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「僕たちはフィオナ先生を選びます」——前世保育士の令嬢が追放された朝、公爵家の子供が全員いなくなりました  作者: 歩人


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第38話: 守りたいもの

 今朝の五つ目の椀は、空のまま置かれていた。


 板の卓のいちばん手前の縁に、木の椀が五つ並んでいた。四つの椀の湯気の蜂蜜色の下で、朱の輪切りは、ゆうべほどけたばかりの一粒の延長線の上で今朝も朱の縁の温度を保っていた。


 右端の白墨の「五つ目」の字の下には、——ひとつ、預かりの温度が積まれていた。


 昨日の庇の下、板の敷石のいちばん手前の一粒に八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁がひと呼吸残した「……明日、来るかもしれねえ」の十一文字。




 マティアス様が柘植つげの星型のスプーンで、朱の薄い輪切りをひと匙運ばれた。


 「……せんせいの、にんじん」


 十文字。


 昨日の「フィオナせんせいの、ごはん」の遠い延長線の上で、五歳の熱の引いた頬の内側の薄い皮膚の下で、朱の一粒の深い層がひと呼吸、静かにほどけた。


 エミリア様は自分の椀の三匙目、朱の一粒のところで、栗色のまつげの下に半寸、光の粒を昇らせた。頬の外側までは下りなかった。——瞼の内側の層の方へ、ゆっくり吸い込まれた。


 ——この子の泣かない八歳の鉄則は、今も続いていた。


 ルーカス様はご自分の椀の縁に、左手の指の第三関節を添えられた。添えた先で、——戸口の板の縁の方へ、一度だけ茶色の瞳の外側の縁を置かれた。


 「……先生」


 「はい、ルーカス様」


 「……昨日の、あの子。——学び舎に来るでしょうか」


 「……来てくださるかもしれませんわ。——五つ目の椀の湯気の、いちばん手前の縁が、まだ温いうちに」


 ルーカス様は半寸浅く頷かれた。右手の指の第三関節が、毛布の縁から卓の板の目の上へ、静かに置き換えられた。




 ——学び舎の戸口の板の縁の外で、鉄のきしみではない、別の小さな足音がした。


 板の敷石のいちばん手前の一粒に、——赤毛の一束が、午後の風のひと筋の方へ半寸傾いた。


 八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、学び舎の板の壁のいちばん手前の節をひと呼吸測った。測った先で、小さな影がもう一つ、兄のシャツの裾のいちばん下の折り返しの縁を左手の指三本分握っていた。


 ——ドロテア様。


 右手の小さな掌は、自分の前掛けのいちばん下の縫い目の縁に置かれていた。灰緑の瞳のいちばん深い層に、冬の終わりの薄い紅の層の朝の光の、いちばん外側の一粒が半寸預けられていた。


 トビアス様の左の頬の乾いた土の粒は、昨日よりも半寸深くなっていた。膝の絆創膏の紙の縁の黄色い粘着の端が、二寸分捲れていた。


 ——今朝も一人で、ドロテア様の髪を、櫛の代わりの指の腹で整えられたのだろう。


 レオンが戸口の板の縁のところで、右手の迷いの癖の三日分の半寸の寄りを、今朝は——残さなかった。残さない代わりに、竃の薪の三本目の右側の縁までまっすぐに届かせた。


 「トビアス。……ドロテア。——入れ」


 二つの名前と一つの短い呼びかけの下に、レオンの深い緑の瞳の「来たな」のひと筋の温度が、半寸薄く重ねられた。




 板の敷石のいちばん手前の一粒の、半寸内側のところで、トビアス様の靴の底の薄い皮の縁の音が、ひと呼吸止まった。


 止まった先で、八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、——卓の五つの椀の並びに、まっすぐに置かれた。


 一、二、三、四——そして、五つ目。


 右端の空の椀のいちばん手前の縁で、八歳の眉の外側の角が半寸止まった。褐色の瞳のいちばん深い層に、小さな、けれども明確な一粒の戸惑いの温度が昇った。


 「……なんで、五つ、あんだよ」


 十一文字。


 私は膝を同じ高さに折った。折った先で、八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁に、翡翠色の瞳のいちばん深い層を静かに置いた。


