8 帰宅
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院長先生に面会した次の日の朝。
エメさんの家で朝食を摂っていると、鳩が飛び込んできた。
「・・・・・!
ルチノーちゃん、お義母さんが亡くなったわ」
「え!?」
ど、どうして!?
昨日はやつれていたとはいえ元気そうだったのに。
「痛みを抑えるために、かなり強い薬を使っていたみたい。
今朝方、心臓発作だったって」
「そんな・・・」
「ルチノーちゃんを待っていたのかもしれないわね」
私のことをずっと心配してくれていた院長先生。
幼い頃描いた絵を、ずっと大事にとっておいてくれた。
「お義母さん・・・・・」
「葬儀は明後日だって。
荷物の整理とかもあるでしょうから、もう2~3日こっちにいて、全部済んだら辺境へ送るわ。
それでいい?」
「うん・・・ありがとう・・・」
院長先生の荷物は、ご自分のものは本当に少なくて、ほとんど孤児院で育った子どもたちの思い出の品だった。
まだ残っていた孤児院の建物での葬儀。
独立したり引き取られたりした子どもたちも大勢集まった。
たくさんの人に見送られ、院長先生は永い眠りについたのだった。
「ルチノーちゃんのご両親の件は、私なりに調べてみるわね。
ちょっと思い当たることはあるんだけど、まだ確証はないからはっきりしてから知らせるわ」
両親といっても、きっと私がこんな見た目だったから捨てた人たちだ。
今さら見つかっても困るような気がする。
エメさんがやけに乗り気だから言い出せないけど・・・私の親は院長先生だ。
「何から何まで、ありがとう、エメさん」
「いいのよ。乗りかかった船だわ。それに私、ルチノーちゃんのこと好きなの」
「・・・すき?」
人から気味悪がられるばかりだった私を、好きといってくれるの?
エメさんって変。
「恋する女の子はいつでもとびきりかわいいものよ。
自信をもって! 応援してるわ」
「こ・・・・ッ」
エメさんは、真っ赤になっておたおたする私を楽しそうに眺めてから、おでこをトンっと指ではじいた。
びりっと電流が流れたような感触がする。
「変化の術はもう解けてるけど、猫じゃなきゃいけないんでしょう?
自由に変身できるようにしたから。猫のままでもしゃべれるから、鳴き声は気を付けてね」
カールとの生活が安定したことで、私への術は解けていたらしい。
それをなんとか“猫じゃなきゃ”という思いで継続させていた。
「ルチノーちゃんは魔術の才能があるわよ。カールにフラれたら、私のところにいらっしゃい」
「エメさん、さっき応援してるって・・・」
「あはは! そうだったわね。きっと今頃死にそうになって待ちわびてるわよ。さぁ帰りましょう」
猫になってエメさんに抱かれ、空を飛ぶ。
カールの家に着いたのは、日が暮れ始める少し前。
カールはまだ帰っていなかった。
「あ、私鍵もってないよ」
「まかせて頂戴」
エメさんが口の中で何かつぶやいたと思ったら、足元のつる草がしゅるりと伸びて、鍵穴に入っていった。
かちゃりと軽い音がする。
「エ、エメさん・・・?」
「ルチノーちゃんを寒空で待たせるほうが、ご主人様は怒るわよ。
私はあんまり長居できないから、手紙を置いていくわね」
元からそのつもりだったのか、フードの下から手紙や荷物を取り出した。
どこに入っていたのかと思うほど大きなものだ。
「これはクッションね。人間に戻ったときに着られるように、中に服が入ってるわ。
こっちは護り石。ペアになってるのよ」
赤い石のついたペンダントを首にかけてくれた。
「これ、人間になったときに首を絞めちゃわない?」
「大丈夫。魔術がかかっているから持ち主に合わせて伸び縮みするの。
あ、もしかしてそれでリボンは尻尾にしてたの?」
「うん。カールは首につけてくれようとしたんだけど、窒息しそうだったから」
「あはは! なるほどね。これは大丈夫よ。
こっちはカールの分。この石は引き合うようになっているのよ。
ルチノーちゃんとご主人様が、いつまでも一緒にいられますようにってお祈りしておいたからね」
「ありがとう、エメさん」
「うふ、いいのよ。カールによろしくね」
そういってエメさんは夕焼けの空を飛んで行った。
*****
あぁ、今日も疲れた。
周囲に助けられてなんとか業務を果たしているが、そろそろ限界だ。
もう一週間たつ。
ルゥはまだ帰ってこないのか。
「ただいま」
いないとわかっていても、声はかけてしまう。
「なーぅ」
「!?」
今、ルゥの声が聞こえた気がする。
俺、とうとう幻聴まで聞こえるようになっちまったのか?
「た、だいま・・・?」
「なーぅ!」
玄関の扉を開けた定位置に、ちょこんと彼女は座っていた。
「ルゥ!」
幻ではない。本物のルゥだ!
「んなっ」
飛びついてきた白い体を注意深く抱きしめ、頬ずりする。
「よく帰ってきてくれた・・・!」
「なーぅ」
にじむ涙を、ルゥが舐めとってくれた。
「おかえり、ルゥ」
真紅の瞳に俺が映る。
ルゥの瞳はなんてきれいなんだろう。
毛並みもいい。大事にしてくれていたようだ。
再会の喜びに浸っていると、胸元にきらりと光るペンダントに気付いた。
金の鎖に、ルゥの瞳の色に似た赤い石がついている。
「なんだこれは」
「んにゃ~」
ルゥに促され、居間の机の上を見ると手紙があった。
女魔術士からだ。
家には確かに鍵をかけてあったはず。
あの女、何を勝手なことをしてるんだ。
やはり魔術士は信用ならないと思いつつ、手紙を読んだ。
中には、ルゥのおかげでとても助かったこと、お礼にクッションと護り石を贈るとあった。
手紙のそばに、布の小さな袋がある。
開けてみると、中からルゥとおそろいのペンダントが出てきた。
「双子の護り石か」
元々は一つの石であったものを二つに分けたものを、双子石という。
お互い引き合う性質を持ち、魔術に用いられる。
それに護りの魔術をかけてくれたのだろう。
渡し方は気に入らないが、ルゥとおそろいなのは気に入った。
「おまえ、俺からのリボンは首にしなかったのに、なんでこれはしてるんだ?」
「んぁ・・・」
ばつが悪そうにするルゥ。
そんな顔すら愛しい。
たかが一週間だが、俺には長かった。
華奢なペンダントを手に取って、つけてみる。
長さが足りるのかと思ったが、これも魔術なのか、ぴったりと胸元におさまった。
「どうだ、似合うか?」
「んにゃ~」
あまり装飾品はつけないので少し恥ずかしい気もするが、服を着れば隠れる場所なのでよしとする。
一緒に風呂に入り、湯冷めしないうちに寝台にもぐりこんで、温かな体を抱き寄せた。
「おまえがいない間、寂しかった。もうどこへも行くなよ」
「なーぅ・・・・」
一週間ぶりのぬくもりは、あっという間に俺を眠りの世界へいざなった。