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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第1部
10/100

10 好物


*****


「おぉ!カール=ヘルベルト=ヴュストではないか!」


「ウーリー=ヒューグラー・・・・。なぜ貴様がここにいる」


測量隊の中に、見たくもない顔が混ざっていた。

事前にもらった書類には入っていなかったはずだ。


「測量術をおこなえる魔術師が体調をくずしてな!

 急きょ私が加わることになったのだ。

 僕ほどの高位の魔術師が、測量ごときに関わるなどめったにないが、国の一大事業(プロジェクト)だからな。

 頼みこまれて仕方なく参加してやったのだ」


「魔術師はみんな出払っていて、うちの師匠くらいしか暇な人いなかったんですよぅ。

 カール様、ご迷惑をおかけします・・・・」


「シギも一緒か。苦労するな、おまえも」


ウーリー=ヒューグラー。

俺が王都を追われるきっかけを作った魔術士おとこだ。

優秀な魔術師を多く輩出する家柄に生まれ、エリートコースを当然のように歩んできた。

腰まである金髪に紫の瞳。ほとんど左右対称の整った顔立ち。

魔術士として最も適した容姿を持つ。

ただし性格に難あり。

生まれたときからちやほやされたためか、思い込みが激しく、自分の思い通りにならないと気が済まない。

傲岸不遜とは彼のためにある言葉といっていい。

態度に見合うだけの力があるのが口惜しい。


付き人のシギはといえば、代々ヒューグラー家に使えてきた血筋で、魔術は全く使えない。

そのかわり、魔術の媒介となる特殊技能があるという。

よほど大がかりな術を使うときでないとその技能は発揮されないらしく、普段はウーリーの身の回りの世話をしているそうだ。


「なぁにを2人でこそこそと話している!

 さぁ、部屋に案内しないか。

 僕は当然最上階だろうな。他人の階下したで寝る気はないぞ」


「兵舎は2階までしかないし、個室は全部2階だ。

 どの部屋も同じつくりだから、文句は言うな・・・っと、シギの分は用意してなかったな」


「いいんですぅ。師匠と同じ部屋で寝起きしますから。

 この人、一人じゃ何にもできません。

 あ!部屋だけじゃなくてごはんとかも1人分増えるんですねっ

 やっぱり事前にご連絡しておくべきでした。すみません、すみません・・・」


「おまえの分くらい大丈夫だ。気にするな」


へこへこと頭を下げるシギ。

その間にもウーリーはさっさと階段を見つけて、部屋へあがってしまった。


「シギ! 行くぞ。この僕が他の奴の後から行くなんてありえないからな」


「あ、師匠! 待ってくださいよぅ。結構荷物が重いんですってば。

 では、カール様、お世話になります」


師匠と弟子は、騒ぎながら2階へと消えていった。

溜息をつきながら見送ると、立派な口髭をたくわえた壮年の男が手を差し出してきた。


「カール殿、あいさつが遅れてすまん。

 測量隊隊長、ゲオルグ=コルベだ」


「おっと、失礼。

 警備隊隊長、カール=ヘルベルト=ヴュストだ。

 測量が順調スムーズに進むよう出来る限りの支援サポートをする。

 何かあったらいつでもいってくれ」


握手をし、簡単に自己紹介をする。

他の隊員メンバーも特に問題なくあいさつを済ませて部屋へ入った。


「いやぁ、変わった御仁っすねぇ」


「ギュンター・・・・。

 ウーリーには気をつけろ。極力相手にするなよ。

 何かあったら俺に言え」


「へい。隊長は大丈夫っすか?」


「一週間だろ。こらえてみせる。これ以上とばされるところもないだろうしな」


「ははっ。ま、隊長にとっては左遷先でも、俺らにとっては故郷ふるさとなんで。

 測量がうまくいくように尽力しますよ」


「・・・すまん。言葉が過ぎたようだ」


「いいんすよ。田舎なのは事実っすから。

 でもちょっとずつ愛着を持ってもらえると嬉しいです」


「あぁ」


愛着ならすでに十分持っている。

ルゥと出会えたこの土地を、忘れることはないだろう。


「隊長さん」


「うわっ」


背後から急に話しかけられ、驚いて振り向くとスヴァルがいた。

この俺に気配を悟らせないのがすごい。


「これどうぞ」


何かと思ってみれば、その手には絆創膏。


「鼻の頭、猫ですか?」


「うちにやんちゃな子猫がいてね。昨夜ひっかかれたんです」


もうかさぶたになっていたが、それゆえに気になっていじっていたらしい。

指先でさわると、ほんの少し血がついた。


「私も、猫、好きなんです。今度会わせてもらえませんか」


「えぇ。本当に子猫だから、もう少し大きくなったら兵舎に連れて来ます。

 白猫で、すごくかわいいですよ」


ルゥの話をするとつい顔がにやけてしまう。

スヴァルの猫好きというのは本当らしく、自宅にもたくさん猫がいること、それぞれの猫の好物、愛らしい動作、猫同士の関係などを楽しそうに話す。

俺も辺境ここにきて初めての猫話に、つい熱が入る。


「おぉっと、思わぬ伏兵登場・・・。隊長は年上好み?