 「……来てくださるかもしれない、お一人の分ですわ。……昨日の庇の下の、十一文字のひと粒のために、ございます」


 トビアス様は、——半歩下がらなかった。下がらない代わりに、左の頬の乾いた土の粒が半寸持ち上がった。


 「……俺、か」


 三文字。


 「……ええ」


 短く頷いた。八歳の右手の指の第一関節が小さく畳まれた。畳まれた形の下の層から、——「怒り返される返り方」のいちばん古いひと筋の温度が、半寸昇ろうとしたまま、今朝は昇りきらずに止まった。


 ドロテア様の右の小さな掌が、前掛けの縫い目の縁で——半寸持ち上がった。灰緑の瞳のいちばん深い層が、——ルーカス様の卓の手前の左手の第三関節にひと呼吸置かれた。


 ——四歳の視線の、いちばん外側の一粒。


 昨日の庇の柱の縁の、四度目の震えの延長線の上に、今朝、もうひと筋の明るい一粒が薄く重ねられた。




 ルーカス様は、——立たれた。


 ご自分の椀の朱のひと粒分を、柘植つげの丸いスプーンにひと匙運ばれた。運んだ先は、——右端の空の椀の、いちばん手前の縁だった。


 白墨の「五つ目」の字の下に、朱の薄い輪切りのいちばん外の一粒が静かに置かれた。麦の粥の蜂蜜色の湯気のいちばん手前のひと筋が、——半寸持ち上がった。


 トビアス様の眉の外側の角が、——ひと呼吸止まった。止まった先で、八歳の褐色の瞳のいちばん深い層から、——昨日の十一文字のいちばん外の一粒の温度が、もう半寸薄くなった。


 「……これ、何だよ」


 六文字。


 昨日の「……関係ねえだろ」の同じ六文字の下の層、乾いた土の粒のいちばん深い底が、——今朝、再び同じ六文字が置かれた下の層では、——半寸浅くなっていた。


 ルーカス様は茶色の瞳の真ん中を、八歳の褐色の瞳の外側の縁に合わせ直された。


 「……トビアス様の、分です」


 十一文字。


 八歳の眉の外側の角が半寸下がった。下がった先で、褐色の瞳のいちばん外側の縁が、——「様」の一文字のところでもう半寸止まった。


 「……様、やめろ」


 五文字。


 ルーカス様は茶色の瞳を、——逸らされなかった。


 「……では、トビアス、と」


 九文字。


 八歳の喉の下の層で、小さな一拍が転がった。転がった先で、トビアス様の右手の指の第一関節が、——半寸ゆるんだ。褐色の瞳のいちばん深い層から、初めての「俺の名前の四文字の音節」の下の層の温度が昇ってきた。


 「……ルーカス」


 四文字。


 十二歳の端正な一語の形のいちばん外側の縁で、「です」の二文字の半寸の震えは、今朝は残らなかった。残らない代わりに、茶色の瞳の真ん中が、——半寸穏やかにひらかれた。


 「……はい」


 短く頷かれた。頷いた先で、右手の指の第三関節が、五つ目の椀のいちばん手前の縁の半寸外に、——そっと置かれた。


 ——水と油の、最初の半寸の重なり。




 五つ目の椀の麦の粥は、半分ほど減った。減った先で、残した半分の下の層に、トビアス様の右手の指の握りの形の半寸の緩みが、静かに置かれていた。


 ドロテア様は兄の椅子の左の小さな椅子に、ちょこんと座られた。兄のシャツの裾のいちばん下の折り返しの縁を握る指は、——三本から二本に減っていた。減らした一本は、自分の前掛けの縫い目の縁に置かれていた。


 ——兄の布の上から自分の布の上への、三度目の移行。


 レオンが教卓の白墨で、小さな字を書き加えた。


 「二本に減る」。


 五文字。




 昼過ぎ。


 板の床のいちばん手前の節に、子供たちが小さな輪を作った。


 ヤン君が左の端。リーゼルちゃんがヤン君の隣。ドロテア様がリーゼルちゃんの半歩分離れた位置。トビアス様がドロテア様の右の端。


 マティアス様はいちばん奥の寝台で、星型のスプーンを胸の前に抱え込まれたまま、——灰色の瞳を半分閉じられていた。五歳の浅い寝息が、板張りの壁のいちばん低い層で小さく続いていた。


