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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第2部
23/100

6 ルゥのいない日



*****




「隊長! お茶! お茶! こぼれてますって」


「あ・・・すまん・・・・」


口に付ける前に傾けられたお茶は、そのまま机上きじょうにそそがれていた。

すっかり文字が滲んだ書類。書き直しだ。


書類これはもういいっすから、国境の見回りでも行ってきてください。

 あ、シャツも後ろ前じゃないすか。着替えてから行ったほうがいいっすよ」


ギュンターが手際よくお茶を拭いてくれる。


「補佐官ってば、そんなにかいがいしいとは知らなかっただ」

「まるで世話女房っす」

「お2人はそういう仲だったんですね! 村の娘たちが悲しむっす」


背後で騒ぐ隊員たち。

いつもならそんな軽口は一喝していた。

でも今日は睨む気力さえない。


「あいつらには写本の作業を1時間増やしときますから。

 顔洗って、見回りの後直帰でいいっすよ。家でゆっくり休んでください」


ん・・・と返事をして、ギュンターの言うとおり家に帰ることにした。




「補佐官、隊長どうしたんすか」

「まるで辺境ここに来た頃みたいに押し黙っちまって」

「あんな隊長、いじりがいがないっす」


「おまえら、写本2時間追加。一字でも間違えてみろ、明日の朝まで書かせるからな」


「ひでぇ!」

「横暴!」

「さっき1時間っていってたのに!!」






「ただいま・・・」


返事があるはずがないのに、つい習慣で言ってしまう。

ルゥがいない。

昨日は冷たい寝台がなじまなくて、一睡もできなかった。


ルゥ。

おまえの存在がこんなに大きくなっていたなんて。

棚から取り出した葡萄酒をグラスにそそぐ。

新年に飲んだときには、向かい側にルゥがいた。

舐めさせてみれば、顔をしかめてまずそうにしていた。


なぜおまえは行ってしまったのか。

俺より、エメとかいう魔術士のほうが良かったのか?

いままで2人でうまくやってると思ってた。

おまえはそうじゃなかったのか。


すぐに帰ってくる・・・はずだ。

でも別れ際、俺を一瞥すらしなかった。

俺よりエメの側のほうがよくなったら?

もう戻ってこないかもしれない。


床の上に、からっぽのルゥの皿が置いてある。

暖炉の前にはお気に入りのクッション。

新しくしたばかりの爪とぎ用の板は、まだ何の跡もついていなかった。


冷えてきた。

暖炉に火を入れないと。

夕飯、は、どうするか。

何も食う気がしないな。


ふと見ると、脱ぎもしなかった外套の肩に、ルゥの毛がついていた。

真っ白でふわふわの毛。

喉元を撫でると、ゴロゴロと鳴らして気持ちよさそうに目を細めた。


「ルゥ・・・」


たった一日しかたっていないのに、服についた毛すら懐かしく、俺は葡萄酒をあおり続けた。




*****




空を飛ぶこと一日。

孤児院のある街を過ぎ、夕方、王都に着いた。


「院長先生は王都にいるの?」


「えぇ。昨日は言わなかったけど、かなりお悪いの。親戚の人が高名な医者を探して王都まで連れて来たのよ」


そうだったのか。

院長先生はもうかなりのお年だった。

この冬の寒さもこたえたことだろう。


「猫のままじゃだめよね。私の家に寄って行きましょう。着替えも貸してあげるわ」


「ありがとう」




王都の一画。

住宅街から少し離れた場所に、エメさんの家はあった。

ここだけではなく、各地に家というか隠れ家のようなものがあるという。


「これ・・・着るの?」


エメさんに渡されたのは、淡い水色のドレス。

頭からかぶるだけの衣服しか着たことのない私には、触るだけでも怖いくらいだ。


「そうよ。コタルディっていう意匠デザインでね、今王都で流行ってるのよ!」


手首から二の腕にかけては、ぴったりとした袖。

ウェストは体に沿うように絞られていて、裾はふんわり広がっている。

問題は襟ぐり。


「こ、こんなに開いてていいの?」


「いいのよ~。鎖骨のラインを見せるのが、色っぽくていいんじゃない!

 ほら人間に戻って! 自分でできるわよね?」


エメさんに追い立てられて、衝立ついたての影に隠れて目をつぶり、人に戻るよう強く念じた。

月齢に関係なく、ある程度調整(コントロール)できるようになっていた。




「ルチノーちゃん、あなた・・・・。孤児院に来たのは何歳ですって?」


なんとか自力で着て、衝立から出た私を見たエメさんの第一声がこれだった。

何か変かな。

胸が見えそうなほど襟が開いていて、落ち着かない。


「たぶん2歳くらいだと思う」


「そう。お父さんやお母さんの名前は憶えてる?」


「ううん。自分の、ルチノーと言う呼び名しか覚えてなかった」


「ふうん・・・」


「あの、変ですか?」


着方を間違えたかと、裾や背中を確かめる。


「そんなことないわ! カールが見たらびっくりするでしょうね!」


「似合わないから?」


「その逆よ! とっても素敵! お肌きれいねぇ。鎖骨もいい感じ!

 胸もハリがあってうらやましいわぁ」


ぷにぷに。

いつのまにか結構育った胸を、エメさんがつつく。


「あの、ちょっ・・やめて・・・」


「いやぁん、かわいい! 飼い主に見せたら速攻襲われそうだわ」


「おそ・・・?」


「いえいえ、こっちのは・な・し」


こっちってどっちだろう。


「エメさんは着替えないの?」


「私は規則で万年魔術士服よ~」


「え、でもこの服は?」


「着られないけど好きなのっ つい集めちゃうのっ いっぱいあるから、王都にいる間毎日着せ替えしましょうね!」


「イエ、イイデス・・・・」




院長先生のいる治療院を訪ねる前、エメさんが両側の髪を編み込みにしてくれた。


「この赤いリボンは?」


「それはとらないで」


「くす、そういえば猫の尻尾についてたわね。

 カールがくれたの?」


「うん」


なんだろう。

エメさんからカールの話をふられるたびに、頬が熱くなる。

こんなふうに他の人とカールの話をしたことがなかったからかな。


「よし、できたわ。今からいけば面会時間にぎりぎり間に合うから、急いでいきましょう」


「時間決まってたの? じゃぁこんな凝った髪型しなくても・・・」


「つれないわねぇ。久しぶりに会うお義母さんに、きれいな格好をみてもらいましょうよ」


「うーん・・・。まぁいっか・・・」





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