?」
そんな風に思っていたのか。
ごまかそうとしていたわけではなかったのだ。
「だって、気持ち悪いでしょう? 髪はこんなだし、目も血みたいな色」
「気持ちが悪いなんてとんでもない。俺はいつも言ってるだろう?
真っ白な体も、真紅の瞳もきれいだと」
「でもそれは猫だから・・・」
「猫じゃなくても、ルゥはきれいだ。この髪も・・・」
長くまっすぐな髪を一房とって口づける。
「瞳も・・・ここも、ここも・・・」
まぶたに、そして頬に、つないだ指先に、次々と口づけていった。
「ん・・・くすくす・・・。カール、くすぐったいよ」
調子に乗って首筋に顔をうずめたら、身をよじって避けられた。
惜しい。
「私、ここにいていいの?」
「あぁ。俺の方からも頼む。ルゥ、ずっと俺のそばにいてくれ」
「・・・はい・・・・」
極上の笑顔とともに、首にまわされる細い腕。
そっと抱きしめて、想いが通じてから初めての口づけを交わした。
「ルゥ・・・」
「はい」
見つめれば、幸せそうに見つめ返してくるルゥ。
繰り返す口づけは、唇を合わせるだけのもの。
・・・舌を入れたら驚くだろうか。
昨夜は熱で朦朧としていたはずだから、きっと覚えていない。
どう多く見積もっても二十歳には届かなそうなルゥ。
下手したら15・6に見える。こういった経験はないだろう。
ルゥを抱き上げ、理性を総動員して寝台に寝かせた。
「カール?」
「熱が下がったばかりだからな。もう少し寝てろ」
「でも・・・」
ルゥが俺の服の裾をつかむ。
あああ、かわいい。
かわい過ぎるからやめてくれ。
「大丈夫。そばにいるから。いい子にしてたら後でごほうびをやろう」
「ごほうび? 何?」
手をひっこめながら、目を輝かせる。
幼な子のような反応に、心が温かくなる。
「何かはあとでのお楽しみだ。目を閉じて。眠れ」
「眠くない」
「眠ったほうが早く治るぞ」
「んんん。頭、撫でてくれる?」
ねだられた通りに撫でてやれば、満足そうに目を閉じた。
尻尾があれば、大きく左右に振っていたことだろう。
前脚を交互にふみふみしたかもしれない。
うーむ、猫の姿も好きだ。
結局ルゥならどちらでもいいんだな、俺は。
しばらく撫でていたら、すぅすぅと寝息をたて始めた。
熱のせいで体力が落ちていたのだろう。
さて、ごほうび。何がいいだろう。ルゥが喜びそうなもの。
眠るルゥを眺めながら、俺は幸せな悩みに浸った。