 エミリア様は私の竃の端の椅子の横で、藤色と栗色のリボンの羽の結びの先を、小さな指の第三関節で握り直されていた。


 ルーカス様は、——板の床のいちばん手前の節の半寸外に立たれていた。


 ——参加するのか、しないのか。


 十二歳の茶色の瞳のいちばん深い層には、二つの温度が薄く重なっていた。歌遊びの円に入ることの、十二歳としての躊躇い。そして、——七歳の公爵邸の子供部屋の朝の蜂蜜色の光の、遠い延長線の上の小さな記憶の温度。




 私は小さく手拍子を打った。


 三拍子。いちばん軽い、低い三小節。ルーカス様の七歳の初夏の蜂蜜色の午後の光のいちばん内側のひと筋と、同じ拍の同じ形。


 ひと拍目。ふた拍目。み拍目。


 ヤン君の小さな掌が、自分の膝の上で低く二回打たれた。リーゼルちゃんが笑いながら、ヤン君の拍の半寸ずれた位置で手を叩いた。


 トビアス様は右手の指の第一関節を、ご自分の膝の外側に添えられていた。添えたまま、——左の頬の乾いた土の粒が半寸、動かなかった。


 ドロテア様の右の小さな掌は、前掛けの縫い目の縁に置かれたままだった。灰緑の瞳のいちばん深い層が、——私の打つ手の三拍目のところに、ひと呼吸留まった。




 ルーカス様が、半歩——輪の外側の縁の方へ歩かれた。


 板の床のいちばん手前の節の半寸外で立ち止まられた。十二歳の茶色の瞳のいちばん真ん中に、——五年前の公爵邸の子供部屋の隅で膝を抱えて壁を見つめていた七歳の、薄い金色の光の粒が半寸昇ってきた。その下の層に、——あの朝の歌の最初の三拍のいちばん外側のひと筋の温度が静かに重なった。


 ——声の回路が閉じていた朝。けれども、指先のリズムの回路がまだ生きていた朝。


 ルーカス様は、——もう半歩、輪の外側の縁まで進まれた。ドロテア様の右の小さな膝の半歩分離れたところで、——板の床の節の上に膝を折られた。


 四歳の灰緑の瞳がゆっくり、十二歳の茶色の瞳のいちばん深い層に、——昇ってきた。


 ルーカス様は何も言われなかった。言わない代わりに、右手の指の第三関節を、——ご自分の膝の上の板の目の一粒に、そっと添えられた。


 私はもう一度、三拍子を打った。


 ひと拍目。


 ——ルーカス様の右手の指の第三関節が、板の目のいちばん外側の一粒の上で半寸上下した。


 ふた拍目。


 ——同じ半寸。音は立たなかった。立たない代わりに、十二歳の指の腹の薄い皮膚の下で、拍の形のいちばん古いひと筋の温度が、——もう一度、静かに蘇った。


 み拍目。


 ——ドロテア様の右の小さな掌が、前掛けの縫い目の縁で半寸持ち上がった。持ち上がったまま、掌は叩かれなかった。叩かれない代わりに、——四歳の踵のいちばん薄い一段の皮膚の下のところが、板の床の節のいちばん外側の縁の上で半寸上下した。


