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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第1部
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1 雨の中の出会い

*****で視点が切り替わります。

冷たい雨の降る日だった。

俺、カール=ヘルベルト=ヴュストは、外套の合わせ目を両手できっちりと閉めて家路を急いでいた。




なーぅ・・・・・




聞こえたのが奇跡のような、小さな声だった。

周囲を見渡すが、雨にけぶる田舎道は視界が悪く、草むらや木々の間に目をこらしてもわからない。

気のせいだったかと、歩を進めようとしたとき。


なーぅ・・


もう一度、聞こえた。

猫。

それもまだ小さい子猫の声だ。

代々猫好きで、実家では常に何匹もの猫を飼っていた。

ブルクハルト国の騎士団に入り宿舎で生活するようになると、猫を飼うことは許されず、道ですれ違う野良猫を時折からかうくらいだった。

そのうち戦果をあげ女を覚え、相応の部屋を与えられるようになると、猫をかまうことはなくなった。


それが今。

冤罪で辺境の警備などにまわされた自分に、子猫の声がする。


「こんな冷たい雨の中では・・死んでしまうぞ」


声を頼りに、草むらに分け入る。

なーぅ、なーぅと鳴いていたのが、だんだん弱弱しくなり、鳴き声の間隔があいてくる。


「おい、どこだ。おい!」


焦ってガサガサと藪をかきわける。

道からはずいぶん離れてしまった。

外套のフードは脱げて、伸ばしっぱなしの髪から冷たい雨がしたたる。


「んなー・・・・・」


ザッと勢いよく踏み出した足元で、思いがけず声がした。


「あぁ!こんなところに!」


危うく踏んでしまうところだった。

藪の中、丸まる小さな子猫。

そっと抱き上げると、ぐっしょりと濡れてなんとも情けない姿だった。

目は目やにがついて、ほとんど開けられないようだ。


「もう大丈夫だ。俺のうちに来い。

 男一人の何もない家だがな、雨風くらいはしのげるぞ」


子猫は灰色の体をぶるぶると震わせている。

外套の合わせ目を開いて、胸の内に抱きこんだ。

かなりひやっとしたが、子猫に己の体温を分け与えるために我慢する。


「帰ったら風呂に入ろうな。ミルクも温めてやる。もう少しだ、がんばれ」


家につくまで、俺は子猫に話しかけ続けた。

この辺境の村にきて、仕事以外でこんなに話したのははじめてだった。

近所の村人ともろくに話はしなかった。

都落ちした自分を、村人がさげすんでいるような気がしたからだ。

それでもはじめは何かと世話を焼こうとしてくれていたが、露骨に避ける俺に、いつしか誰も話しかけなくなった。

気が楽になった反面、孤独感に襲われた。


あぁ、でも今日からは一人ではない。


守るべきものを見つけた俺は、足取りも軽く、しかし最大限に急いで家へと帰った。




*****




孤児院うちが閉鎖されることになった。


生まれつき髪が白く赤目の私は、生みの親にさえ気味悪がられて、14年前、この街はずれの孤児院の前に置き去りにされた。

唯一の親とのつながりは、かろうじて覚えていた“ルチノー”という自分の名前だけ。

誕生日すらわからないが、たぶん今年16歳になる。

それ以来孤児院の院長先生を義母ははと呼び、後から来た義妹いもうと義弟おとうとの面倒をみながら生活してきた。

しかし長年孤児院の後援者パトロンだった子爵が亡くなり(院長先生のお兄さんだそうだ)、経営が立ち行かなくなって閉鎖されることになった。


そして、とうとう明日、孤児院うちがなくなるという日。

院長先生と囲む夕餉の食卓は、どんよりと重い空気に包まれていた。


「あとはおまえだけだね・・・」


「はい・・・ごめんなさい、お義母さん。迷惑をかけて・・・」


「いいんだよ。おまえの良さは見た目なんかじゃわからないのにね。

 いや、その髪もその瞳も、私はとても美しいと思っているよ。

 ただ他の人にはね・・・・」


孤児院の閉鎖に伴い、院長先生は子どもたちの里親を必死に探してくれた。

ごく小さい子やある程度の年ですぐ働き手になる子はすぐに行先が決まって、他の子もなんとか閉鎖前日の今日までには新しい扶養者の元へ旅立った。

でも私だけは、この髪や目が気味悪がられて売れ残ってしまった。


「まぁいざとなれば私が引き取ってやるさ。

 おまえ1人くらいどうとでもなる」


院長先生は微笑もうとしたんだと思う。

でもそれは失敗に終わっていた。

蝋燭の炎に映し出されるその顔は、閉鎖が決まる前の資金繰りの心労と、連日の里親探しのため、ひどくやつれて深いしわを刻んでいた。

院長先生自身、親類の家に身を寄せると言っていたので、赤の他人の私などが一緒に行けるわけがない。

