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CAI  作者: ビブリア
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渡り鳥

目が覚める。あまり良くない夢を見ていた、そんな気がした。


そして自分がまた机の上で寝てしまっていたことに気がつくまで時間はかからなかった。


「少し外を歩くか……」


汗で脇の下が濡れていたため新しいシャツに着替えて外に出る。


昨日から夏休みに入った。

夏休み、と言っても高三である俺に自由なんてない。

いや、楽しめた夏休みなんて生涯の中であっただろうか。



…………無かった。というより思い出が無かった。


生まれた時からずっと同じことを繰り返してきたからだ。悲しいことに。


これは冗談なんかじゃない。だが今は思い出したくない。あんな昔のことなんか……


ふと潮の音がした。



「…………いつの間にか海岸沿いまで来ちまったな」


学校から緩やかな坂を下っていくとすぐに海に出る。

だいたい10分ぐらいだ。


少しの間ボーッとしている。太陽が眩しい。


携帯で時間を確認する。


6:50


7時から食堂は開く。その時間には間に合いたい。そう思って踵を返そうとした。


その時だった。


「わぁー!動かないで!」


突如甲高い声がした。寝不足だった俺はたまらずぐらつく。


すると何かが背中から離れていく感覚、直後に何かが背中に当たる感覚がした。

「あー……逃げちゃった…………。もう!動かないで、って言ったじゃない!」


後ろに振り向くとそこにいたのは小学生くらいの少女だった。やけに大きな麦わら帽子をかぶっていた。


「あのな……人の背中に虫網を当てるな。俺は虫じゃない」


朝から訳が分からんことを言われた俺は少し語気を強めた。しかし少女は気づいていないのか、全く動じない。


「ちーがーう!背中にトンボがいたから捕まえようとしたの!」


「……は?」


背中にトンボ?

…………ああ。暫しボーッとしていたからその時付いたのか。てか俺は樹や草じゃないぞ。


「トンボは虫網で捕まえるんじゃない。素手で羽を掴むんだ。小学生でもそれくらい分かるだろ……」


そう言って寮へと足を向けようとした。…………が。


「てぃっ!」


「ほごぉっ!?」


何かが尻に刺さった。えーと……虫網の棒の部分?


「じゃねぇよ!何しやがる!」


「それはこっちのセリフだ!お前!今小学生って言ったわね!?」


「言ったよ!だから何だっていうんだ!」


突然尻を刺された挙げ句、怒鳴り散らされたため流石の俺も怒る寸前だ。


「大有りだ!あたしは」


少女はすぅっと息を吸った。そして俺の耳を引っ張って自分の口へと近づけた。


「19歳だ!」

頭がくらくらする。

何で今日はこんな厄日なんだ。神様、俺は何か悪いことをしたでしょうか?


「(ギロッ)」


…………したみたいです。


「まあ待て落ち着け。何かの悪い冗談だろ?19歳?ははっ……。いやはや、正直見た目から言わせてもらうと小学生……」


「てぃっ!」


「痛っ!」


今度は目潰ししてきやがった。いてぇ!