 初めての揺れ。


 昨日の庇の柱の縁の、四度目の震えの下の層のところに、今日、初めて、——身体の別の場所の小さな揺れが置かれた。




 トビアス様の右手の指の第一関節が、——膝の外側から半寸、内側に動いた。八歳の褐色の瞳のいちばん深い層が——妹の踵の半寸の上下にひと呼吸留まった。


 「……ドロテア」


 四文字。声にはしない、喉の下の層の半寸の囁き。


 トビアス様の左の頬の乾いた土の粒が半寸震えた。震えた先で、——右手の指の第一関節の内側が、ご自分の膝の外側でひと拍、小さく打たれた。音は立たなかった。


 立たない代わりに、三拍子のふた拍目のところで、——もう一度、同じ半寸の小さな打ちが置かれた。


 ——八歳の、妹の側の守る手の、いちばん最初の半寸。




 歌遊びの三小節が終わった。終わった先で、ドロテア様の唇の縁の薄い産毛が、——半寸震えた。


 五度目の震え方。


 昨日までの四度目までの震えの下の層に、今日、初めて、——口の内側の奥の層の小さな一音の、ため息のような湿りの粒が昇った。音にはならなかった。


 ならない代わりに、四歳の灰緑の瞳のいちばん深い層が、——ルーカス様の茶色の瞳の真ん中に、もう半寸深く置かれた。


 ルーカス様の右手の指の第三関節が、——ドロテア様の前掛けの縫い目の縁の半寸外の空のひと筋に静かに留まった。触れなかった。触れない代わりに、十二歳の指の腹の薄い皮膚の下に、四歳の明るい一粒の温度が——ひと呼吸預けられた。


 ——水と油。


 ——今朝、五つ目の椀の手前の縁で半寸重なり始めた二つが、午後の三拍子のひと拍目のところでもう半寸、——溶け合い始めた。




 トビアス様の右手の指の第一関節が、もう一度半寸打たれた。今度は——膝の外側ではなく、自分の胸のいちばん低い層に添えられていた。添えた先で、八歳の喉の下の層から——ひとつ短い息が昇った。


 「……ルーカス」


 四文字。今度は声に乗っていた。


 ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中が、——八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁に静かに合わされた。


 「……はい、トビアス」


 七文字。


 「様」の一文字は、——もう置かれなかった。


 「……妹、見ててくれ」


 七文字。


 トビアス様は、——立ち上がられた。板の床のいちばん手前の節の半寸外、レオンの白墨の教卓の方へ半歩進まれた。


 「……先生」


 二文字。


 「……藁、違う編み方、教えろ」


 十一文字。


 八歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁に、ふた月前の開校の日の麦の穂の五粒のいちばん内側の一粒の温度が半寸薄くなっていた。薄くなった一粒の下の層に、——「決めていい」の五文字の遠い延長線がもうひと筋重ねられていた。


 レオンは、——頷かれた。教卓の白墨の「五つ目」の字の半寸下に、小さな字で書き加えた。


 「藁の別の巻き方」。


 七文字。




 ドロテア様の灰緑の瞳のいちばん深い層が、ルーカス様の方に——もう半寸深く置かれていた。置かれた先で、四歳の踵のいちばん薄い一段の皮膚の下が、——もう一度半寸上下した。


 二度目の揺れ。


 ルーカス様は何も言われなかった。言わない代わりに、手拍子のふた拍目の形の半寸だけを、——板の床の節のいちばん外側の一粒の上に打たれた。音は立たなかった。


 立たない代わりに、ドロテア様の唇の縁の薄い産毛が、——六度目の震えを半寸重ねた。


 ——この子の歌の回路は生きている。拍の回路もまた生きている。七歳のルーカス様の閉じた声の下で生きていた回路と、同じ場所に。


 私は膝の上の四冊目の観察記録ノートに、短い一行を置いた。


 「ドロテア様。——踵の、半寸の揺れ。」


 点は、——打たなかった。




 夕刻。


 庇の下の板の敷石のいちばん手前の一粒に、四つの小さな影が集まった。ヤン君とリーゼルちゃんは、互いの袖の縁に軽く手を預け合ったまま、杉の森の方角へ半歩進み始めた。


 トビアス様は、——藁の細い一束を右手の指の第一関節に握られていた。レオンに教わった別の巻き方の半分の形が、藁のいちばん外側のひと筋の先に、——まだ開いたままだった。


 ドロテア様の左手の指三本分は、兄のシャツの裾のいちばん下の折り返しの縁を握り直されていた。


 兄妹が杉の森の方角へ半歩進み始めた、その前に、——トビアス様はもう一度振り返られた。


 褐色の瞳のいちばん外側の縁が、——ルーカス様の茶色の瞳の真ん中に短く置かれた。


 「……明日」


 二文字。


 昨日の十一文字の「明日、来るかもしれねえ」の半寸外の層に、——今日の二文字が置かれた。「、来るかもしれねえ」の九文字分が——削られていた。


 ルーカス様は半寸浅く頷かれた。頷いた先で、右手の指の第三関節が、——自分の外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に短く留められた。


