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存在しなかった管理ギフトの少女は本当の家族と出会う

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

作者: かんあずき
掲載日:2026/02/28

「お願いです。文通から交際を始めてもらえませんか?」


目の前で、二十年以上連れ添った夫──と言っても、二十年以上話したこともないこの国の王が、子供のように手を震わせ、一通の手紙を差し出している。


王宮の廊下、衆人環視の中で。


(……いよいよ、頭がおかしくなったのかしら?)


私は冷めた目で、その震える指先を見つめていた。



私たちは政略結婚だ。

二十年前、私は「関わらなくて良い妻」として、夫からこの国の第一王妃に選ばれた。


結婚式の日ですら話はしなかった。

義務としての閨も、驚くべきことに無言で成し遂げた。

子供にすぐ恵まれたが、誕生した日も、その後も会いにきたことはない。



私は、執務室に戻り封を開ける。

夫の香水の香りがする。

これは、第二王妃の、作香師の長女が作った、今話題の香り


《恋が成就する香り》


わからない。なにがしたいんだか?


文章は長々と書いてあるが、とにかく今までのことを強く反省していて、もう一度夫婦関係を再構築したい


そんな文面──でも、再構築も何も、私たち一段も積み上がってませんし?


で、夫の第一回目の文通の中身は


「あなたの好きなものが知りたい」


ふむ。好きなものを知ったところでどうするのだ?

めんどくさい。無難に書いておこう。


「花がすきです。」

長文謝罪なんてスルーに決まっている。

離縁しないだけで、許せるわけがない。


でもねぇ......私は少し目を伏せた。





彼は、他の国から政略結婚できた母、王太后から愛されなかった。王太后には、元々好きな人がいたのに、結婚のため引き裂かれたのだ。

よって、好きでもない王との間に夫が生まれたことは不幸だと言われ、出産はおめでたいことだという意識もない、


貴族たちには「血を繋ぐための種馬」と蔑まれ、夫が拒否する権利もなく、五人の王妃を囲わなければならなかった。



多少は仕方ないのかも知れなかった。


私は、ふうーっとため息をつき、周囲の手前、夫の面子を立ててあげるため返信を出すことにする。

侍従長に手紙を渡してやると嬉しそうに去っていった。


ところが──


「は?先ほど出したばかりよね?」


「返事をお待ちしております」


朝、公衆の面前で渡され、昼前には返しておいた。

私は忙しいのに、昼ごはんを食べる暇もないのに。

昼休みには、もう返事が返ってきた。


暇なら仕事を手伝え!!


そう思って、いや、それが出来ないから夫も私に手紙を渡してきたんだと諦める。


私は、夫と二人きりになると過呼吸を起こして倒れるのだ。

それは、二十年ほど前に、夫によって引き起こされたものだった。




夫が、唯一、周囲の反対を押しきり彼が「真実の愛」を知り結婚したのが、平民出身の踊り子である第三王妃、セリーナである。


だが、私の主催のお茶会で第三王妃は帰らぬ人となる。

わたしは手を下していないが、夫や第三王妃の息子からは、私が殺したと思われていた。

 


というのも、不運にもそのお茶会の直前、彼から言われのないことで殴られたのだ。


バンッ!!