「抉るぞ!」


「既に抉られかけているわ!」


どうやらこれ以上言うと俺の身が危ないようだ。納得はいかないが聞くのは止めておこう。


「分かった分かった。悪かったよ、19歳のお姉さん」


「分かればよろしい」


ふんっと鼻息を出した。

なんか偉そうでムカつくな……。


「そんじゃサヨナラ」


「待った!」


グイと腕を引っ張られる。

かなり強い力だ。


「今度は何だよ!?」


「人のことを侮辱して、はいサヨナラ、って酷くない!?」


…………面倒だな。本当あいつと一緒にいる方がずっと気が楽だ。


「じゃあ何だよ。金でも出せ、ってか?」


「金で解決するなら警察なんていらないでしょうが。あんた、トンボ捕れる?」


「…………はい?」


「質問に答える!」


少女(自称19歳のお姉さん)がまた怒声を張り上げる。

「捕れるも何も、捕れない奴がいるのか?そんなダサい奴の顔を見てみた……ギャッ!?」


今度は蹴ってきやがった。

……ああ、そうか。トンボを捕れないから俺に言ってきているのか。で、俺がダサいと言ったからキレた、と。


てか、何故にトンボだ。


「さっき言っただろうが。トンボは羽を掴めばいい、って」


「飛んでいる虫を掴める訳ないじゃない。あんた馬鹿?」


親切に教えてやったのになんで馬鹿呼ばわりされなくちゃいけないんだよ……。


「草や木に付いているところを狙うんだよ。前からだと気づかれるから後ろからの方がいいな」


「ふーん……」


少女はそう言って辺りをキョロキョロしている。トンボを探しているのだろう。


今のうちに……


「コラ!逃げるな!」


…………なんで気づく。


「あたしがちゃんと捕れるまでここにいなさい!」


「あのなぁ、あんた俺より歳上なんだろう?だったら普通はトンボくらい一人で捕まえられるし、一人じゃなくても問題ないだろ?」


少女に向かってそう言う。

すると、少女はこちらに背中を向けたまま言い返してくる。


「トンボなんて捕ったことないわ」

「はぁ?どんだけ箱入り娘なんだよ。ていうかこの辺りじゃ珍しいな。俺ですら虫取ぐらいはしたことあるぜ?」


そう呆れたように呟く。


「無理言わないでよ。あたしはここら近辺出身じゃないんだか…………ら!」


少女はいきなり草に突っ込む。トンボ目掛けてダイブしたみたいだ。


そんな方法で捕まえられる訳ないだろ……。


「むー……。全然捕まえられないわ」


「鈍臭いな、お前……。こう捕まえるんだよ」


そう言って近くにトンボがいないか探す。すぐに見つかる。


トンボが止まっている草に近づく。顔はこちらを向いていたため、目の前で右手の指を回してサッと羽を掴む。


難なくゲット。捕まえられたトンボはじたばた暴れだした。


少女は感激したような顔になるが、すぐに険しい顔つきになる。


「ズルい!指を回す、なんてあたしに教えてくれなかったじゃない!」


「そりゃ前から捕る方法なんて教えてないからな。後ろで指を回しても眼は回らんだろ」


「え?これ眼を回させる方法なの?」


少女はきょとんとする。まあ知らなくて当然か。箱入り娘なら……


「ってお前。さっきの話の続きだが……」


その時、鐘が鳴り響いた。

携帯を見ると既に7時30分になっている。

「ヤバい……!一葉に怒られる……!」


急いで踵を返そうとする。


「え?ちょっとどこに行くの?」


「学校だよ!朝飯間に合うかな……」


「ねぇ、あんた名前は?」


少女の質問を聞き終わる前に学校へと駆け出す。恐らくもう二度と会わないだろうし、名乗る必要もないだろう。


この時はそう思っていた。






「あ、伸也しんや君……」


寮と隣接する食堂の前で一葉を発見する。


峠一葉とうげいちは

俺の数少ない友人の一人。


大人しいが意外にも世話焼きで俺もよくお世話になっている。顔も結構可愛い方なのだが学校内、いや市内での評判はあまり良くない。


まあ俺なんかと一緒にいるくらいだから、一葉は嫌われ者であることは分かってもらえるだろう。


ちなみに言っとくが俺は嫌われている、というより相手にされないタイプの人間だ。


一葉は俺を確認するや否や、目の下まで伸びている前髪を揺らしながら近寄ってくる。


「待ったか?」


「え?い、いや……。そんなには待ってない……よ」


全身を真っ赤にしながら一葉は言う。長めのスカートから出ている足さえも真っ赤だ。


「で、でも何でこんなに遅かった……の?」


「あー…………まぁ話せば長くなるからとりあえず飯食おうぜ」


そう言って食堂に入ろうとした。

「邪魔だ。退けよ」


体格の良い男子生徒が一葉を押し退けて食堂に入る。


突然押されたため一葉は地面に尻餅を着いてしまう。

そして……、まあ長いスカートの中が見えてしまう訳だ。


「ひゃう……」


「おい見ろよ!峠の奴今日は黒だぜ!」


「キモッ!」


「こっち近寄らないで」


次々と生徒が一葉に罵声を浴びせていく。一葉は今にも泣きそうになっていた。


「……ほら、行くぞ」


無理矢理一葉の手を引っ張って立たせる。そしてそのまま食堂に突入する。


「見て。朝からあの二人ラブラブよ。手を繋いでいる」


「しっ。播戸君もいるのよ」


…………勘違いしないでもらいたいのは俺は別に人気者なんかじゃない。


先ほども断っておいたが、普段は俺はここにいないように扱われる。


そんな俺が唯一外界と関わる瞬間、それが宿題写しの時間だった。俺は基本学年二位の座をキープしている。一位は他の奴だ。俺の友人その二だが。


勿論俺だって好きで写させている訳がない。しかし、そのお陰で俺には一葉みたいな対応は及ばない。


つまり俺には手を出しにくいのだ。そのため俺と一緒にいると一葉に対する行為も軽減される、という訳だ。

一葉のためにいい成績を取っている訳ではないのだが、それが少しでも一葉を助ける事になるならば嬉しい限りだ。


一葉が好きな訳ではない。だが大切な友人であるとは思っている。


「手芸の方はどうだ?」


「あ、うん。今回は自信があるよ。受け取ってもらえるかな……」


「自分に自信を持てよ。by自分に自信を持てない奴」


そう言うと一葉はくすりと笑った。


ああ。この瞬間が一番和むなぁ。

全てを忘れることができる。


やっぱり一葉といる時間が一番いいなぁ。そう思いながらうどんを口に運ぶ。




だけれども、いつもこの時間は長く続かない。


「峠さん。ちょっといいかしら」


「あっ、摂津さん……」


眼鏡がキラリと輝く委員長、摂津麻耶せっつまや。クラスで一番一葉に当たる嫌な奴。


「あなた。昨日、進路希望調査が出ていなかったわよ?昨日が提出期限って分かっているわよね?」


「え……?私、先週出した……」


「嘘言うんじゃないわ!」


摂津は手元にあった水の入ったコップの中身を一葉にぶちまけた。


…………朝からヒステリックなもん見ちまった。気持ち悪い。


「播戸君。吐き気があるならトイレにどうぞ」


明らかにキレている声で言ってきているな。

「いえ、全くそんな事微塵も思ってないです」


「じゃあ吐く真似をしながらゲエゲエ言うのは止めなさい」


「禁断症状なんで無理です」


「ふざけてんじゃないわよ!」


摂津が思いっきり机を叩く。おっ、今一瞬皿が浮いたぞ。


「や、止めて……。伸也君は何も悪くない……」


「ええ、そうね。悪いのはあなたよね。だから殴られても文句ないわよね」


「で、でも。私、ちゃんと出した……」


鈍い音が鳴った。摂津の平手が飛んだ。


「あら、こんなところに牛乳が置いてあるわね。私が飲ませてあげるわ、乳女」


そう言って悶えている一葉に今度は牛乳をかける。……余談だが摂津の胸は小さいが、一葉の胸はやたらめったら大きい。僻み?


