5 迎え
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家に帰ってルゥと夕飯を食べていると、玄関を叩く音がした。
「カール=ヘルベルト=ヴュスト! いい月の晩だな!」
ばたん。
扉を閉めた。
「こら! 開けろ!! 僕に会えて光栄だろう!」
ドンドンドン!
扉の外で騒いでいるが、無視。
「んにゃ~ぅ」
「いいんだ。あいつと関わると碌なことがないからな」
「なー・・・」
「カールさん、夜分すみません。エメ=ヴァウラと申します。
そちらの猫ちゃんにお願いがあるんです。話をさせていただけませんか?」
「ルゥに?」
聞きなれぬ女性の声に、結局俺は客人を迎え入れた。
「ということで、魔術の依代にルゥちゃんをお貸しいただきたいのです」
「・・・なんでルゥなんですか?」
「魔術は美しいものを好みます。
その点ルゥちゃんはこの真っ白な毛並みといい、紅玉のような瞳といい理想的です!
決して危ないことはありませんから。お願いします」
ルゥを美しいといわれて悪い気はしない。
が、貸す気もない。
「だめです」
「そこをなんとか!」
「できません」
「なぜですか?」
「何事にも絶対ということはありません。ルゥをわざわざ危険な目にあわせるつもりはない」
「おいおい、カール=ヘルベルト=ヴュスト。
エメ女史は僕が認める数少ない魔術士の一人だ。王都でも彼女ほどの腕前の魔術士はなかなかいないぞ。
その彼女が大丈夫だというんだから、いいじゃないか」
「ウーリー=ヒューグラー。貴様は黙ってろ。
そもそもおまえの知り合いだという点で印象は最悪だ」
「ウリ坊。あんたのせいなの・・・?」
「ウリ・・・?」
横目でにらむ女魔術士を前に、ウーリーは縮こまっている。
「女史、その呼び名、余所ではやめてください・・・」
肩がふるえる。
ウリ坊?
傲岸不遜なこの男が、ウリ坊呼ばわり!?
「ぷっ・・・くくっ・・・・ふはっ・・・」
「あ! こら、カール! 笑うんじゃない!!」
「だって、おまえ、ウリ坊って・・・くくっ」
「エメ女史は僕の幼少期の家庭教師だったんだっ 仕方ないだろっ」
「ははははは!」
「ウリ坊ったら、小さい頃から生意気でねぇ。ちょっと純度の高い炎を召喚して浴びせたら従順になったけど」
「ちょっとって、女史! 原始の炎ですよ! 触れたら一瞬で消し炭です! あんなの今の僕でも呼び出せません」
「血統に頼りすぎてるからよ。修練なくして技の向上はないわ」
「僕だって・・・」
「なーぅ」
いつまでも言い合いを続けそうな師弟に、ルゥが割って入った。
そうだ、笑っている場合ではない。
「あなたが優れた魔術士なのはわかりました。
でもそれとこれとは別です。ルゥだって行きたくないはずだ」
「そうかしら。じゃぁルゥちゃんがよければいい?」
女魔術士の瞳がきらりと光った。
「それは・・・」
ルゥは当然嫌がるだろう。
俺の側から離れるはずがない。
「ルゥ? 行きたくないよな?」
「んにゃ~ぅ」
ルゥの耳がくたりと垂れる。
ルゥ? まさか・・・。
「行きたいわよね」
「な!」
耳がぴんと立ち、ルゥは、彼女の足元にすり寄って行った
「ルゥ・・・・・」
「決まりね。大丈夫、一週間くらいでお返しするわ」
「ルゥ、なんで」
「早く行けば早く戻れるから。さっそく今出発します。
あぁ、ルゥちゃんのごはんとかは気にしないで。全部私が責任をもってみます」
呆然とする俺の前で、ルゥは女魔術師の腕に抱かれて行ってしまった。
俺を、振り返ることもしなかった。
*****
冷たい夜空を、魔術士に抱かれて飛ぶ。
「お別れを言わなくてよかったの?」
「いいの。行きたくなくなっちゃうから」
眼下にはすでに、生まれ育った街が広がっていた。