表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第1部
13/100

13 お茶


*****


次の日、出勤したら測量が終わっていた。

普通の魔術師なら3日3晩かかるところを、ウーリーは昨夜わずか1時間でやり遂げたらしい。


「満月だからね。僕の場合、新月だってその辺の魔術師じゃ足元にも及ばないけど」


偉そうにふんぞり返っていた。


測量隊が次の土地へ出発すると、いつもの日常が戻ってきた。

訓練と村の雑用の日々。

家に帰ってルゥと過ごすのが一番の楽しみだ。


「ん?」


洗濯をして、そのまま山積みにしていた服。

たたんで長持に入れようと思っていた・・・気がするけれど、片づけたんだったか。


「なーぅ」


後ろ脚で立ち上がったルゥが、俺の足にじゃれつく。

抱き上げると、口の端を舐められた。


「明後日の休みに兵舎に行くか」


「んな!」


「ははっ。うれしそうだな。うちに来て以来の遠出だものな」


肩に乗せると、頭によじのぼってきた。

重くはないが、ただでさえぶつかりそうな鴨居にルゥをこすりそうになる。

寝台に腰かけ、開いたのは基本教練の本。

ページをめくるたび、ルゥが前脚でちょっかいを出してくる。


「邪魔するなって。

 隊員どもに教えるのに見返したら、結構忘れてることがあったんだ。

 普通の隊と近衛では違うところもあるしな」


前脚をどけようとした手にさらにじゃれつかれた。

後ろ脚は俺の頭に置いたまま、体を伸ばして前脚で手にしがみつく。


「あぁ、また、噛むなよ、こら。

 歯がかゆいのか? もしかしてまだ乳歯?」


たしか生後5か月から8か月くらいで生え変わるはずだ。

頭の上から降ろし、ルゥの口を指で開けて歯の様子を見る。


「あー、乳歯かもなぁ。通りで痛いわけだ」


針のように尖った歯を触っていると、ぽろりと1本とれた。

お、貴重。とっておくか。

そんなこんなでルゥをかまっていたら、あっという間に夜が更けてしまった。




朝。

出がけに思い出して、ルゥの口の中を確認。

歯茎の腫れや出血がないか見る。


「ん、大丈夫だな」


よし、と仕上げに口づけてやった。

あれ、ルゥが固まっている。

そういえば、俺からキスをしてやったことはなかったか。

ルゥに舐められることはよくあるが。


「行ってくる」


「う、うなー・・・」


尻尾が逆立ってるのはなんでだ?

いつもルゥに振り回されてばかりだから、たまには動揺させるのもおもしろい。

毎朝の習慣にしよう。




「隊長、顔がにやけてますけど、どうしたんすか」


「・・・・・なんでもない」


兵舎の隊長用おれの部屋。

香草茶を運んできたギュンターに見られてしまった。

いかん。勤務中はルゥのことは忘れよう。

真面目な顔を心がけ、昨夜読み途中になってしまった教本を開く。


「隊員たちは、これは持っているのか?」


「あぁ、兵舎の談話室に1冊くらいあったかと思いますが、全員のはないっすねぇ。

 字が読める奴ばかりじゃないし」


「なるほど。基礎がわかってないわけだ。

 写本を作るのはどうだろう。字の練習にもなるだろう?」


「一人一冊はきついっす。これから収穫の繁忙期ですし。

 各章ごとに写させて、とりあえず5冊くらい隊の備品にしますか」


「それでいい」


配分はギュンターにまかせた。

ウーリーの言葉をすべて信じるわけではないが、任期満了までいないかもしれないことを考えると、できるだけのものは残してやりたい。


「ん、これうまいな」


何気なく口に運んだ香草茶は、優しい花の香りがした。


「村人の差し入れっすよ。牛の捕物のお礼。うちのひそかな名産だったりします」


「へぇ、そうだったのか」


窓の外を見ると、木板と金槌を持った村人が隊員と話していた。

また何か頼まれたのか。


視界いっぱいに緑が広がり、遠くには青い山々が見える。

赴任当初は苛立ちを覚えたこの風景も、いつしか心落ち着くものになった。

明日はルゥをつれてきて、兵舎の中を案内してやろう。

勝手に歩き回らせるわけにはいかないから、どうしようか。

首輪は嫌がってたしなぁ。

ルゥは小さいから、俺の胸ポケットに入ってしまうかもしれないな。

そうだ、そうしよう。


「隊長、また顔が・・・」

「ほっとけ、どうせ家の猫のことでも考えてんだろ」

「あんな人だったとはなぁ」

「俺、修理の許可もらいにきたんだけど、話しかけていいかな」

「もうちょっと黙っとけ。おもしろいから観察してようぜ」


「・・・おまえら、戸口で何をしている」


「補佐官!」

「しぃー!」


「ん? どうした?」


振り向けば、入口で押し合っている隊員とギュンター。


「あ、いえ、井戸の蓋が割れたから修理してくれって頼まれまして」

「結構古そうなんで、どうせなら新しく作っちまおうかと思うんですが」

「一人じゃ無理だから、何人かで行っていいっすか?」


「あぁ、行ってこい。

 せっかくだから、他の井戸の蓋も確認してくるように。

 誰か落ちたら危ないからな」


「はい!」


敬礼して、足取り軽く駆けていく隊員たち。


「急に隊員たちに甘くなったんじゃないっすか?」


「愛着を持てといったのはおまえじゃないか」


「おや・・・・それはそれは」


食えない補佐官は、にやりと笑って細長い紙袋を俺の机の上に置いた。


「さっきのお茶の葉っすよ。ご自宅用にどうぞ」


「いいのか?」


「うまいって言ってくれたのが、俺もうれしかったんでね。あとこれも」


ギュンターが差し出した小袋には別の茶葉。


「スヴァルが隊長にどうぞって。

 猫って寒くなると水を飲まなくなるんすか?

 このお茶ならよく飲むそうですよ」


「へぇ。後で礼を言わねばな」


あまり気温の変化のない王都と違って、この土地は冬になると雪が積もるという。

あと2か月ほどで冬が来る。


「冬の間は兵舎に住みますか?

 一人暮らしはいろいろ不便でしょう」


「うむ・・・考えておく」


明日ルゥを連れてきた様子次第だな。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