「溢しているんじゃないわ、臭いでしょう」


そう言って今度は一葉を踏もうと足を上げる。さすがにやりすぎだ。


そう思って席を立つ。


「あら、播戸。何か?」


「ああ。そんなに牛乳臭いのが嫌だったら俺が運んでやろうと思ってな」


そう言って倒れてぐったりしている一葉を立たせて背負う。


「な!邪魔するんじゃないわ!あなただってその女がやっていることが良くないことだって分かっているんでしょう!?」


摂津は金切り声をあげた。

「まあ少しはそう思っているけどな。だから今まで座っていたんだろうが」


「じゃあ邪魔しないでくれる!?」


「……やりすぎだ」


そう言って摂津の横を通り抜ける。すっかり静かになった食堂を抜けていく。


出口の前まで行くと後ろを振り向く。


「おお、そうだ委員長。一つ頼みがあるんだ」


「な、何よ……」


「俺の食器片してくれ」


「な!?播戸!待ちなさい!」


俺は摂津の声を無視して食堂を後にした。






さすがに牛乳まみれになった制服で登校する訳にもいかず、一葉の部屋まで戻ることになった。


勿論俺は女子寮の前で待っていた。単語帳を開きながら。


少ししてから一葉が出てくる。仄かに石鹸の匂いがするから軽くシャワーでも浴びたのだろう。


「あ、ありがとう伸也君……」


再度全身を真っ赤にして一葉は言った。


「そう思うならもうあそこに入るのは止めてくれ。本当は平手が飛ぶ前に止めに入りたいんだ」


「うん……でも、やらなくちゃいけないことがあるから……」


一葉のその言葉を聞き、思わずため息が漏れる。


「……また単語帳?」


居心地悪かったのだろう、一葉は話題を変えてきた。

「ああ、もう半年しかないからな」


「でも伸也君、まだ進路決まってないんでしょ?」


補講に遅刻したくないので歩きながら話す。


「進路は決まっているだろ。法学部に行く」


「でもそれは親からの言い付けだから、だったでしょ。伸也君が進みたい進路、だよ」


「…………俺には意思決定権なんてねぇよ……」


そう言うと歩くペースを早めた。


「あっ!ま、待ってよ!ひゃん!」


一葉の可愛らしい声、その直後にすっ転ぶ音がした。


案の定転けていた。


「お前……何やってんだよ……」


「いたたた……。石か何かにつまずいたみたい……」

ちらと見ると膝小僧のところから血が出ている。擦りむいたからか。


「あっ、水で洗ってくるね。伸也君は先に行ってて。陽君が来ているだろうし」


「そうか……?お前がいいならいいが……」


「これぐらい大丈夫だよ。小学生だってできるよ」


そうはにかみながら今度は水道のもとへ走っていった。あれじゃまた転びそうだよな……。


それに俺が心配しているのは傷を洗っている際に誰かがちょっかいをかけてこないかが心配なのだ。


…………過保護なのだろうか。

一人で校舎へと向かう。

本当に置いていって大丈夫か不安なのだがもうすぐ予鈴が鳴る。


「よ!おはよう!」


遅刻したり無断欠席して家に連絡がいかれると困る。両親が飛んできて、実家へと連れ戻されてしまう。


「…………今日は一人なのか?」


もしそうなってしまうとあの胸くそ悪い親と毎日会わなくてはいけない。そう考えただけで鬱になる。


「ちょ!もしもしー!?俺のこと無視っすか!?」


「ああ、なんだいたのか。スマン、気づいていたが無視した」


「もう日本語がぐちゃぐちゃでわかんねぇよ」


陽が呆れ顔で言ってくる。


朝から五月蝿いこいつが友人その二、水橋陽みずはしよう。即ち学年トップの秀才、但し馬鹿要素も駄々漏れ。


「馬鹿で悪かったな」


「人の心読むなよ、変態」


「声に出てたぞ、朝から馬鹿が駄々漏れ、って」


「それは神のお告げ、神託だ」


「いやお前の声だったよ!」


「え!?俺神様だったのか!?やっほーい!」


「ちげぇよ!そういう意味じゃねぇ!」


そんなやり取りをしながら昇降口に着く。


「あれ?誰かボーッと立ってない?」


「喋るなよ、空気が淀むから」


「お前ねぇ、少しは言葉を柔らかく出来ないの!?」


柔らかくしたらからかっていいんかい。そう思いながら昇降口へと近づいていく。

「はぁ……」


日陰の部分で佇んでいた女子生徒は明らかに困ったような顔をしていた。短くきっちりと揃えられた髪がさらさらと風で揺れていた。


「どうしたんだ、あんた。もうすぐ鐘が鳴るぞ」


とりあえず声をかけてみた。


「あ、はい。…………はい?」


「いや、何で疑問系なんだよ」


陽が眉間に皺を寄せて言う。


「あなた方はどちら様でしょうか?」


女子生徒が尋ねてくる。間近で見ると整った顔立ちであることが分かる。


「そんなん分かりきっているだろ。ここの生徒だ。そういうあんただってここの制服着ているんだからここの生徒なんだろ?」

俺の質問に女子生徒は首を傾げただけだった。


「はぁ……はぁ……。伸也くーん!」


「ん?一葉?」


後ろからパタパタと誰かが駆けてくる音がする。声から察するに一葉のようだ。


「こんなところでどうしたの?」


「ああ。こいつと話していた。でもどこの誰だか分からねぇんだ」


俺がそう言うと一葉は「あっ」と声を上げる。


「もしかして交換生の方ですか?」


一葉がそう言うと女子生徒はパアッと顔を明るくする。そして一葉の手を思いっきり握った。


「そう……そうなの。今日からおよそ一ヶ月こちらにお世話になります」


「そんな大事なこと早く言ってくれないか……」


思わず額に手を当ててしまう。「何ですか、交換生って」


隣にいた陽が頭に疑問符を浮かべながら訊いてくる。


「お前、人の話何も聞いていないのな」


「仕方ねぇだろ、終業式休んじまったんだから」


「女のケツ追いかけていたらいつの間にか夜だった、って話か」


「そうそ……じゃねぇよ!何勝手に捏造しているんだよ!」


「え!?陽君……そんな……」


一葉が絶句した顔になる。


「いや待て一葉。こいつがでたらめ言っているだけだからな!」


陽が慌てて誤解を解こうとする。

ちなみに交換生の女子生徒はぼーっとして空を見ている。THE・上の空。


「ちなみにこれはクラスの奴が言っていたんだが、どうやらその女性は小学生だったらしいぞ」


「ええええっ!?」


「こら貴様ぁ!」


「いや、幼稚園児だったかもしれないぞ……」


「ええええええええええええっ!?」


一葉がどんどん誤解を重ねていき、対して陽はもはやキレる寸前までいっていた。


「伸也ぁ!お前俺に何か恨みあるのか!?ああっ!?」


「あっ、唾飛んだ。きたねぇな……」


「えっ。す、すまん……じゃねぇって!」


「何だと?お前、人様に唾飛ばしておいて謝らないつもりか?」


「ごめんなさい」


陽は額をごりごり地面に付けながら土下座している。「ふっ。仕方がないな。俺は心が広いから許してやろう」


「ははぁ。ありがたき幸せ……。だから違うって言っているだろ!」


陽がビシッと突っ込みの動きをする。エア突っ込み。


「ん?お前幸せじゃない、ってことか?」


「その応酬はもういいわ!話を戻せ!」


話……話……。どこから話せばいいんだ?


「ああ、お前がロリコンであるかペドフィリアであるかについてだったな」


「どっちも同じ意味だし違うって言っているだろ!」


「(ガタガタブルブル)」


いつの間に近づいていたのか、一葉が俺の後ろに隠れて顔だけ出している状態となっている。


「自覚が無いって怖いわぁ……。一葉、もうあいつに近づいちゃダメだからな?」


「(コクコクコクコク)」


一葉が素早く首を縦に何度も振る。


「何故だぁ!何故俺の言い分は聞いてくれないのに伸也の言い分は全部信じる!?」


「秘技!マインドコントロール!」


「中二病かお前は!」


的確な突っ込みありがとう。


「…………でもそこの前髪ロングの人は怖がる必要無いんじゃない?」


急に、それまで黙っていた交換生が口を開いた。


「え?なんで?」


陽が聞いた。「だってあなたが本当にロリコンであるならば、心配は及ばない。どう見てもこの人は対象外だから。特に胸が」


「いやぁあああああああああああああ!早速変な印象持たれたぁあああああ!」


陽は絶叫した。










「という夢だった!」


「いや、夢じゃねぇからな」


陽に冷静に突っ込んでおく。


「ったくよ。元はといえばお前のせいなんだからな!?」


「だからちゃんと誤解を解いておいただろ。北城も一葉も」


あのあと陽が転げ回ったり、壁に頭を高速で打ち付けたり、「コケコッコー」とか言い始めたため、流石にマズいと感じた俺は二人の誤解を解いた(仕方なく)。


一葉は「だよね」と言ってくれたが、北城あかり(きたしろあかり)―――交換生の名前である―――はぼーっとしながらただ頷いただけだった。


あのあと一段落してから聞いてみると、どうやら夏期補習に出るためにわざわざ交換生制度を使ったのだという。


「そもそも交換生制度って何のためにあるのさ?」


陽が聞いてくる。今は休み時間だ。一葉と北城は二人でトイレに行っている。


来たばかりの北城は、何故一葉が嫌われているのか分からないようで普通に一葉に接している。勿論他の連中とも。

他の連中は、いずれいなくなる北城には特に何も言わないつもりのようだ。


「なぁ、聞いてるのか?」


とは言え、この近辺の住民の大半が嫌っているのにそれに気づかないっていうのもスゴいよな。やはり所謂ところの不思議ちゃんか。


「なぁってば!」


…………思考停止。

此レヨリ標的ヘノ攻撃ヲ開始スル。


「待て待て待て待て待て待て!フリーズプリーズ!そこの君!カッターを置きなさい!」


「死ねぇえ!ヒュン!」


「だから投げるなって!あと効果音を口で言わなくていい!」


「何やってるんですか、あなた方は!」


止めに入ったのは摂津だった。


「くっ、ヤバいぞ陽!ラスボスが現れた!」


「今の俺にとってはラスボスより仲間のお前の方が恐ろしいわ!」


「黙りなさい!全く、小学生ですか!あなた方は!」


「俺何かやったっけ……?」


陽が涙目だった。

摂津は一喝すると席に戻っていった。


「…………陽。一つ訂正してやる」


「何だよ」


「……実は俺はラスボスの手先なんだ」


「な、何だと……」


「というわけで。アディオス」


「か……は…………」


俺は……陽の心臓があるであろう部分にナイフを深々と刺した。

「って!流石に筆箱の中に心臓はねぇよ!」


「え?よくある話だろ。『俺には心臓が無いんだよ。だから死なねぇ』って」


「映画の観すぎだろ、それ!」


「またですか、あなた方は!」


そして再び叱られる。

まあ何と言っても一番恐ろしかったのは、これが全て僅か10分の間に起こったことであることと、結局陽の最大の謎である「交換生制度とは何か」を聞くことがうやむやに終わったことである。






再び授業が始まる。俺や陽は全国模試の成績が良かったため、補習に出ることは本来義務づけられていない。


まあ俺の場合、お節介な両親のせいで義務づけられてしまったわけだが。陽は……何か家で手伝いをさせられたくないから、だそうだ。


そんな訳で、俺は窓から海を見ていた。思い返していたのは今朝の出来事だった。


ここら近辺の人間ではない人間。あの見た目が小学生な奴だ。


朝、陽にロリコン疑惑を被せてからかったのは、もしかしたらあいつとあったからかもしれないな。


そう思いながら参考書を眺めていた。無意味な教師の話を聞かずに。

「伸也。いつまでぼーっとしているんだ。飯食いに行こうぜ」


「……んぁ?」


陽に声をかけられ、授業が終了していたことに気づく。


「なに黄昏てるんだよ。それともボケ始めたか」


「そりゃお前だろ。円形脱毛症が始まってるんだっけ?」


「始まってねぇし、金輪際起こるとも思ってねぇよ!」


やれやれ、いつ禿げてもしらんぞ。そう思いながら席を立つ。


一葉と北城が駆け寄ってくる。


「行こ、伸也君」


「(ぼーっ)」


(「俺よりもこいつの方がよっぽど危ないよな。意識あるのか……」)


それでもちゃんと後ろについてくるところをみると、意識はあるようだ。


そんなこんなで四人で適当に話をしながら食堂へと向かう。


「にしても面倒だよな〜。せめて午前中だけにしてくれよ、って思うよ」


陽が口を尖らせた。


「本来出る必要の無いお前が言うな」


「家にいたらいたで手伝いさせられるんだから仕方ないだろ」


「お前それただの我が儘な」


そう言ってたしなめておく。


「わぁー。一葉ちゃん上手上手」


対面では一葉が手芸をしていた。今日も熊のぬいぐるみだった。


「これくらいは誰でもできるよ。教えてあげようか?」


「!うん!」


一葉が笑いながら言うと、北城は目を輝かせながら頷いた。

そうして今日の昼休みは何事もなく終了する。北城がいるお陰で手を出せないでいるのかもしれない。グッジョブ!


「伸也。どこかぶらぶらしようぜ」


「お前それ受験生のセリフじゃないだろ……。間違えた、受験生じゃなくてもこのシチュエーションで言うセリフじゃないな」


呆れてしまう。

回りからはペンが動く音しかしない。


「たまには息抜きしないと能率が下がる。これは誰でも同じだと思うけどな」


「とりあえずその意見には賛成したいが一つ言っておこう。授業中に話しかけてくんな」


というか数学の小テストの真っ最中である。勿論話しているのは俺たちだけ。


「だからバレないように小声で話してるだろ」


「いやバレているからな、普通に」


そう言った時、何かが折れる音が対角から聞こえた。

摂津がシャーペンを折ったか、血管が破れたかどちらかだな。


「だってもう解き終わっただろ。退屈なんだよ」


「まあな」


そう言ってペン回しをしながら外を眺める。午前中のように。


そして午前中のようにあの少女のことをぼんやりと思い出していた。


(「そういや名前聞いていなかったな……」)


そう思うもそれだけで、それ以上は何も思わなかった。

小テストも終わり、ようやく本日の補習が終了する。


「播戸。水橋。ちょっといいかしら……」


しかし仁王立ちしているラスボスに行く手を阻まれる。


「悪いな、摂津。俺たちは今から街中を闊歩という素晴らしい時間を過ごしたいからこんなところで時間の無駄遣いを」


「私とお話をすることが、『街中を闊歩』することよりも無駄だなんて随分な言い方ね」


「せめて最後まで言わせてよ……」


陽がふて腐れたようにして言う。


「何を言っているの!大体あなた達が騒いだからでしょう!それもテストの時間に!」


摂津はもはや爆発寸前のようだ。


「ちっ、どうするよ」


「伸也!コマンドは!」


何のゲームだよ!、と言いたかったが俺はさっ、と思い付く選択肢をあげる。


『逃げる』


『アイテム』


『諭す』


「一番上に『逃げる』がある時点で死亡フラグだな」


あげた本人が言うのもどうかと思うが。


「てかラスボス戦に『逃げる』は許されるのか?」


「何をごちゃごちゃと話しているんですか!」


今にも爆発、いや既に爆発しているラスボスに対する選択肢を俺たちは選ぶ。そして、腹をくくった…………!