 過去を知ってそうな御仁といい、一波乱ありそうだね」


「ギュンター? 何か言ったか?」


「なんでもないっすー。ちと部屋の様子見てきますね」


「あぁ、頼む」


気付けば、兵舎の入口には、俺とスヴァル以外誰もいなかった。

うーん、ルゥのことならいくらでも語れるな。


「ルゥちゃんによろしくです。あとでヨシさんにだしを取った後の煮干しをもらっておきます」


「ありがとう。スヴァル家の猫たちも後で紹介してください」


「はい」


測量隊の歓迎会も兼ねて、その夜は兵舎の食堂で食事をとった。

ルゥが待っていると思うと酒を飲む気にはなれず、適当な理由をつけて断った。


「カール=ヘルベルト=ヴュスト。君はそのうち僕を頼るようになる。

 今のうちに恩を売っておいた方が得策だぞ」


そろそろ皆酒がまわりはじめた。

帰る頃合いかと思っていたら、酒瓶片手のウーリーが隣に腰かけた。


「たとえ何が起こっても貴様だけは頼るまい。

 余計なことは考えず、きっちり測量しごとして早く帰れ」


「今の台詞忘れるなよ。

 わずかだが、君からは魔術の匂いがする。

 あとで泣きついても遅いからな」


「はっ。ウーリー=ヒューグラーともあろうものが、つまらん脅し文句を使うようになったもんだ。

 飲みすぎか?

 シギ!ご主人様がお休みだ。部屋へ連れて行ってやれ」


「はい、ただいまぁ」


「こら、シギ。カールのいう事なんて聞く必要はないぞ。

 僕は酔ってない。酔ってないったら・・・」


千鳥足で反論しても、説得力はない。

ウーリーはシギにずるずると引っ張られていった。


俺に魔術の匂いだと?

この3か月、魔術どころか呪符一つにも触れていない。

防具や武具も、ごく一般的な物を身に付けている。


「思い込みもたいがいにしろよな」


食堂のそこかしこで、好き勝手に話の輪ができている。

そろそろ退席しても影響はないだろう。


「隊長。ヨシばあさんから、これ預かりましたよ」


「煮干しか。すまんな」


ギュンターからほんのり温かい包みを受け取ると、心はすでにルゥの元へ行っていた。




*****


魚はあんまり好きじゃないんだよね・・・っていうか、はっきり言って嫌い。

せっかくのお土産だけど、食が進まない。


「食わないのか? スヴァルの家の猫は大好物だそうだがなぁ」


スヴァル? スヴァルって誰?

カールの話によくでてくるのは、ギュンターって人。

おいしいおかずを分けてくれるのはヨシばあさん。

あとはのんきな隊員さんたちの話をよくしている。


「おまえに会いたいって言ってたぞ。

 今度俺と兵舎に行ってみるか?」


「なぅ!」


行く! 行きたい!!

昼間いつも一人で、カールと一緒に行けたらいいなと思っていたのだ。


「ははっ、よじ登るな。そうか、行きたいか。

 測量隊が帰って落ち着いたら、とりあえず非番の日にでも遊びに行こう」


カールの休みは十日に一回。

いままでに2回ほど休みがあり、その度にたっぷり遊んでもらった。

一緒におでかけできるとなれば、もっとうれしい。


「そういえば、ウーリーがおかしなことを言っていたな。

 俺に魔術の匂いがするとかなんとか。

 今日は酔いつぶれていたからいいが、明日以降、兵舎で余計な話をしないでほしいもんだなぁ」


ぎくり。

何それ。そんなことを言った人がいるの?

私のせいなのかな。


「ここの任期は3年だ。ほとぼりが冷めれば、それより早く戻れる可能性もある。

 その時は一緒に王都に行こうな。

 珍しいものがたくさんあるぞ」


脇の下に手を入れて私を抱き上げたカールは、楽しそうに目を細めてそう言った。

カール。

何年も先の話をしてくれるの?

そんなに一緒にいてくれるつもりでいるんだね。


王都に行けば、エメさんに会えるかもしれない。

私がそばにいることで、カールに魔術の影響がないか聞けるかな。

絶対人に戻らない魔術をかけてもらえるかな。


よぉし、それまで立派な猫でいるぞ!

満月に近付いた月を背に、私は決意をこめて「なー!」と鳴いた。


「そうか、おまえも行きたいか。じゃぁもっと食って大きくなれ」


・・・・煮干し。

魚は嫌いだってばぁ!


ぐいぐいと口元に押し付けられて、仕方なく食べた。

王都への道は遠いかもしれない・・・・・。




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