鋭い衝撃と共に、視界が火花が顔の周りに散る。

周囲が押さえなければ、まだ続いていたに違いない。


「出来損ないの王妃が! セリーナから聞いた。俺の寵愛をうけることもないくせに!セリーナを虐めて楽しいか!」


殴られた頬の熱さより、耳に届く言葉の虚しさに、涙が一筋こぼれ落ちた。


第三王妃は、平民で、マナーも知らず、とても勝気だ。下着のような踊り子の服で王宮を歩き、社交界で貴族を怒らせ失態を演じ続ける彼女。

更に、その二人の間に生まれた息子は、何の躾も受けず、少し揶揄われたらすぐに手が出てしまう。

貴族の子息が何人も怪我を負わされ、陰口を叩かれていた。



その苦情は王に来るが、彼は第三王妃にのぼせ上がって人の話を聞かない。

その苦情はすべて私の元に来る。


放置してもいい。だが、王家は特別偉いわけではない。

貴族社会をまとめ、国をまとめるための一つの歯車に過ぎないのだ。


その歯車が回るように、彼らが起こした後始末をすべて行い、第三王妃と遊ぶ夫の代わりに執務机にかじりつき、王の仕事を引き受ける。


「あの第三王妃、王の寵愛を受けられないのに、小さな時から役にも立たない王妃になるための特訓を受けるなんてお気の毒って私たちを笑ったんです!」


そう言って泣き叫ぶヒステリックな第二王妃を宥め、第三王妃に、子供のためにも、今からでも最低限のマナーを身につけるように言って聞かせた。


トラブルのたびに、第三王妃を諭さなければならない。

それを、虐めと第三王妃は報告したわけか。

そして、わたしは事情を聞かれず殴られる。


(ああ、そうか。この人は、何も見ていない)



私の中の「何か」が、ぷつりと音を立て、涙が一筋こぼれ落ちた。


正妃に選ばれなければ許さないと、実父から暴力を受け続けながら躾けられてきた。


その鞭で殴られる日々と、父の手が恐怖となって思い出され、再現される。


更には、正妃のみに行なわれる王太后からのご進講で、同様の暴力によるいじめを受けていた。



離縁して実家にも戻れない。

姑に相談することも出来ない。

夫からも暴力を受けて、言われのないことで責められてしまった。




逃げ場がない




その日以来、夫の手は恐怖だ。

元々持っていた男性恐怖症が悪化したのだ。


手紙を公衆の面前で渡さないといけなかったのは、私は二人きりになれば過呼吸を起こし倒れてしまう。


少人数でも、倒れこそしないが、夫への恐怖は変わらない。


それでも、大勢の広い場所の前なら、私は第一王妃の仮面を被り演じることができるからだ。


はぁーっ


ため息を吐きながら、手紙の封を開ける。


「第二王妃は薔薇が好きだときいた。亡くなった第三王妃は、カサブランカで、第4王妃は...」


なんで、わたしは、この忙しい時に、手紙で他の妻の好きな花を伝えられているのか?で...最後の文面は?


《マリアの好きな花は何ですか?》


マリアとはわたしの名前だけど、名前で呼ばれる、いや、書かれたのは初めてだ。

いつも第一王妃という名前で呼ぶのに......



ドキン───



いや、ダメダメ。名前を書かれただけで、一瞬胸がドキンと跳ねたじゃないの。


はぁ、馬鹿みたいね。


20年以上夫婦やってきて、私が好きなものすら相手は知らないって言ってるのに。


第三王妃はカサブランカか......

彼にとって、彼女が本物ならわたしは偽者みたいなもの。

カサブランカにそっくりだけど、それより、地味で、香りも弱く、間違えられる百合にしてしまおう。


《好きな花は百合です》


侍従長に渡して、仕事に取り組む。


去年は、長雨が続いて農作物が根腐れを起こしてしまった領地がある反面、鉱山からダイヤモンドを掘り当てた領地もある。

来年度の領地の税制をどうしていくか......ふうむ。



ああ、気づけば夜か。

軽食を頼もうかしらって......

ドアを開けた瞬間閉めたくなる。



ひゅっ!



気配は感じないけど、あの柱の後ろに絶対夫は隠れている。


だって、夫の護衛が一列に柱を中心に守っているもの。


なにやってるの?



じーっと目を凝らす。


柱から、夫のサラサラのブロンズの髪の毛が見える。

後ろから見ると女性みたい......中性的だし......まさか、男性恐怖症の私を怖がらせないようにするため?


私はブンブン頭を振る。

何わけわからないことを期待しているんだか?

若い王妃に合わせて若作りしようとしてるのよね。


今日は私も思考がおかしいわ。

名前を誰からも呼ばれなくなって久しかったから、動揺したのね。



さ、見ないふりしましょう。



私は食堂に向けて歩き出す。

それに合わせて、そーっとついてくる一本の人影と、大量の護衛。



い、いたたまれない。



わたしは駆け足で、食堂に駆け込む。

一本の人影は、同じ駆け足になり、護衛たちはバタバタと一斉に周辺を守るべく走り始め......


バタン


食堂のドアを閉めて、はぁーっとため息をつく。



夜、遅いから侍女を呼ばずに、サンドウィッチでも作ってもらって、部屋に持って帰ろうとしたのに...


この扉を開けると夫が立っている...はず...


「もはやストーカーじゃないの!」


私は顔が真っ青になる。




仕方なく、食堂の端でサンドウィッチを作ってもらい、その場で食べ始めるが、残っていた使用人が目を丸くしている。


「王妃様、どうなさったんですか?」

「......たまには、空気と目線を変えて気分を変えてみたいとと思っただけです。皆様も、遅い時間までお仕事ご苦労様」


いつもの、淑女に戻る。

使用人に、ねぎらいの言葉をかけていると、そーっと食堂のドアが開き、部屋のわたしがいる場所と対極する端に夫が座る音がする。


ギョッ!!


「こ、国王様!!今日は、ど、どうなされたのですか?」


広い食堂のそれぞれ端に、文通一日目の夫婦が座る。

使用人たちは、わたしと夫のどちらに接待をしたらいいのか迷っている。


だが──


「や、やあ、だ...いや、ま、マリアじゃないか........」


ガタン、私は淑女らしからぬ音を立てて立ち上がってしまう。

そして、そのまま、固まり、震える。



こんなに離れているのに......夫が声をかけても...震えが....止まらない。



ああ、向こうは歩み寄ろうとしているのかもしれないが、無理だ。


「か、風邪をひいたみたい。申し訳ないけど、部屋に戻ります」


「あ...ごめ...待って!僕が出るから!」


「だ、大丈夫...です」


わたしは夫の顔を見ないように急いで食堂から、逃げ出す。

夫はどのような顔をしているのだろう。

いつも、みんなに社交辞令を返すように、夫にも返せばいいのだ。



それなのに......

ひどいことをされたと思っているのに...酷いことをしている気持ちになる。




翌朝──


「なんですか!これは!!」


執務室を開けた瞬間、いや、部屋の周辺からおかしいのは気づいていた。


百合!


百合!


百合!!


「座る場所もない、足の踏み場もない。そして何より...

く、臭い」


数本の百合なら気持ちもいい。だが、何百本の百合が集まればその花の匂いは強すぎて、異臭だ。


ドアをバンッっと激しく開けて、皇太子である息子のレオナルドが入ってきた


「レオ、ドアの開け方が乱暴です。周囲のものが見ていますよ」

わたしは眉を顰め、静かに注意する。


「ああ、見ているだろうよ!この愚王のやらかしを、周囲は呆れているさ!腹が立つから怒鳴り込んでやったよ」


息子の物言いに、私はため息をつきそうになる。私も夫からは酷い目にあったが、息子も子供時代は、散々だった。


幼少期、第三王妃の息子とトラブルがあれば、夫が必ず悪者にするのはレオナルドだった。


第三王妃死後、夫は、自ら周囲の話を聞き取り、どれだけ自分が偏っていたかを知ったようだ。

だが、話し合うまでもなく、私は夫と二人でいると倒れるようになったのだから、息子とも歩み寄れる機会はない。



必要以外、人前でもレオナルドは夫を無視するし、愚王と罵る。夫も静かに「そうだね」と認めるから、余計にレオナルドは夫を許せないのだ。


「レオ、私が百合が好きだと聞いて、喜んでもらおうと準備してくれたのよ。やりすぎだけどね。でも、私は嬉しいのよ」


嬉しいわけがない。

苦情の嵐だが、息子には夫と歩み寄りを見せてほしい。


この百合を、王宮のいろんなところに飾り直してもらうとしても、すぐ仕事に入れない。

部屋のあちこちに花粉も落ちるだろう。



「でも、あの人は、純粋に歩み寄りのための贈り物のつもりだったのよね」


しかも...ああ、侍従長がドアの入り口でモジモジしている。

私と目が合うと思いっきりバツを手で示している。


レオにやられて落ち込んでるわけね......