『そう怒ってると胸大きくならないぞ?』


二人でハモって答える。

まさかの『諭す』だった!


「余計なお世話よーーーーー!」


「今のどちらかというと『諭す』じゃなくて『挑発』だと思うよー」


横から気の抜けた声で北城が言ってくる。ちなみに俺たちはその後説教を小二時間くらいくらうこととなった。それもずっと正座。










「い、ててて……。足が痺れて動けねぇ……」


「立ちなさいよ、ほら!鍵掛けるんだから」


足が痺れている俺たちを摂津は足で蹴りながら外に出そうとする。


「お前、すげぇSだな。だが生憎俺にはそんな趣味は……」


「ふざけなくていいから!」


眼光をより鋭くする。

仕方なくよろよろしながら立ち上がる。


「…………摂津」


「何よ」


鍵を掛けている摂津に後ろから声をかける。


「お前、本当に一葉のこと嫌いか?」


「…………何当たり前のこと言っているの。あいつは……峠さんはこの地域の掟を破ったのよ。あなた達だって峠さんが悪いって分かっているんでしょう?」


その質問に、俺も陽もスグには答えられなかった。

「…………朝も言ったが、俺だっていい思いはしないさ。かといって大多数の人間が、たかが一家族を全力で潰すなんてカッコ悪くね?」


「カッコいい、カッコ悪いで決めないでくれる?決まりは決まり。守るためにあるの」


「そいつはどうかねぇ」


それまで黙っていた陽が口を開いた。カチャカチャ……


「俺は朝の事件が何なのかは知らないから其所んとこは置いといて。んで、ルールは守るためにある、って言ったけどよ。みんなが守るならルールは要らねぇんだ。即ち破る人間がいる、ってわけだ」


