3 知らせ
ミレイユの追及をなんとかごまかし、午後は兵舎を案内した。
性格に難はあるが見た目だけは良い妹に、隊員たちは色めきたった。
「隊長の妹!?」
「あの、俺ブルーノって言います。趣味は読書と釣り・・・」
「おまえ本なんて読まないだろ! ダニエルっす。21歳、夏生まれ」
「はい、はい、はーい! 妹さん、花は好きっすか? この先に景色のいいところがあるんだけど」
「ミレイユを誘うなら、もれなく旦那もついてくるがいいか?」
「「「えええええ!!!!??」」」
「あはは、楽しい人たちね。いい職場みたいでよかった」
「まあな。気のいいやつばかりだよ」
ミレイユが既婚者と知って、肩を落として業務に戻る隊員たち。
この頃からかわれることが多かったから、いい気味だ。
次の日の朝。
「さぁて、兄さんの様子もわかったし、そろそろ帰ろうかな」
昨夜遅くまで飲んでたくせに、ミレイユには二日酔いの気配はない。
寝台をとられ、固い床の上に寝た俺は体中が痛いというのに。
「おまえ、結局何しにきたんだよ」
王都からここまで、俺の顔を見るために来るには遠すぎる。
飲みながら聞き出そうとしたが、旦那ののろけ話しかでなかった。
「あ、そうだったわ。はい、これ」
わざとらしく忘れていたふりをして、手提げから取り出されたのは上質の羊皮紙。
巻き終わりは、ご丁寧に蝋で封がされている。
「これは・・・帰還指示!?」
「国のお偉いさんが店に来て置いてったのよね。
兄さんの様子次第では渡すのやめようかと思ったけど、ずいぶん立ち直ったみたいだし。
団長さんも謝ってたわよ。部下を信じてやらなかったって」
「団長が・・・」
「騒動の元になった王女様は、国で反乱があったとかで失脚したらしいわ。
美男子のハーレムも解散。知らなかった?」
辺境には最新の国政など入ってこない。
全く知らなかった。
「ま、よく考えて返事したら? お詫びを兼ねてか、結構いい待遇だとは思うけどね」
羊皮紙には王命による帰還指示と、戻った場合の待遇が書かれていた。
ざっと目を通す。
身分や手当、住居など、破格の条件が書かれていた。
しかも帰還を望まないのであれば、辺境での勤務を続けてもいいとある。
帰還の最終期日は1か月後。
それまでにどうするか決めて返事をする。
「王都、か・・・」
ミレイユを見送って、机に向かう。
暗記するほど何度も読んだ指示書は、今はルゥの体の下に敷かれている。
「おまえな、なんでそういうところで丸まるんだ?
王の署名が入った書類だぞ。不敬罪で捕まっても知らんからな」
「うなー?」
「辺境じゃ、その取締りも警備隊の仕事か。
ルゥ=ヘルベルト=ヴュストくん。
貴下を、ブルクハルト国王の名誉と尊厳を害した罪で拘束する!」
がばっと覆いかぶさろうとしたのを、ひらりと避けられた。
赤い瞳がきらきらと光り、長い尻尾がゆらゆらと揺れている。
遊ぶ気だな?
「待て、こら!」
「ふにゃんっ」
家具の間を逃げ回るルゥを、どかどかと追いかける。
狭い室内では、小回りの利くルゥのほうが有利だ。
「それ!」
棚から棚へ飛び移ろうとしたところを捕まえた。
「やんっ」
え?
「な、なぅ!」
しばしルゥと見つめ合う。
今、しゃべらなかったか?
「ルゥ?」
「にゃー・・・」
目をそらすルゥ。耳も髭も垂れ下がっている。
こいつめ、しらを切るつもりだな。
「よぉし、くすぐりの刑だ!」
ルゥは撫でられるのは好きだが、おなかをつつかれるのはくすぐったがる。
「ふにっ、ふにゃんっ、うなーッ」
「もう書類に寝るなよ。書類の上を歩くのもだめだぞ」
「うにゃ、んなーぅ」
ルゥとひとしきり遊んだら、煮詰まっていた気分が浮上した。
最終期日まで1か月もあるんだ。
ゆっくり考えればいいじゃないか。
「じゃ、風呂入って寝るか」
「な!」
ミレイユにほめられた毛並みを丹念に洗う。
「うなー」
「気持ちがいいか? よかったな」
王都に行ったら、こんな時間はとれないかもしれない。
ルゥとの生活を考えれば、辺境にいたほうがいい。
しかし王都には、知人も友人も、地位も名誉もある。
「どうしたもんかな」
つんとルゥの鼻先をつついたら、くしゃん!とくしゃみをした。
「大丈夫か? 俺につきあって床なんかで寝るから・・・。早く寝ような」
辺境か、王都か。
答えはまだ当分出そうになかった。