昨夜は私を追い詰めた意識はあるだろうし、この騒ぎを息子に怒鳴られ、まだ文通一日目が終わったばかり。


なんて手のかかる夫


思いやられる。



「素敵な百合をありがとう。執務室がお花畑みたいでとても嬉しかったです。ですが、周りから揶揄われるし恥ずかしいわ。今度は、寝室で楽しめる1本だけ一人で楽しみたいの。あなたが好きな花を贈ってもらえるとうれしいです」


《揶揄われる》と《苦情がくる》は紙一重。多分...





朝の騒動で、仕事が遅れてしまった。

今日は昼から何件か接見があったはず。


ぼんやり、机の上の百合をみると、思わず苦笑いしそうになる。


この花が原因で大変だったのに、乾いた心に水が撒かれたような...花を眺めるなんていつぶりだろう?

今夜は、接見が済むまで事務作業は無理ね。



だが......



「マリアのいつもの優しい言葉や態度に救われている。喜んでもらいたかったのに、迷惑をかけてしまった。今日の昼からの、大使や要人との接見は僕と第二王妃が替わるよ。今夜は早く休んでほしい」



一見、夫の優しさに満ちた手紙だ。


それなのに、わたしは黒い心がどろっと蠢く。

言いようのない怒りと悲しみが襲う。


「今まで正妃の自分の仕事を人に譲ったことはなかったけど...でも、私じゃなくてもいいのよね。本当は」




第二王妃は、わたしとは違い社交性があり、マナーも良く、問題なくやってくれるだろう。

更に夫と一緒に仕事ができない私とは違う。


夫は、第三王妃を優遇したことをきっかけに、第二王妃とも長く関係が悪かった。しかし、最近とあるトラブルの解決を通じて、再度、夫と関係が良くなったと聞いた。



「第二王妃と仲直りしたから、私とも...それだけよね。そうすれば、円滑に仕事ができるようになるもの」


男性恐怖症の第一王妃なんて使えないわ。


わたしは、自分の価値のなさに一人落ち込んでいく。


夫が愚王と言われ続けるのは過去のことだけではなく、私が夫と一緒に仕事をするのが無理だから、夫に仕事を割り振らないためだ。

夫はきちんと仕事に目を通している。

後から、宰相に気になるところを聞くこともあるようだ。


でも、わたしの前では何も言わない。

頷いてサインをするだけにしてしまったのは私のせいだ。



「ありがとう。第二王妃にもよろしくお伝えください」



そう書いて、侍従長に渡して一人、自分の部屋に入る。

涙がこぼれる。

これは、なんの涙だろう...





接見は上手くいったと宰相から報告を受けた。


「そう、報告をありがとう」


執務室で再び仕事を始めていた私は、虚無感で押しつぶされそうだった。


皮肉にも、机の上の一輪の百合が私を慰める。

時々、花びらに触れてぼんやり眺める。


王妃としても、妻としても、母としても私は出来損ないだ。言うまでなく性格がいいわけじゃない。

美しいわけでもない。

面白いことを言えるわけでもない。


夫のと初めての顔合わせも、男の人への恐怖から、笑顔一つ見せないままこの国の政治問題について語った。

夫は面白くなかっただろうに笑顔だけは欠かさなかった。



あの時は、それに救われたのよね。



「関わらなくて良い妻」として選ばれた私だったが、その後、二度と父の怒鳴り声や折檻を受けずに済んだ。


結婚後、夫が実母から愛されず苦しんできたことを知り、少しでも力になりたかった。

お礼がしたかった。



でも、もう十分じゃないかしら?



