2 ミレイユ
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シャー!
ルゥが足元で毛を逆立てて威嚇している。
「大丈夫だ、妹だよ」
「ふに?」
俺にぶら下がるように抱きついてきたミレイユを、べりっとはがす。
「あら、かわいい猫。おいで~」
猫好き一家の一員であるミレイユは、しゃがみ込むとルゥに手を差し出して招こうとする。
「気をつけろよ。結構気が強いんだ」
「大丈夫、大丈夫。チッチッチッ、ほーら、お姉ちゃんだよ~」
鼻先で、人差し指と中指をちらちらっと動かす。
ルゥは興味を引かれたようで、徐々に近づいてふんふんと鼻を鳴らした。
「きれいな猫ねぇ。瞳が赤いのね」
「そうなんだ。ちょっと前に拾ってな」
ミレイユがちょいと顎をつつくと、びくっとしたルゥが反射的に爪を繰り出した。
おいおい、ひっかかれるぞ、と思ったが、妹のほうが一枚上手だったようで、ルゥの爪をひらりとよけると脇に手を入れて抱き上げてしまった。
「きゃぁん、ふっかふか!」
「ふぎーーー!」
暴れるルゥにおかまいなく抱きしめる。
しばらくじたばたしていたルゥだったが、あきらめたのかぐったりと身を任せた。
椅子を勧め、お茶を淹れて戻るころには、ミレイユの膝の上で丸くなって大人しく撫でられていた。
「さすがだな」
「だてに何十匹もお世話してないわ。早くに家を出た兄さんとは年季が違うのよ」
「そういうもんか?」
「そうそう。あら! このお茶、いい香り!」
「だろう。ここの特産だそうだ」
「へぇ。うちの店でも置いてみようかしら」
ミレイユは幼馴染と結婚し、王都で小さな店を開いていた。
自慢の赤毛を上半分だけ結い上げて、残りは肩に垂らしている。
着ている服もなかなかに上等で、商売は順調のようだ。
「で、今日はどうした」
「あら、久しぶりに会った妹にずいぶんなご挨拶じゃない?
兄さんこそ、さっきの女の人はなぁに? 田舎に来て趣味が変わったの?」
ぴくぴくとルゥの耳が動いている。
ミレイユの撫で方が気に入らないのか。
抱き上げて俺の肩に乗せると、頬をすり寄せてきた。
「こいつに差し入れを持ってきてくれただけだ。世話好きなんだよ」
「ふぅん」
「なんだよ。おまえ、いつからいたんだ?」
「出てきたスヴァルさんに庭先で会ったのよ。立ち話をして別れたわ。あっちはまんざらでもないみたいだけど?」
「ははっ、馬鹿言うなよ。俺もここに来た頃はちょっとすさんでたからなぁ。心配してくれてるんだ」
「うん、まぁね。どんな暮らしをしてるのかと思ったけど、案外楽しそうじゃない」
「ルゥのおかげだな」
肩におすわりをするルゥを撫でてやると、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
「ルゥちゃんっていうの?」
「あぁ。自分で名乗ったんだぜ?」
「あはは、まさかぁ!」
「本当だよなー?」
同意を求めるようにルゥを見つめると、「なーぅ!」と返事をした。
あまりのかわいさにキスをする。
最近、意識しすぎてついスキンシップを避けていたが、猫のときは猫だと思えばいいんだ!と開き直る。
「・・・らぶらぶね」
「いいだろう」
「はいはい。んん!? おそろいのペンダントまでしてるの?」
おっと、しまった。
ミレイユの目ざとさを忘れていた。
今日は休みだから、開襟のシャツを着ている。
「知り合いがくれたんだ」
「えええ、ちょっと見せてよ! はずさなくていいから」
引きちぎらんばかりの勢いに押され、首を差し出す。
多少引っ張られても苦しくないのは、魔術のおかげか。
「透明度の高い石ねぇ。相当高価よ? 貴族の指輪に収まっててもおかしくないくらい」
「そうなのか?」
「うん。知り合いって誰? まさか女の人じゃないでしょうね」
「女は女だが・・・」
ウーリーが連れてきた女魔術士を思い出す。
初めは若いのかと思ったが、時折見せる老成した表情といい、ウーリーの家庭教師をしていたという話といい、見た目通りの年ではないと思う。
「あああ、また! また女性! 兄さん、なんで辺境にとばされたか忘れたの!?」
顔を両手ではさまれて、がくがくと揺さぶられる。
「おまっ、や、やめろ、わかってるって。そんなんじゃないから!」
「来た途端、家から女が出てくるし! 貢ぎ物のペンダントしてるし!
さぁ、あとは何!? 一緒に暮らしてる女でもいるの? 洗いざらい話しなさい!」
がくがくがく。
頭にしがみついたルゥも一緒に揺れている。
一緒に暮らしてる女って、ルゥか!?
人型になれます、なんて口が裂けても言えない。
「う、うるさい、話なんてないぞ。おまえこそ何しに来たんだ!」
「私のことはいいのよ! ほら! 早く話しなさい、この馬鹿兄貴!」
「兄にむかって馬鹿とはなんだーっ」