「そうね。現に今破っているのは峠さんだわ」


「じゃあなんで破るんだ?理由は?」


摂津は軽く唇を噛んだ。カチャカチャ……


「理由を聞いても教えてくれなかったわ」


「簡単には教えられないんだろ」


「教えられないほど下らない理由、って可能性もあるわ」


ふん、と摂津は鼻息を荒くする。カチャカチャ……


「…………なぁ摂津。話の途中で悪いんだけどさ」


「何よ」


「鍵って締めるのにそんなに時間かかるっけ……?」


「…………!」


カーッと顔が赤くなっていく。そしてすごい勢いで鍵を回し始める。

「……や……らめぇ…………そんなに……乱暴に、しちゃ……」


「止めろ!禁則事項だ!」


突然陽が変なことを言い始めた。そしてさらに摂津の手元が狂う。


「うるさい!あんた達少し黙ってて!」


「俺はただ錠前の気持ちを代弁してあげただけなのにな……」


「絶対微塵もそうは思わねぇ……」


結局俺が摂津の代わりに鍵を締めることになった。てか、鍵を回すだけなのにどうやったら鍵をかけられないんだよ……。


そう思い鍵を回すと手応えが無い。まさかと思って鍵にぶら下がっているキーホルダーの鍵番号を見る。


『3−E』


俺たちは『3−B』。そりゃクラスの番号が違ったら合うわけが無い。









「カッコ悪……」


思わず本音が漏れる。


「そう言ってやるな。完璧に見えて結構抜けているんだから」


陽が苦笑いしながらそう言う。摂津は、というと羞恥心に堪えられなくなり窓から脱走して行った。三階から。


「それじゃあまた明日」


「おう」


そう言って陽と別れる。

太陽はまだ高い位置にある。


「さて、俺も帰るか」


そう一人で呟いて寮へと向かう。普段は一葉と二人で帰っているため一人で帰るのは久しぶりなような気がする。


独りで歩くと結構遠いな、そう思っていると何だか賑やかな声が聞こえてくる。


何だろう、そう思って寮へと帰る足を早めた。

寮の前へ着くと人だかりができていることに気づく。

その中にはさっき別れたばかりの摂津もいた。


「なんなんだよ、この騒ぎ……」


どうにかして部屋に戻れないものか、と辺りを見回す。


「あっ、あいつ」


「……ん?」


ふとそれまでざわめいていた奴らが一斉に黙ってこちらを見ていることに気づく。


後ろを振り返る。誰もいない。あるのは筋肉質なご老人の銅像だけだ。


「あんた!だよ!」


背中が蹴られる。


「ってぇ!誰だよ!」


正面に向き直る。


「あたしだ。朝会っただろ?」


そこにいたのは今朝の自称19歳のお姉さんだった。


「いや、なんでここにい……うぉっ!?」


時間が止まっていた集団が一斉にこちらに駆け寄ってくる。


「お、お前!いつの間にこんなに可愛い子と!」


「二股していたのか!播戸の癖に生意気な!」


「し、伸也君……そんな……」


「死ね」


「不潔」


「ロリコン」


「ってちょっと待て!最後おかしいだろ!」


次々に罵詈雑言を俺に向けてくる。なんか聞き慣れた声が一つ入っていた気がするが。


「喧しいな。部屋に案内しろ。話がある」


少女は偉そうに言う。

お前のせいだろ、これは。

「何でお前なんかを…………」


「……“なんか”?」


血管が破れる音がした。ヤバいな。今日は既に摂津に散々蹴られている。これ以上の暴行は勘弁してもらいたい。


「分かった!分かったから!」


とりあえずそう言って部屋に戻ることにする。脱出できるルートを人混みの中から見つけ飛び出す。


「こら!待て播戸!逃げるのか!」


「し、伸也君!待ってー!」


集団の中から数人の男子、そして一葉と北城が出てくる。


とりあえずこのままだとまずいだろうな、と思いながらも俺は少女を誘導しながら部屋へと走った。


「わっ、わっ!」


あと少しというところで少女が転けそうになる。背の高い俺のペースに合わせていたからだろう。


かといってここで転けられると間違いなく捕らえられる。


「ちっ」


「……?きゃっ!」


やむ無しと思って少女の手を引っ張ってほとんど引きずって部屋に連れ込む。


急いで鍵を掛ける。なんとか逃げ切れたようだ。


