6 春
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えーっと。
これはどういうことなんだろう。
「食べられるか?」
カールがミルクで煮たパンをスプーンですくってくれる。
あーんと口を開ければ、一口ずつ入れてくれた。
「うまいか?」
うん。お砂糖が入ってて、甘くておいしい。
それはいいんだけど。
「髪が邪魔そうだな。しばるか?」
ふるふる。
首を振ると、カールは苦笑して、頬にかかった髪を避けてくれた。
そう、私は今、人型でいる。
カールのシャツを着て、枕を背もたれに寝台に身を起こしている。
人型の私の手を握ったカール。
あれは夢じゃなかったのか。
「熱は・・・だいぶ下がったな。一応薬湯も飲んでおけ」
カールが私の額に手を当てて熱を診る。
ほどよく冷めた薬湯は、ちょっと苦かったけど蜂蜜の味でなんとか飲めた。
これ、前にもどこかで飲んだことがあるような・・・?
「眠くなくても、横になってろよ。居間にいるから、何かあったら呼べ」
私の背中を支えて横たわらせてから、空になった食器を持ってカールが席を立つ。
こくりとうなずいたけど、カールがいなくなるのは寂しい。病気のときって心細くなる。
「くす、そんな顔するな。すぐ隣の部屋にいるんだから」
そういって、寝台にもぐる私に軽くキスをした。
人の姿でのキス。
かあぁっと頬が熱くなって、思わず上掛けを鼻の頭まで引き上げた。。
カールはそんな私の頭をぽんぽんと撫でて、部屋から出て行った。
私がルゥってわかってるんだよね?
この姿でいいの? 気味悪くないの?
窓からは春の陽が差し込んでくる。
ぽかぽかとした日差しに誘われて、いつのまにかまた眠ってしまった。
*****
「補佐官、今日隊長休みなんすか?」
「あぁ。山羊乳の配達に行ったノイさんが言付かってきた。猫が熱を出したんだと」
「猫の看病で休みっすか・・・」
「隊長らしいっすね」
「んだ・・・」
「赴任以来、全然有休とってなかったからな。たまにはいいんじゃないか」
「そうっすね」
*****
ふっ。
思わず笑みがこぼれた。
人型でいるのに俺が普通に接するから、ルゥは困っていた。
俺をちらちらと見ては、何か聞きたそうにするが、結局一言もしゃべらない。
あのかわいい声が聞きたいのに。
いや、かわいいのは声だけじゃないな。
スプーンを差し出したときに遠慮がちに口を開ける動作とか、キスをしたときに真っ赤になった顔とか。
むしゃぶりつきたくなる。
「いかん。病気が治ってからだ」
猫でも人でも離さないと決めた。
長く人の姿でいられるなら、王都のほうが暮らしやすいだろう。
あの容姿はこんな辺境では目立つ。
いろいろな人種がいる王都ならば、さほど気にされないのではないか。
食器を洗い、洗濯をする。
今日は休暇をとった。
また隊員たちにからかいのネタを提供してしまったが、先ほどの心細そうなルゥを思うと休んで正解だった。
寝室をのぞくと、ルゥは眠っていた。
昨夜とは違い、規則正しい寝息が聞こえる。
換気のために窓を開け、はみだした手を寝具に入れてやろうとしたら、きゅっと握られた。
それだけで、俺はその場から動けなくなる。
胸の動悸を感じながら、寝台の横に座り込む。
つないだままの手を寝具の中に入れ、もう片方の手でルゥの頭を撫でた。
口元が何か言うように動き、にっこり微笑んだ。
いい夢を見ているようだ。
日の光が温かく、さわやかな風が花の香りを運んでくる。
遠くで鳥の声が聞こえる他は、何の物音もしない。
まるでここだけ時間が止まってしまったかのようだ。
すやすやと眠るルゥ。
俺の、ルゥ。
まばたきをする一瞬すら惜しい気持ちで、俺はいつまでもルゥの寝顔を見ていた。




