2 危機一髪!?
*****
外套の折り方が違う。
昨夜は雪で濡れたから、袖口が上になるように掛けておいたはずだ。
それが今朝起きたら下になっている。
乾いてはいたから、はじめから下だったわけではない。
椅子も濡れていない。
些細な違和感だが、はじめてではなかった。
先月だったか、後で片づけるつもりだった洗濯物が、すでに片付いていたことがあった。
知らぬ間に侵入した者がいる?
「まさか、な」
いくら辺境でのんびりしているとはいえ、寝ている間に誰か来たら目が覚める。
ルゥだって騒ぐだろう。
「んにゃー」
「ん、行ってくる。
今日行けば、2週間程休みだ。新年だからな。
今日は仕事納めで遅くなるから、夕飯も置いていくぞ」
水とちぎったパン、塩抜きした肉を皿に入れて机の上に置いた。
「あれ、隊長。報告書が1枚抜けてますけど?」
月例報告書を確認していたギュンターに言われた。
「む・・・。家に置いてきたな」
「1枚なら書き直しちまいますか」
「いや、晴れてるし、取りに行ってくる」
「はい、お気をつけてー」
文を書くのは得意なほうではない。
書き直すくらいなら取りにいったほうがいい。
雪が溶け、ぬかるんだ道を歩く。
急に俺が帰ってきたら、ルゥはどんな反応をするだろう。
ちょっと楽しみだ。
家が見えてくる。
赴任したとき、兵舎に部屋を用意するといわれたが、他人と関わり合いたくなかった俺は、一軒家を希望した。
ちょうど空き家があったので、少し手入れをするだけで住めた。
今となっては、ルゥと2人で誰に気兼ねすることなく生活できてうれしい。
雪道を兵舎まで通うのだって、ルゥを独り占めするためなのだから、俺の親馬鹿ぶりも筋金入りだ。
鍵を開けて中に入ろうとして、違和感を覚える。
窓越しに、家の中に白いものが揺れているのが見えた。
ルゥにしては大きい。
泥棒?
夜間ではなく、昼間に侵入していたのか!?
「誰だ!」
剣の柄に手をかけ、いきおいよく玄関をあけて飛び込む。
応えはない。
慎重に足を運び、居間へ行く。
誰もいない。寝室か?
ばさり
音がした。
「動くな!!」
腰をかがめ一気に剣を抜き、切っ先を音の方向に向けた。
「・・・にゃぁん・・・」
床に落ちたシーツの下から顔をのぞかせたのは、ルゥだった。
「おまえだったのか。驚かすなよ」
窓から見えた白い影も、ルゥが室内で遊んでいたものだろう。
「これ、ふりまわしてたのか? 1人でつまらなかったんだろう」
「んなーぅ」
タオルを拾ってたたみなおす。
床にはたくさんのタオルやシーツが散らばっていた。
ルゥはごめんなさい、と言うように俺の足にすりよってきた。
抱き上げると、口の周りを小さな舌でぺろぺろと舐める。
「ははっ、いいさ。今夜もできるだけ早く帰ってくるからな。
あぁ、今は忘れ物を取りに来ただけなんだ。じゃぁな、また行ってくる」
ルゥに口づけて、家を後にした。
もちろん鍵をしっかりかけて。
ルゥのやつ、俺がいないときにあんな遊びをしてたんだな。
だからものの位置が変わることがあったんだろう。
洗濯ものは、自分で片付けたのを忘れてたんだな。
ルゥの知らない一面を見て、俺は鼻歌を歌いながら兵舎に戻った。
仕事納めはやはり忙しく、家に帰れたのは深夜だった。
******
あああ、驚いた!
自分の意志で、昼間に人型になれるか試してみたら、あっさりなれた。
裸のままでは寒かったので、シーツをかぶって部屋の掃除をしてみた。
そしたら、机の下に書類が一枚落ちているのに気付いた。
これ、昨日カールが書いてたやつだよね。
落ちてていいのかなぁ。
上質の羊皮紙に、几帳面な文字が並ぶ。
“字が読めれば職につながる”という考えだった院長先生のおかげで、私もある程度の字はわかる。
今年の警備隊の活動が書かれているようだった。
きっと忘れたんだなと思って机の上に置き、洗濯もしてみようかと思ってタオルをとったところだった。
ガチャッ
玄関で、鍵の開く音がした。
「誰だ!」
鋭い誰何の声。
とっさにシーツにもぐり、猫に戻れと必死に念じた。
間に合って、よかった・・・・・・。
なぜかご機嫌なカールを見送り、窓辺で丸くなる。
それからカールは夜中まで帰ってこなかったけど、私は人型になろうとはしなかった。
あんなに怖い目は、当分勘弁。
あ、また雪が降ってきた。
今年ももう終わりだなぁ。
来年も、ずっとカールといられますように。