「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切れた……」


「は、は、はははは離せ。い、いきなり……手を掴むな……」


少女の方も息絶え絶えとなっている。


「仕方……ないだろ……。ほら、早く話せ。話があるんだろ……」


「ん、そうだった……」


そう言うと少女は俺の視線に自分の視線を重ねた。

「あたしを泊めて」


「断る」


「即答!?悩むぐらいしろ!」


少女が地団駄を踏む。止めろ、下の階に響くだろ。


「すまん。良く聞いていなかったんだ。何か言ったら即座に断ろうと思っていただけだ」


「どういう意味だ!じゃあもう一回言うから良く聞け。あたしを」


「断る」


「死ねぇ!」


ハイキックが炸裂する。顔の手前まで来たところで足を引っ張り、二段ベッドの下の方に放り投げる。


ちなみに少女が着用しているのはホットパンツであるため下着は見えていない。その代わりに太股が剥き出しだが。


「ふ、太股見るな変態!ベッドに連れ込んで何する気だ!」


「何もしねぇよ。今のは避けるためにやったまでだ。とっとと出てけ」


俺は自分の鞄を自分の机の足元に置く。思わずため息が溢れる。


「人の話くらい聞いてよー。てか理由も気にならないの?」


「見ず知らずの人間の元に転がり込む人間の心境なんて考えたくもないな。朝の発言、そしてさっきの話から考えると……大方家出か」


「わぉ、ビンゴ!じゃあ泊めて」


「断る」


「ケチ!」


「ケチで結構」


そう言うと少女は唸り始めた。仕方ないので他の案を出す。

「分かったよ。今時家出少女なんて珍しいからその度胸を讃えて何とかしてやる」


「それ貶しているでしょ。で、どういう案?」


少女がベッドにあぐらをかいて聞いてくる。


「俺に女子の友人がいるからそいつの部屋に泊めてもらえ。俺からも頼むし、多分断らないだろ」


「んー、あたしは別にどうでもいいんだけどあんたの部屋で寝るのとどう違うの?見た感じここ二人部屋でしょ?」


「確かに二人部屋だが男女同室はヤバいだろ。遊ぶ意味でなら女子が男子の部屋に行く分には許可されているが逆は原則認められていないし、一緒の部屋で寝るなんて論外だ」


てか普通に考えたらヤバいだろ、それくらい気づけ。

お前はガキにしか見えないが、顔とかは結構可愛いんだしよ。


と、その時扉を叩く音がした。


「伸也君?いるなら開けて」


一葉だ。しかし、近くに男子生徒がいるかもしれない。覗き穴で覗いてみる。


その先には一葉と北城しか見えない。そろそろと扉を開けるが他の生徒はいないようだ。


「よし、入れ」


そう言って二人を部屋に入れる。


「伸也君……。この子は一体……」


「朝散歩している時に会っただけ。詳しいことは何も知らね」


「知らね、って……。じゃあなんであなたはここに来れたの?」


一葉が少女にそう聞く。

「朝会った時にこいつが学校に遅刻する、みたいなこと言っていてさ。で、その走って行った方向にある学校はここしかない。だからここにいるんだろうなぁ、と」


「はぁ、なるほど。確かにそれなら分かるよね……」


一葉がため息をつく。

今度は北城が手を挙げる。


「今度は私が質問。なんで播戸君の家に泊めてもらおうと思ったの?」


「別に特に意味は無いけど。ただ部屋住まいしていそうだな、と思ったから」


その言葉にぎょっ、とする。


「な、なんでそんなこと分かるんだよ」


「簡単だよ。さっきの話と繋がるね。遅刻する、と行って学校に行く。しかし、時間から考えると幾らなんでも授業が始まるにしては早い。しかも鞄も無いし、制服でもない。私服でもいい学校かな、って一瞬思ったんだけどね。まあ、どっちにしろこれからどこかに寄って身支度をする必要はある筈。でも学校に行く。となると学校に近い場所に住んでいると考える」


ふう、と少女は一息ついてまた喋り出す。


「で、見てみたら寮があるみたいじゃん?だからきっとあそこに住んでいるんだろうな、と思ったのよね。まあこの寮が完全に敷地内にあったから入るのに手前取ったけど。校門で色々許可の申請をしたのが朝だったのに、許可が下りたのは夕方なんだもん。信じられない」