色々なことがあってちゃんとやり直したいと思っている夫には、今後は関わってくれる妻たちと上手くやってもらえる方がいい。



第二王妃に正妃を譲って、離縁した方がいいのかもしれない



私はそう頭をよぎり首を振った。


「やあね、一つ仕事をしてもらっただけで私は何を......」


苦手な対人の仕事をしてもらった。

私はその分、事務仕事を片付けられたし、久しぶりにゆっくり夕食も取れるかもしれない。


「感謝しないとバチが当たるわ」


そう思い、仕事に没頭する。

ふと気づくと、ドアをノックする音がする。

また夜だ。


「集中するとダメよね。また夕食を食べ損ねた」


そう呟きながら、ドアのノックに「はい」と答えると、侍女長が入ってきた。


「軽食の準備がございますが、召し上がられますか?」

「あら、丁度お腹が空いたと思っていたのよ。助かるわ」


わたしは微笑んで答えるが


「あら?皿が二皿?」


侍女長は苦笑いして、皿を覆う蓋を開けると、「美しいサンドウィッチ」と見るからに「ボロボロなサンドウィッチ」があった。


ん??



「国王が、厨房長を捕まえて頼んで自ら作られたのですが、それはもう、厨房は大騒ぎで...」


でしょうね。

そうじゃなくても、厨房は王宮内の食事を作っていて忙しいのに、国王が厨房を荒らすなんて...


しかも、何かしら?


このぼろぼろなサンドウィッチは?まさか...


「上手く作れなかったから、捨ててほしいと言われたのですが、第一王妃の夜食にしたいと、必死に作られておられたそうで。一口だけでも食べていただけないかと厨房長が...」


昨夜、私がサンドウィッチを食べていたからか?


「ちなみに壮大に失敗作が出来上がりまして、本日の賄いとして、私たちもいただいております。味は悪くないですよ」


侍女長は笑いを堪えている。


「あ、あの...まさかとは思うけど、国王は?」


「今日は、第二王妃様の元で過ごされておいでです」



それを聞き、本日の廊下のストーカー行為はなく、ほっとするはずなのに、心に寂しいような風が吹く。


なんでかしら?


ボロボロのサンドウィッチを一口


食べにくい。

ただでさえボロボロなのに...


パンがどうしたらこんなふうに歪に?


「甘いわ。卵焼き...」


大好きなたまごサンドは、厚焼きにして挟んで食べるのが好きなのだ。

多分間違えて砂糖を入れすぎたんだろうけど、ソースの塩味と良いバランスで、いつも以上に美味しかった。





「昨日は接見の仕事を替わってくださりありがとう。サンドウィッチもとても美味しかった。甘めの卵焼きが特に美味しかったです」


明日渡すための手紙を書いて、ドアを開けたら



ん?

今度は侍従長が廊下に立っている。

私を見てほっとしている。


「手紙!手紙を書いていただけましたかな?」

「あ、明日用よ!今日はもう、朝から二回出したでしょ?」

「そう言わず!その手紙をくださいませ」


押し問答の末、侍従長に泣きをいれられて手紙を奪われる。


「今夜は第二王妃のところでしょう?」

「第二王妃と食事を済まされたら、帰って来てますよ」


食事.......だけ?

なぜか、ほっとしたような嬉しいような──


やだ!年甲斐もなく恋してるみたいじゃないの。

しかも、夫に......こんなふうに自分のために何かをしてくれた人なんていなかったからね。


ふと夫のことを思いやる


片方の眉を下げる。

そういえば...第三王妃はきっと夫が喜ぶことをたくさんしてあげたんでしょうね。

第三王妃が亡くなってから、あの人は変わってしまった。

優しくなったらしいし、第四、第五王妃にも平等に関わっていると聞くけど.....


第四、第五王妃は、第三王妃と性格は似て、勝ち気だし若い感性をもっているから、通いやすいんでしょうね。



だけど.......


あんなに穏やかになり、人から色んな意見を聞き、息子に詰られても受け止めているけど...あの人のために何かをしてくれる人は、いるのかしら?


ふと心配になる。


「他の王妃が、気が利かないんじゃないかなんて...かつて、夫が言ったように寵愛を受けたことすらない私が心配することじゃないわね」


自重気味に微笑んで寝室に戻ると、今朝の百合がさりげなく飾られていた。


少なくとも、この百合はわたしのための百合だわ。


私は、その百合を見て心が温かくなる。

本数をコントロールした部屋は、ほのかに百合の香りがして、私はその夜百合の香りに包まれながら熟睡したのだった。





その日を境に、毎日、侍女長が寝室にさまざまな花を一輪飾るようになった。


「お願いします。王妃から一言言っていただけませんか?」


今度は護衛長から、懇願される。


「第一王妃の花を自分で選ばれるために、毎日王都の花屋を回るのです」


えっ??