どこか働き口はないのか。

いっそ髪を染めて目をつぶして、夜の街にでも立とうか。

そんなことを考えたとき、コンコンと玄関の扉を叩く音がした。

こんな時間に誰だろう。


「夜分遅くに申し訳ありません。

 旅の途中、日が暮れてしまい途方に暮れています。

 一夜の宿をお貸し願えませんか」


のぞき窓から外を見ると、そこには外套を目深にかぶった細身の人影があった。

街はずれにたつ孤児院ここには、時折こうして旅人が訪れることがある。

いつもなら下働きの男手などもあるので快く迎え入れていたが、今夜はもう私と院長先生の2人しかいない。

困っている人を助けたいのはやまやまだが、もし悪い人だったらどうしよう。

身の安全を考えると簡単には扉を開けることはできなかった。


私が扉の前で逡巡していると、院長先生がやってきて、場所を変わるように動作で示した。

背伸びをしてのぞき窓から外を伺う。

院長先生ももう年だからすっかり腰がまがってしまって、私でも届くのぞき窓が背伸びをしないと届かなくなっていた。


「怪しい者ではありません。どうか・・・・」


「ではフードを取ってくださらんか」


「あぁ、これは失礼」


旅人の顔を見て、院長先生は入れてあげることにしたようだ。

かんぬきをはずし、扉を開ける。


「ありがとうございます!本当に困っていたんです」


見ればその旅人は、人懐っこい目をした女性だった。

なるほど、院長先生が扉をあけるはずだ。

旅人はエメと名乗り、王都の知り合いのところへ行く途中で、東の国の魔術師だと言った。

この国にも魔術師はおり、主に病気の治療や占いなどをする。

悪い魔術師になると呪いを請け負うこともあるそうだが、エメさんはそんな風には見えなかった。

院長先生が部屋へ案内する間、私は調理室に戻り、夕餉の残りのスープを温めてエメさんに届けた。


「ありがとう!うわぁ、なんて良い匂い!

 温かい食べ物なんて久しぶり!ずっと旅してきたからさぁ」


エメさんは温かいだけでたいした具も入ってないスープをおいしそうに口に含み、添えた固いパンもスープに浸しながらぺろりと平らげてしまった。


「おいしかった!これはあなたが作ったの?上手ね!」


エメさんは、私に目を合わせてそう言った。


「ほめてくださってありがとうございます。

 あの・・・私が気持ち悪くないんですか?」


「気持ち悪い?なぜ?」


「だって・・・こんな見た目だから・・・」


「あぁそうか。あなたは自分がアルビノなことを気にしているんだね」


「アルビノ?」


「魔術の世界で希少価値の高い、生まれつき色素が薄い個体をそういうんだよ。

 私たち魔術師にとっては貴重でとっても大事な存在なんだけどな」


貴重。

大事。


自分の見た目をそんな風に言われたことはなかった。


「じゃぁ魔術師なら私を高く買ってくれるんですか?」


「んん?そんな魅力的な話を気軽にしちゃいけないよ。

 ふふ・・・・なんてね。

 まさか人を魔術の道具にするわけにはいかないでしょう。人の売買は禁止されてるしね」


「あぁ・・・そうですよね・・・」


「どうしたの?一宿一飯の恩で話くらいきくけど」


そして私は今の状況を話した。


「なるほどね。あなたは院長先生に迷惑をかけたくなくて、一人で生きていけるようになりたいんだ」


「はい・・・」


「その思い、本物なら協力できなくもないよ。

 成功するかしないかはあなた次第だけどね」


エメさんがそう言って耳打ちしたのは、私にとってはすばらしい提案だった。




「猫になる!?」


次の日。

院長先生の部屋をたずねて、私は思い切って話をした。


「えぇ。エメさんが私に魔法をかけて猫にしてくださるそうです。

 猫ならばどこでも生きていけますから。これ以上お義母さんに迷惑をかけたくないんです」


変化の術はそう簡単にできるものではない。

運のいいことに、エメさんはかなり高位の魔術師だったようだ。


「迷惑だなんてお言いでないよ。

 おまえ・・・そんなことを考えていたなんて・・・・」


「大丈夫です。この魔法はルチノーちゃんがもう猫を辞めたいと思った時か生活が安定したときには解けるようにしておきます。

 一生猫のままというわけではないんです」


いつの間にか隣に立っていたエメさんが口添えをしてくれた。


「そこまで言うのなら・・・・。でも私はかまわないんだよ。一緒に行こうよ、ルチノーや」


「ありがとうございます・・・。でも私、決めましたから」


「ルチノー・・・。

 わかったよ。困ったときはいつでも頼っておくれ」


「はい!」


そうして私は魔術師エメさんの術を受け、猫になったのだった。




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