9 見られちゃいました!?
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「おはよう、ルゥ」
目覚めると、カールの顔がすぐそばにあった。
ちゅっとキスをしてくれる。
蕩けそうな目で私を見てるけど・・・いつから見てたの?
まさか寝てないなんてないよね?
カールは私の首や背中を、飽きることなく撫でている。
「行きたくないな。今日は一日中ルゥといたい」
そんなこと、そんなこと言わないで。
うれし過ぎちゃうからっ
「んにゃ~」
お仕事が終わったら、また甘えさせてね。
私のせいで、カールの仕事に支障をきたすわけにはいかないよ。
動きたがらないカールを頭でぐいぐい押して、なんとか仕事に送り出した。
空になった酒瓶。出しっぱなしの食器。散らかった衣類。
明るくなってあらためて見ると、部屋の中はずいぶん荒れていた。
昨夜帰ってきたときのカールは無精ひげを生やしていたし、顔色も悪かった。
かなり心配をかけてしまったらしい。
カールのために何かできないかな。
そうだ、せめて片づけをしよう!
猫に出来る範囲で、でも面倒なので人になって部屋の片づけをすることにした。
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「ふんふんふ~ん♪」
「隊長、とうとうおかしくなっちまったか?」
「いや、よく見ろよ。あのハリ、あのツヤ」
「猫が帰ってきたんだな」
「なんてわかりやすい」
うるさい。なんとでも言え。
今日の仕事はなんだ?
さっさと終わらせて早く帰ろう。
「・・・一日分の仕事を午前中で終わらせる気っすか? そろそろ昼飯にしましょう」
インクの補充が間に合わないほどの勢いで仕事をしていた俺に、ギュンターが言った。
「そうか! 昼!」
「は?」
「一端、家に帰る。午後また来るから」
「あ、そうっすか・・・。お気をつけて」
そうだ、そうだった。
昼食をルゥと一緒にとって、また兵舎に戻ればいい。
何も夜まで我慢することないじゃないか。
足取り軽く、家への道を急ぐ。
俺の気分のように、空は快晴だ。
家が見えてきた。
窓に白い影。
ルゥが外を眺めているのか。
「おーい、ル・・・・」
呼びかけようとして、やめた。
窓辺にいるのはルゥ?
それにしてはやけに大きい。
前もこんなことがあった。
あのときはルゥがシーツで遊んでいたのだが。
今日もそうなのか?
一人でどんな遊びをしているのか。
興味をひかれ、気配を殺して近づいた。
壁伝いにそぉっと覗く。
「・・・・・?」
白いものは髪だった。
腰まで届く、まっすぐな長い髪。
毛先には赤いリボン。
まさか・・・・!
夢だと思っていた少女がそこにいた。
袖のない膝丈のワンピースを着て、部屋の掃除をしている。
まろやかな肩や、すらりと伸びた手足がまぶしい。
呆然と見つめていると、彼女が近寄ってきて窓を開けた。
俺はとっさに窓枠の下に身を隠した。
「ん~! いいお天気! カール、早く帰ってこないかなぁ」
鈴のなるような声とは、このような声をいうのだろうか。
耳に心地よく響き、自分の名を呼ばれると心臓が高鳴った。
窓の下、風に乗ってふわっと漂ってくる石鹸の香り。
俺と同じ、香り。
「あの・・・・!」
思わず声をかけそうになって、口元を押さえた。
そうだ、以前夢で見たときに思ったんだ。
彼女はルゥなんじゃないかって。
ルゥは人に化けられるが、それを隠している。
もし俺がここにいることがわかったら、今度こそ本当にルゥは出て行ってしまうかもしれない。
そんなこと、耐えられない。
ぱたんと窓が締まる音がする。
無意識に息を詰めていたようで、はぁっと吐き出すと全身の力が抜けた。
俺はしばらく窓枠の下にいたが、昼の休憩時間が終わるのでしぶしぶ兵舎に戻った。
午後はもちろん、仕事なんて手につかなかった。