10 カールの葛藤
小話風に3話。
皆様に引かれたらどうしよう・・・。
*** 想い ***
あれ以来、ルゥのことをさりげなく観察しているが、人型になる気配はない。
猫が人になるなんて、馬鹿馬鹿しい。
ルゥが帰ってきて浮かれた頭が見せた白昼夢だ。
そう思う反面、期待してしまう自分がいる。
どんなときになるのだろう。
自分の意志で変化できるのだろうか。
人になれる猫。
普通の猫ではない。
以前ウーリーが言っていた。俺から魔術の匂いがすると。
ルゥはどこかの魔術士から逃げ出した猫なのか。
ひょっとすると、あの女魔術士は何か知っていたのかもしれない。
「ルゥ、あの、な」
「んな?」
きょとんと俺を見つめる赤い瞳。
人になれるならなってくれないか?
そう言ったらルゥはどうするだろう。
「いや、なんでもない」
ごまかすように喉を撫でると、ゴロゴロと鳴らして喜んでいる。
人にならなくてもいい。おまえと話せたら、どんなに楽しいかと思うんだ。
逃げ出されるのが怖くて、結局何も言えなかった。
*** シャツ ***
その日。
早く帰れることがわかっていながら、ルゥには何も言わなかった。
まだ日が高いうちにこっそり帰ってきて、出窓の下に隠れる。
家の中を覗くと、人型になったルゥがいた。
「・・・・!」
この前は、どこから出したのか清楚なワンピースを着ていた。
でも今日は・・・それ、俺のシャツ!
小柄なルゥにはもちろん大きすぎる。
ボタンを数か所留めただけで、大きく開いた襟元から白いふくらみがのぞいている。
まくった袖からは細い腕。
裾からは太ももがちらちら見える。
ルゥにするように、すぐにでも抱きしめて撫でまわしたい衝動にかられた。
元は猫とはいえ、あんな少女に手を出したら犯罪じゃないか・・・・!
いや、猫とわかってる時点で人としてどうなんだ!?
頭を抱え、自問自答する。
ようやく落ち着いたのは、日もとっぷりと暮れ、いつもより遅い時間になってからだった。
「た、ただいま・・・」
「なーぅ」
家に入ると、ルゥが当然のようにおかえりのキスをしてきた。
人型が脳裏をよぎり、妙にぎくしゃくしてしまう。
「んな?」
「いや、すまん、なんでもない」
ルゥを肩に乗せたまま椅子に腰かけようとして、椅子の背にかかったシャツに気付いた。
昨日俺がここにかけたシャツだ。
そして昼間、彼女が着ていたのもきっとこれだ。
「うっ・・・・」
殴られたとき以外で鼻血なんて出したの、何年ぶりだ・・・っ
初心な少年のようになってしまった自分を情けなく思いつつ、胸の動悸はなかなかおさまりそうにない。
「んなっ、なーぅ?」
心配そうに俺を見るルゥ。
あぁ、そんな純粋な目で俺を見ないでくれっ
当分、ルゥの目をのぞきこむことはできそうになかった。
*** 猫茶 ***
ルゥは相変わらず俺の前で人型になることはない。
はじめはどうしてなってくれないんだと悩んだが、ルゥにはルゥの都合があるだろう。
一緒に居られるだけで幸せなのだから、これ以上は望まないことにした。
「サジの妹が焼き菓子を差し入れてくれたんだ。食うか?」
夕食前、スープが温まるまでの間に菓子を齧る。
淹れたお茶は、水で薄めてから皿に入れてやった。
「ふに? ふにゃん」
「ん? どうした?」
ルゥの様子がおかしい。
「うなぅ。 ふにに」
撫でてもいないのに、ゴロゴロと喉を鳴らして寝転がる。
この感じ・・・もしや。
ルゥに先にやって自分はまだ飲んでいなかったお茶を口に含むと、いつも淹れているお茶の味ではなかった。
あわてて袋を確認する。
これは確か去年の冬にスヴァルがくれたお茶。
冬場、水を飲みたがらなくなったらあげてみてと、ギュンターに言づけたやつだった。
「ふにゃん、うにゃぁ」
お茶を舐めては、床に背中をこすりつけたり、ぐにゃぐにゃと体を揺らしたりしているルゥ。
完全に酔っ払っている。
「猫茶・・・・またたび茶か!」
元々薄めていたので大した量ではないが、ルゥには効果てきめんだったようだ。
「おい、大丈夫か。ル・・・・・ゥ!?」
ルゥのそばにしゃがみこみ、様子を見ようとしたそのとき。
ルゥの輪郭がぼやけた。
空気に溶けるように、体が広がっていく。
「ん・・・あぁん・・・」
こ、これは!
だだだ、だめだ、だめだ、だめだ、だめだ!!!
寝室に駆け込み、毛布をつかむ。
ばさりと彼女にかけ、極力目をそらして抱き上げた。
「ん・・カール・・・・」
うわぁ、やめてくれ!
首に手をかけるな、顔をうずめるな!!
彼女を寝台に押し込むと、扉を閉め着衣のまま風呂に飛び込んだ。
まだ火を入れず水をためただけだった浴槽に、下半身を沈める。
「落ち着け! 落ち着け、俺!」
しびれるほどの冷たさの水が、じわじわと体の熱を奪う。
それとともに、頭も冷えた。
「ルゥは、やっぱり人型になれた・・・」
はじめて見た変化。
うれしさに顔がゆがむ。
でもあの姿は刺激的だった。
なんで裸なんだ。
猫だから当たり前か。
体、柔らかかったな・・・。
毛布越しの感触を、うっかり思い出す。
せっかく冷えた下半身に、また血が集まりだした。
「ううう・・・」
しばらく浴槽から出られそうになかった。
ようやく出られたのは、手足がすっかりしびれて真っ赤になったころ。
濡れた服を着替え、寝室の様子を伺うと、猫に戻ったルゥがすやすやと眠っていた。
あぁ、よかった。
「このお茶は封印だ」
戸棚の一番奥に、猫茶をしまった。
これはルゥに飲ませてはいけない。絶対に。
でももったいないよな、せっかくもらったのに。
いやいや、いかん。あんなルゥ、誰にも見せられない。
見せなきゃいいんじゃないか? 家の中なら、誰が見るわけもない。
違う、俺がだめなんだ。
この次、わかってて飲ませたら、理性が保つ自信がないじゃないか。
だからだめだ。
これはルゥに飲ませてはいけない。
絶対に、きっと、たぶん・・・・・・・だめなんだ。
戸棚の前で、俺はいつまでも葛藤するはめになった。
えーと、よろしければ、ご意見・ご感想くださいませ。
路線、いいですか?大丈夫ですか?(笑)
お月様の方に「白猫の恋わずらい~月光編~」として裏バージョンを投稿しました。