「花一輪買うために、近衛兵が大量に毎日出動しております」



ええええええっ!!なんですと!

無難に毎日贈られる一輪の花にお礼を伝えていたのに......



夫の文通はマメだった。

一日三回、王都のようすを手紙に書いてきており、昼には侍女長に渡された一輪の花が自室に飾られ、毎晩サンドウィッチが作られる。


すでに、部屋には色とりどりの、配色もおかしくなった花があちこちに飾られている。


てっきり、王都の様子を日々書いているのは、他の王妃たちと観劇やお忍びにでてデートしているのかと思っていたのに...


何やってんの!あの人は?


なんで、なんで花一輪のために、毎日王都まで出かけているの?





わたしの......ため?...




「王はどこに?」

わたしは侍従長を呼び出す。

「あ、あの......それが......わたしはそんなことないと言ったんですけどね」


言い訳のようにひたいからの汗を拭う。


「何を隠しているの?」

「その...宰相に、第一王妃は本当は外交は得意ではなく、無理をしているのだと。王妃の負担を減らしたいから、第一王妃に言わずに、外交的な仕事は自分や第二王妃にまわせと」



足元が崩れるような、手足の感覚がなくなるような。

冷たい、心が割れるような痛みが襲ってくる。



私が、苦手でも周囲に悟られないようにしてきた外交を......


話し合いもなく?


正妃になって、私の仕事に口なんて出したことないのに...



目の前がチカチカする。


「そ、それで王は?」

「ですから、今日は午前中、第一王妃の花を買いに行って、その後は謁見室で、第二王妃と共に使節団の対応をされる予定です」



わたしは、立ち上がる。

拳を握りしめ、それは白く爪が食い込んでもその痛みすら感じない。


わたしは、歩き出す。

勝手にわたしの努力を、苦手だからと他の王妃にあてがって済ませた行為に。


わたしは、怒っている。

結婚して、今まで放置して来たくせに、わたしの心をかき乱そうとしたことに。


廊下には、私のこれまでの苦しみの靴音が響き渡る。

すごい顔をしているのだろう。

みんなが驚いて道を開ける。


「だ、第一王妃!どちらに?」

悲鳴のような侍従長の声が背後から聞こえる。



謁見室はまだ、使節団も到着していない。

王の部屋か?

いや、待機の間にいるのか?

楽しそうな夫の声と第二王妃の笑い声が聞こえてくる。



私はそのドアをノックもせずに開けた。


バアアアアアン!

ドアは開いた


二人振り返り、私が来たことに驚いている。


「マリア......」

「第一王妃?どうなさったのです?体に無理をされておられるので、いくつか代わりに出てほしいと殿下からたのまれたのですけど...」



第二王妃は、かつてはわたしのライバルだったが、出し抜こうとしたわけではなさそうだ。

本当にわたしのことを心配してピンチヒッターとして出てくれたことがわかる。


わたしは、いつも通りの仮面を被り、第二王妃に告げた。


「ごめんなさいね。なんとか出られそうだから。こんな突然で迷惑かける形ではなく、相談して仕事をお願いするわ。」


「そうなの?出来る仕事はどんどん振ってちょうだい。寵愛は第四、第五王妃が代わりに引き受けるでしょうからね。わたしも仕事がある方が、肩身が狭くなくていいのよ」


「そ、そうだよ。アニスもそう言ってくれているし、マリアだって自分の時間を持った方が.......」



アニス...ね。

前は、第二王妃のことも、「第二王妃」呼びだったのに、みんな名前に変えたわけね。


私の名前を呼ぶのも、他の王妃にならっただけ.....


