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第八章:十人の参加者と、一つの小さな奇跡の日

朝の光が中央噴水をきらめかせる。


私は、少し早めに集合場所に着いた。すると、もう誰かがいた。


「…ルナ?」


「おはようございます、クローディア様」


彼女は、分厚いノートと小さなバッグを抱え、緊張して立っていた。目元に、ほんのり隈がある。


「まさか、一晩中準備してた?」


「い、いえ! ちゃんと寝ました! でも…少し早く起きて、最終確認を…」


彼女は、ノートをぎゅっと胸に抱えた。


「大丈夫。あなたならできるよ」


「はい…! でも、もし貴族の方々の前で間違えたら…」


「間違えたら、私がフォローする。シオン君だって、レオンハルト殿下だって、きっと助けてくれる」


「…はい」


ルナは、深く息を吸った。


その時、参加者たちがちらほらと集まり始めた。


十人。シオンの選んだ十人の生徒たちだ。


男子四名、女子六名。その顔ぶれを見て、私は少し驚いた。


(…あの子も、来てる)


マリエッタ子爵令嬢。ゲームでは、クローディアの取り巻きの一人で、主人公ルナを特に苛めていた少女だ。彼女は、何を思って応募したのだろう?


彼女は私と目が合うと、ぎこちなくうなずいた。


他の顔も、見覚えがある。学園で何度か顔を合わせた生徒たちだ。皆、好奇と警戒が入り混じった複雑な表情をしている。


「…皆さん、おはようございます」


私が声をかけた。


「本日は、第一回『ロイヤル・ソレイユ学園 隠れ名所案内ツアー』にご参加いただき、ありがとうございます。これから、私ども四名がご案内いたします」


ドキドキする心臓を抑え、にっこり笑った。


「どうