2 一緒にお風呂
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「さっぱりしたなぁ。おぉ、おまえ、白猫だったんだな!」
湯に入れて、石鹸で洗ってやると、真っ白な毛並みが現れた。
灰色だと思ったのは汚れだったらしい。
目やにはまだ完全にとれていなかったが、とりあえず風呂からあげてミルクを与える。
匂いをかいで、そぉっと口をつけたのを確かめてから、俺は茹でた鶏肉を細かくちぎって隣に置いた。
子猫は、今度は躊躇なくはぐはぐと勢いよく食べ始めた。
「ははっ・・・腹、減ってたんだな」
俺も鶏肉の茹で汁に細かく切った野菜を入れ塩コショウで味を調えてスープとし、自分で焼いたパンを添えて夕食とした。
与えた食事をすべて平らげた子猫は、ぷっくり膨れた腹を重そうに引きずってよたよたと部屋の隅へ歩いていったかと思うと、ぽてっと倒れた。
そのまま丸くなる。
これは・・・寝る態勢だ。
本当は一緒に寝たかったが、小さいとはいえ野良猫。
初めて会った人の前で餌を食べただけ上等だろう。
ピンクの鼻先がぴすぴすと動いている。
時々ぴくっとひげが揺れるが、もうすでに夢の中なのは確実だ。
外と違い、部屋の中は温かい。
生死の危険はないだろう。
「おやすみ、猫」
明日は名前を決めてやろう。
そう思いながら、俺も眠りについた。
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子猫になって、街へ出た。
10年以上暮らした街である。
どこに何があるかはわかっている。
そうはいっても人の目線と猫の目線は違うので、はじめはずいぶん戸惑った。
すぐに着くと思ったところが意外と遠かったり、楽に通れると思っていたところが高すぎて通れなかったり。
逆に猫ならではの道もたくさんあった。
しかし誤算もいくつかあった。
16と言えば人間ならそれなりの体格のはずだけど、なぜか猫になった私は小さな子猫だった。
「わー、なんだこの猫!目が赤いぞ!」
「うわぁ、捕まえろ!」
ある日子供たちに追いかけられ、とっさに私は通りがかりの馬車に飛び乗った。
荷物にまぎれこんで身を隠す。
ほっと一息ついた後、馬車の振動が心地よく、私は眠ってしまった。
どれくらい眠ったのだろう。
「うおっ、なんだ、猫か!あっち行け、シッシッ」
馬車の持ち主に追い立てられて目が覚めた。
思わず飛び出て呆然とした。全く知らない場所だったのだ。
人は少なく、緑ばかりの田舎の村。
勝手知ったる街だから生きていけると思った。
いざとなったら院長先生のところへ行けば私を私とわかってくれると思った。
こんな何もない場所で生きていけるのだろうか。
カラスにでもつつかれたら終わりである。
途方に暮れて、とにもかくにもとぼとぼと歩いた。
そのうち冷たい雨が降ってきた。
あぁ、もうだめ。
猫なんてやめる。
気味が悪いと言われたってこんなところで死ぬのは嫌だ。
嫌?
じゃぁ生きててどうなるっていうんだろう。
働く場所もなく体を売るしかないじゃないか。
そこまでして生きていたいだろうか。
それならいっそのこと自然に還り、他の生き物の糧となったほうがよっぽどいいじゃない?
そう思ったのだけど。
「なーぅ」
寒さと空腹と心細さに耐えきれず、一縷の望みを込めて鳴いてみた。
「なーぅ」
助けて。
「なーぅ」
誰か助けて・・・・。
「おい、どこだ。おい!」
それが私と彼との出会いだった。