「呼ばないで」


これでもかというぐらい低い声が出る。


「公務中よ。名前で呼ばないで。でも、あなたと公務以外で一緒にいることはないのだから、名前を呼ばれる筋合いもないわ。」


「マ..マリ......第一王妃、すまない。何か気に触ることをしてしまっただろうか。」


「第一王妃?様子がおかしいですわ。本当に休まれた方が」


「いえ、大丈夫。」


わたしは第二王妃を見つめて、鋭い目力で、ここは退けと訴えた。第二王妃も、ただならぬ様子を感じて退室した。



部屋には、夫と二人。


その瞬間、夫の顔、手が目に入り、急激に息が苦しくなる。

ガクンと足の力が入らなくなり、全身が震える。


「マ...第一王妃、やはり、私がこの仕事をするよ。君は休んで」


夫が手を伸ばし、私を急いで助けようとする。

だが、夫の手が...私は目を閉じてパンッとその手を弾いた。


「大...丈夫.....です.....」


冷や汗がとまらない。

息........すい..たい。


這うようにして、謁見室に向かう。

こんなところで負けてたまるか。

夫なんていなくても、今まで一人で頑張って来た。


ここは...わたしが.....つかんだ...居場所

だが、謁見室に入り、気合いだけで乗り切ろとした瞬間、ぐらりと体が傾く。


「マリア!マリア!しっかり......」


その夫の叫び声と、抱き止める体温の記憶がうっすらと残っているだけだった。





「母上も、長く頑張りすぎたんだ。ゆっくり休んでおいでよ」

「他の王妃様に教わりながら、留守を守ります。安心して、休んでくださいね」


レオナルドとその息子の新妻に、私は頭を下げた。


「第二王妃は若かりし頃から、外交は強いの。ぜひ教えてもらって。私からも依頼しておくわ。結婚した直後に負担を強いてごめんなさいね」


療養という名で、仕事を他の王妃や嫁に譲る。

もう私の居場所はここにはない。

みんな労わってくれるのは、最後の退職の花向けみたいなものだ。



明日、この王宮を出る。

一度無くなった歯車は、新たに戻らないほうが良い。

ため息をついて窓を開けた。




あの日、目が覚めると、自室のベッドの上だった。

わたしは失敗したのだ。

自分の意地で、出来ない仕事をしようとしてしまった。

私は、自分の手で自分の居場所を潰したのだ。



「毎日一輪花を贈ったら、こんなチグハグなことになるなんて」


侍女の話だと、夫が私を大切そうに抱き抱えて部屋に連れて来た。

しかし、自分が毎日贈った一輪の花の集合体のチグハグな色合いの結果を見て、夫はショックを受けていたらしい。


「でも、愛されておられますね。」


意識が戻る直前まで、心配そうに私の側にずっといたらしいが、私の意識が戻りかけ、夫は急いで部屋を出たそうだ。


「愛されているように見える?」

「見えますとも」


侍女は、当然というふうに微笑んでいる。

私も力なく微笑む。


向こうについたら、一番に離縁を申し出よう。




それなのに......



窓を開けたその下に、いた。

夫が.......


じっと、お互いただ見つめる。

月の明かりが少しわかるぐらい。


護衛もつかず何をやっているの?

わたしは、どこかに隠れているのかと不安になるが、だれもいない。


誰にも言わず、一人でストーカーしてたのか?

すでに秋風が吹き、かなり夜は冷えて来ていた。


慌てて、ストールを持ち窓の下の庭園に走る。



夫は、わたしの姿が見えなくなって、その場に座り込んでいた。

その夫にストールを静かにかけると、えっ?と顔を上げた。


綺麗な中性的な顔が月夜に光る。



「マリ.....いや、王妃。わたしに近づいてはいけない。」

「そう思うならこんなところに一人でいないでください」


手がかかる。


「いや、療養すると聞いたから......」


ぼそぼそと話す夫は、叱られた子供みたいだ。

不安そうに、わたしから視線を逸らし、ストールを被ったまま少しづつ後ずさる。

私が夫に怯えてるのに、夫も私の反応に怯えている。


ああ、夫はわたしの前では子供なんだわ


そう思うと腑に落ちた。

母に愛されなかった夫は、散々子供のようにわたしを困らせた。


そして、時を経て反省して、なんとか私が喜んでくれないかと空回りしているのだ。


目が泳ぎ、肩を落とし、あんなに私が怖く感じていた手が震えている。



「この間は意地を張ってしまったわ。ごめんなさいね。」


そう声をかけてみる。

外は冷える。

だが、室内のような密閉感はないせいか、なんとか会話を続けることができた。

何より、私以上に夫が震えてるのだ。


「私、何の取り柄もないでしょ?あなたが、私の負担を減らそうとしてくれたのだけど、居場所がなくなる気がして不安になったの」


「え??そんな...君が取り柄がなかったら、愚王の僕は?