俺はお前の行動力や推理力の方が信じられねぇよ。

「ちょっと待って。そもそもなんであなたは伸也君の部屋に泊まろうとしているの?」


思い出したように一葉が聞く。


「あー、あんた達には言っていなかったね。あたしは今家出……いやどっちかというともはや旅だな。まあその真っ最中でね、泊まる場所を探しているの。知らない人の場所に泊まるくらいなら知っている人の場所の方がいいでしょ?」


「だからって、男の子の部屋に泊まらなくても……」


一葉は手を額に当てて頭を抱え込む。


「そう、だから一葉。お前の部屋にこいつ泊めてやってくれないか?」


そう頼むも一葉は首を横に振る。


「ごめんね……。今日はあかりちゃんを泊めてあげなくちゃいけないの。部屋がまだ準備出来ていないとかで……」


「む。苦しゅうない」


北城は右手を挙げて言う。


「となると頼めるのは那珂だけか……」


那珂翼なかつばさ。学校にはたまにしか来ない、俺以上に非社交的な存在。

出席日数だけは守っている。


別に特別仲が言い訳ではない。だが頼めば分かってくれる筈だ。


そう思って携帯に電話する。


………………出ない。

仕方なく留守番電話サービスにメッセージを残すことにする。


『只今電話に出るつもりは毛頭無い。悪いがまた後でかけなおせ。以上』


メッセージ残させねぇのかよ!そう思い思わず携帯をベッドに投げつける。

「ど、どうしたの伸也君?」


「那珂の留守番電話サービスって役にたたないんだな……」


「…………?」


一葉は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


「さて、そろそろ寝るか」


「待てゴラァッ!なんで当事者のお前が寝る体勢なんだよ!」


「あたしはここでいい、って言っているだろ。もう観念しろ」


二段ベッドの下の段の柵から顔をにょっきり出して反論してくる。


「俺が迷惑なんだよ、ああもう……!」


そう言うと少女はやれやれ、と言ってベッドから出てくる。


「ん?諦めたか?」


「いや、違う。もう最終手段に出ようかなと」


「最終手段?」


嫌な予感がした。映画なんかでもこういう時の最終手段ってロクなことが無いからな。


「うん。あたしを泊めろ。さもないと胸触られた、と叫ぶ」


「なっ!?」


とんでもない告知を出して来やがった!


「だ、駄目ですそんなの!完全に脅迫じゃない!」


一葉も反論してくれる。

一方北城は再びボーッとして外の景色を眺めていた。お前も反論してくれよ。


「そ、脅迫。かっこよく言うと最後通牒」


「駄目と言ったら駄目です!そちらが強硬手段に出るならこちらだって!」


そう言うと一葉は小さいケースを出して中から針を取り出す。


おいおい、どこまで殺る気だよ……。


と、その時俺はふとあることを思った。

「おい」


少女に話しかける。


「ん?何だ?」


「一つ言っていいか。胸触られた、って言ってもさ……」


ふう、とため息をつく。


「男が触りたがるような大きさじゃな」


「死ねぇええええええ!」

その掛け声と共に俺の意識は途切れた。














「……ん?」


自分がベッドの上で横になっていることに気づく。いつの間に寝たのだろう……


体を起こそうとするが……起こせない。何だ、と思いぼんやりする目を擦り視界を明らかにすると……。


「うぉっ!?」


昨日の少女が椅子に座りながら体をこちらに乗せて寝ていた。


「あ、起きた?」


見ると一葉がいた。


「ま、待ってくれ。何で一葉が……?ま、まさか!?俺の部屋に泊まったのか!?」


「まさかそんな訳ないよ。ちゃんと私はあかりちゃんと一緒に帰りました。胡蝶ちゃんだけは残ったけど」


「胡蝶……?」


聞いたことがない名前を聞き、頭がボーッとなる。


「……もしかしてこの子の名前聞いて無かったの?」


一葉の問いに首を縦に振る。すると一葉は呆れた、と溢す。


「この子、自分の名前すら教えずに泊めてもらおうとしていたなんて……。呆れた」

「で、一葉。なんでこいつだけ俺の部屋に残ったんだ?」


行くところが無かったからだと思うが。


「見て分からない?ずっと伸也君に付きっきりだったみたいだよ?」


「……え?」


そう言われて思い出す。

そうか、俺はこいつに蹴られてそのまま気絶していたのか。


「何だか反省していたみたいだよ?『自分のせいなんだから責任は取る!』って言って頑として譲らなくてね」


そう言って一葉は微笑む。


「……ねぇ伸也君。昨日のことなんだけど、伸也君は最初から泊めてあげるつもりだったんじゃないの?」


「……バレバレか」



俺も一葉みたいに微笑んでしまう。


「何だかんだ言って伸也君は優しいもの。それにすっごく寂しがり屋だし」


「後者は関係ないだろ。…………まあ、自分勝手な奴だけどさ。こいつにはこいつで背負ってる何かがあるんだろうし。少しは和らいでやれるといいかな、ってさ」


家出するだけの苦悩とかさ、と続ける。


「っと、今何時だ?」


「え?6時30分だけど……。って伸也君、今日は日曜日だから補習は休みだよ」


「あっ、そうか……。んしょ、っと」


ベッドから降り、代わりに胡蝶を横にする。


「じゃあ、私は行くね。後で食堂で会おうね」


そう言って一葉は部屋を後にした。










「はぁっ……。はぁっ……。大丈夫……。伸也君は……私のことを……きっと……」


そう呟いて苦しい胸を押さえながら、あかりちゃんの待つ部屋へと私は急いだ。


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