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ホラーコント『政客商売』

「先生大変です! 先生が、先生が……」

「な、何わけの分からん事を言っているのだね少年?」

 向島くんはとにかく焦っていた。

 いつでも斜に構え、いつでも冷静な対応をとることでチェルノブイリの農村地帯ではそれなりに定評のある向島くんではあったが、育ての親である松戸群荘ことマッド軍曹が、あやしげな発明の途中、奇怪な爆発を招いたことで爆風に吹き飛ばされ、右足をポキリと折ってしまったからだ。

 まったく普段なら、

「あーら、ウラン235と七味唐辛子の量を小さじ三分の一だけ間違っちゃったみたいだわ、てへ」

 などと、愚にも付かないざれ言を二、三言って涼しい表情のまま再び怪しい研究にもどるはずのマッド軍曹のはずなのに、今日に限っては顔じゅうに脂汗を流しウーウーとうなり声を上げていた。うずくまったまま一言もものを発せないところを見て取ったとき、これはただごとではないと少年ながら理解せずにはいられなかった。

 この春、十二歳の誕生日と同時に小学六年生になったばかりの向島くんではあったが、そこは優秀な博士の養子にして助手である。

 彼は、同級生にして自らの下僕と称している松下くんちの自家用ヘリをただちに出動させた。さらに普段からちょっぴり生意気だけど見所のある、下級生の本田くんちが開発したモビルロボットをヘリポートに五十体ほど待機させ、それに担架を用いてそーっと運ばせた。

 私用とはいえ、十機一個小隊で10キロメートル四方を制圧できる代物だけに、町は一時厳戒態勢がひかれたように騒然とした。が、向島くんはさほど問題にするものではなかった。

 そんなこんながあって、ようやく彼はちょっぴりおしゃまでちょっぴりセンチなはげつる頭のマッドな養父を近所の町医者に運び込む事が出来たわけだ。

「キミキミぃ、困るなあ。ワチシはあの顔がツギハギだらけの有名なヤブ医者も認めた高名な町医者なんだから、こんな風に騒ぎを起こされるとマスコミが押しかけてきてにっちもさっちもどうにもいかんのだよ」

 でっぷりと太った五十代後半の小男は、なめくじが這い出すような舌使いをしながら言葉を吐いた。

「だ、だから先生! ぼくの先生……いや、ぼくのお父さんが骨を折ってしまって大変なんです」

「そ、そうなのか? ならばワチシも高名な医者だ。それなりに診てしんぜよう」

 向島くんは、身長五メートルもあるモビルロボットにむかって、抱えられたストレッチャーを静かに降ろすように指示すると、自らも不安げな面持ちで養父の顔を覗きこんだ。しかし、白衣をまとった小男のはちきれんばかり体躯に邪魔をされ、表情を読み取ることは出来なかった。

「うーむ、これは骨折じゃな」

 小男が言葉を吐き出すと、ぽいんぽいんと踊るように聴診器が弾んだ。

「だからさっきから言っているじゃないでですか! 骨折なんですよ!」

 向島くんも負けじと地面から三十フィートほど跳ね上がって頭から湯気を出した。

「うーむ、骨折か……」

 小男はそばにあった革張りの椅子にどっかりと腰を落とし、腕を組んだまま首をねじった。

 向島くんはさらに鼻息を荒くし、

「だから右足の骨が折れてるんですってばっ!」

 飛び上がって白衣姿の小男に怒鳴った。

「そう、骨折なんじゃろ?」

 小男はつぶやくように返した。

「そうです、骨折ですっ!」

 向島くんはさらに声を荒らげた。

「骨折か……」

 小男はボソボソごえで言った。

「だーかーらー、骨折だって言っているじゃないですか! 早く治してくださいよう!」

「そうか、骨折かぁ、それは問題だな……」

 小男の発する声は次第にフェードアウトした。さらに、ぶすぶすと水溜りに溺れた羽虫のような小声になって聞き取れなくなった。

 向島くんの怒りは頂点に達し、思わず近くにいたモビルロボットに大口径ビームガンの発射命令を下しそうになった。

 その時である――。

「うん、解かった!」

 白衣の小男が、こぶしをポンとたたき椅子から飛び上がった。

 さすがの向島くんもこれには驚いて、

「な、なにが分かったんですかっ?」

 と聞いてみた。

 すると小男はでっぷりとした腹をはずませながらこう言った。

「バリアフリーにしなさい、バリアフリー。キミの家のすべてをバリアフリーにすれば、これからの骨折のリスクは格段に減るのだからね」

「………」

 向島くんは、即座にビームガンの発射命令を下さざるを得なかった。


                                   おわり。



 

 


 

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