みんな取り柄がなくなるよ。君は優しいし、可愛いし、面倒見がいいし」


夫が目を見開き、とんでもないと言い始める。


「悪役ばかり引き受けるけど、誰かを本当に悪く貶めたことなんて一度もないじゃないか?王妃たちをまとめてくれているし、かつては第三王妃やその息子まで、困らないように気を配ってくれていた。それを、君が虐めただなんて。しかも、僕が君に手を出してしまった。僕は最低だよ。」


「あなた.......」


そんなことを夫が思っていたなんて意外だった。


「大丈夫?気分悪くならない?僕といて...」


夫は震えながら聞く。


「外は...逃げ場もあるし、距離もあるから。」


そういえば、息は苦しくならない。

外だからなのか?

私より怯えている人がいるからなのか?


「謝りたかった。お礼を伝えたかった。君を追い詰めたのに、君に頼ってばかりで、意地悪もした」


「頼られるのは...ありがたいことよ。居場所があるもの。男性恐怖症は、あなたというよりは父からの折檻なの。あなたから殴られたショックはあったけど...あんなの、ふふっ、過去なら普通よ。気にしなくていいの」


そうなのだ。

夫は気づいていない。

私の体には、父から受けたその時の傷もある。

でも、閨は無言、ほぼ暗闇で行われ、閨も2回で懐妊して、以後ないから夫は気づいていない。


「ねえ、それよりもこんな役に立たない正妃は、あなたに迷惑じゃないかと思うの。

きっと、療養しても治らない。それなら、離縁したほうが、あなたは幸せだと思うわ。あなたと一緒の部屋にも馬車にも乗れない妻よ。仕事も、これからは私がいないほうがうまくまわる......」


そう伝えてみると、夫の顔色がサッと変わる。


「そんなことない!そんなことない!じゃあ、僕もついていく。部屋は分ける。気配も出さない。顔を合わせなくても良い...いや、それは嘘だ。時々夜こうやって話をしてくれたらそれでいい。無理なら、文通で!

離縁したくない。お願いだよ。」


夫からの必死の叫びに呆気に取られる。

というか、コレ...周りに聞こえてるんじゃ。



わたしはそーっと周囲を伺う。

一斉にカーテンがどの部屋からも引かれる。


あっ...


やってしまった。明日は王宮中の噂だ。

恥ずかしい。

恥ずかしすぎるわ


でも、夫は必死でわたしと関係を取り戻そうとしている。

わたしも子供のような夫をもう少しだけ見守ってもいいのかしら?


「じゃあ、文通から......ね」


わたしはそーっと指を出した。


「約束よ」


夫も震える手を、わたしの表情を気にしながら伸ばす。


「約束、僕も療養先で一緒に過ごすから、会話は文通で」



ん??



はい??



「え?今なんて?」


「歩みやってもらえたんだもの。良かった。すぐ、荷物詰めるから!明日から同じ建物の中で文通だね。楽しみ!」



夫は、月夜の中で嬉しそうに無邪気にわたしと繋がれた小指を振る。


「あ、待って!」

「約束だよ!指切った!」




翌日、わたしは夫と、結局、何の療養かわからない旅に出かける。

それからひと月もしない間に、私は夫と共に王宮に戻る。

そして、その夫が大切に抱き抱え、人目も憚らず口付けする先は、わたしだった。


《完》




この作品は、

「存在しなかった管理ギフトの少女は本当の家族と出会う〜冷遇されていた日々は王子の溺愛で上書きします〜」のスピンオフです。よかったら、そちらも覗いてみてください。

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