*** カールの休日 ***
本編の流れからはみだした閑話です。
今日は休みだ。
一日中ルゥと遊べる。
ルゥが来てからはじめての休み。
存外に楽しみにしていたらしい俺は、出勤日と同じかそれより早く目覚めてしまった。
ルゥはまだ俺の隣でくぅくぅと眠っている。
時折ひげがぴくっと動いたり、ピンク色の鼻がぴすぴすと動いたりするのは夢を見ているのか。
小さな前脚に指をかけて引っ張ると、ずるずると体が伸びた。
それでも起きない。
「ふっ・・・・熟睡しすぎだろう」
ころりとひっくり返すと、両脚を胸の前で曲げ、まんまるのおなかを晒した。
小さな舌が口から覗いている。
指先でつついてみると、はぐっと食いつかれた。
「ん?起きたのか?」
はぐはぐはぐ。
前脚で俺の指を抑え込んで食む。
「痛い。痛い痛い痛い!
ルゥ!寝ぼけてるな!痛いぞ!!」
細く尖った歯が指先に食い込む。
振り落とそうと腕を上げたら、ルゥもついてきた。
猫の一本釣り・・・いや、そうじゃなくて!
「・・・・・・?」
俺が一人で騒いでいると、ぼんやりと目を開けたルゥがぽてっと落ちた。
何があったんだろう、とか。
いま食べてたおいしいものはどこにいったんだろう、とか。
そんなことを考えていそうな気がする。
「おはよう、ルゥ。
おまえが食ってたのはこれ。歯形がついてるじゃないか。痛かったぞ」
ルゥの目の前で手を振ると、ようやく焦点のあった瞳が見上げた・・・かと思ったが。
「んなあぁぁぁぅ」
あくび。
あくびか。
「おまえと遊んでいたら、寝台の上で日が暮れそうだな。
洗濯だけはしちまうか」
ルゥを肩に乗せ、シーツをはがす。
洗って外に干して、朝食を摂ったら掃除。
「こら、邪魔だ。箒にじゃれつくな!」
「んなっんなっ♪」
「ご機嫌だなぁ。おまえのせいでちっとも進まないんだぞ。
家事を終わらせてから、思う存分遊ぼうと思ってるのに」
動かなくなった箒と俺を交互に見て、「んなっ」と鳴く。
長い尻尾で床をたんたんと叩く。
「なんだ、動かせっていうのか」
ザザーッと箒を右に大きく振れば、ルゥも右に駆けていく。
左に振れば、ひらりと体の向きを変えたルゥが飛びかかる。
右へ、左へ。また右へ。
赤い瞳が爛々と輝いている。
「ぷっ・・・くくっ・・・。何がおもしろいんだかなぁ」
箒の追いかけっこは、ルゥが窓辺に寄ってきた鳥に気を取られるまで続いた。
「ルゥ。おい、ルゥ?」
掃除を終え、昼飯を片手にルゥを呼ぶが姿が見えない。
さして広くもない家である。
そう隠れる場所もないと思うが・・・。
しまった!
玄関が細く開いているのに気付き、焦る。
朝洗濯物を干したときに、きちんと閉めなかったのか。
「ルゥ! どこだ!! ルゥ!」
「んなー」
名前を呼びながら玄関を飛び出すと、すぐ近くで声がした。
なんだ、脅かすなよ。
どうやって登ったのか、ルゥは出窓の上から俺を見下ろしていた。
「おいで、ルゥ」
手を伸ばすと、ぴょこんと飛び乗った。
外に出たついでにと、乾いた洗濯物を取り込む。
俺の肩を伝って降りたルゥは、蝶やバッタを追いかけている。
「俺が留守の間、家に閉じ込めておくのもかわいそうだよな・・・」
一匹の黄色い蝶が、ルゥの鼻先をかすめた。
ひらひらと舞い、飛んでいく。
ルゥは身をふせ、じりじりと後をついていく。
緑の中に、真っ白な尻尾が揺れる。
だんだん遠ざかる後姿に、このまま声をかけなかったらどうなるんだろうと思う。
蝶を追って、どこまでも行ってしまうのか。
俺はまた一人に戻るのか。
「・・・・・・ルゥ!」
己の想像に耐えきれなくなって、短く名を呼んだ。
ぴくん!
草むらに小さな耳が見えたかと思うと、俺めがけて一目散に駆けてきた。
両手を広げれば、当然のように飛び込んでくる。
「んな~」
肩に乗り、耳元に体を摺り寄せてきた。
「・・・あまり遠くに行くな」
「なーぅ?」
カール。
そう言っていると思う。
俺が生まれる前母親が飼っていた猫は、「ごはん」としゃべったと言っていた。
「ママって呼んでくれたこともあるのよ」とも。
その時は鼻で笑っていたけれど・・・。
「んぁーぅぅ??」
今度は「大丈夫?」かな。
なんて、そんなわけないか。
親馬鹿もたいがいにしないとな。
「ふっ・・・・おまえがしゃべれたらいいのになぁ」
ぽんと頭を叩くと、ルゥは困ったように小首をかしげた。
「さ、午後は何をしようか。
家事は全部終わったから、たっぷり遊べるからな」
ルゥをかまったりかまわれたり?するうち、あっという間に一日が終わった。
湯船につかれば、満足の溜息。
シーツは日なたの匂いがして、心地よい眠りに誘われる。
「おやすみ・・・ルゥ・・・。
次の休みは、何をしよう、な・・・・・」
ルゥを撫でる指がだんだんゆっくりになる。
すぅっと意識が遠ざかり、眠りに落ちていく。
「おやすみ、カール」
あれ・・・おまえ、今しゃべった・・・?
目を開けたいけれど、眠く・・・て・・・・・。
窓から差し込む光に起こされる。
隣に眠るのは白猫のルゥで、「おはよう」と言えば「んなー」と鳴いた。
昨夜しゃべったと思ったのはまた夢か。
「さてと。また隊員どもを鍛える日々か。あいつら緊張感ってもんがないからなぁ。
じゃ、行ってくる」
「んなー」
繰り返される、いつもの日々。
一人と一匹。
かなうならば、いつまでもそばに。