 「……はい、トビアス」


 七文字。


 「様」の一文字は、——今日は一度も置かれなかった。




 ドロテア様は、——振り返られた。


 灰緑の瞳のいちばん深い層が、——フィオナの翡翠色の瞳の方ではなく、今日はルーカス様の右手の指の第三関節にひと呼吸留まった。留まった先で、唇の縁の薄い産毛が——七度目の震えを半寸重ねた。


 そして、四歳の口の内側の奥の層から、——薄い、薄い小さな息がひと筋昇った。


 音にはならなかった。ならない代わりに、息のいちばん外側の一粒の温度が、——歌の三拍子のひと拍目の形の、遠い延長線の上に半寸乗せられていた。


 レオンは、——戸口の板の縁の外で深い緑の瞳を半寸細められた。教卓の白墨の「藁の別の巻き方」の字の半寸下に、もう一つ小さな字で、——書き加えられた。


 「息の形に拍が乗る」。


 八文字。




 夜。


 竃の朱い炎のいちばん奥の、赤い残り火の一粒が、薄い橙の層を保っていた。


 三人の寝息が、板張りの小部屋のいちばん低い層でひとつに均されていた。マティアス様の星型スプーンの握りの形は、今夜も半寸もゆるまなかった。エミリア様の藤色と栗色のリボンの羽は、私の左の掌の薄い皮膚の下で昨夜と同じ温度で握られていた。


 ルーカス様は戸口の側の自分の寝場所で、毛布の折り返しの縁を、——昨夜よりもう半寸浅く引き上げられていた。


 十二歳の右手の指の第三関節は、——外套の左の胸のポケットの薄い布の縁に静かに添えられていた。


 ポケットの薄い布の縁の下には、——ヘルガさんの「H」の紙切れの温度と、マルタの止まった擦れの温度と、昨夜の私の一粒の湿りの温度と、そして今夕のトビアス様の「明日」の二文字の温度が静かに並んでいた。


 並んだ先で、十二歳の茶色の瞳のいちばん深い層に、——七歳の蜂蜜色の午後の光の三拍の手拍子のひと筋が昇った。その下の層には、——四歳の踵の半寸の揺れのいちばん外側の一粒が静かに重ねられていた。


 ——この子に渡した、半寸の一拍。


 声にはしなかった。しないひと筋の下で、ルーカス様の眉のいちばん外側の縁が、——昨夜の半寸の寄りから、もう半寸ほどけていた。




 私は竃の端の椅子で、膝の上の四冊目の観察記録ノートに、もう一行、静かに置いた。


 「ルーカス様。——手拍子の、半寸。」


 点は、——打たなかった。


 ——七歳の朝に受け取られたものを、今日、四歳の妹の方へ渡された。渡すことで、——三日分の街道の最後の一粒の重さがもう半寸軽くなった。


 ——守りたいものの、いちばん最初の半寸。


 十二歳の守りたいもの。八歳の守りたいもの。どちらも、——弟、妹の小さな息の、半寸の揺れのところに静かに置かれていた。




 明日の朝の五つ目の椀の湯気のいちばん手前の縁に、今日のトビアス様の「明日」の二文字と、ドロテア様の音にならないひと筋の息が、——もう一度重ねて置かれるかもしれない。


 水と油は、——まだ混ざらない。けれども、三拍子のひと拍目のところで、——半寸触れ始めた。


 ——子守では、ありませんでした。育てて、いたのです。


 ——そして、明日からは、二つの世界の子供たちを、一緒に育てていきます。


 昨夜、声にはしなかったこの延長線の上に、今夜、もうひと筋の薄いひと筋が静かに昇った。


 戸口の板の縁の外で、——レオンの深い緑の瞳の、ひと呼吸の静かな迎えの温度が、——昨夜よりもう半寸近くまで届いていた。


 竃の赤い残り火のいちばん奥の一粒の、薄い橙の層の半寸横に、——小さな、けれども明確な別の温度のひと筋が静かに昇っていた。

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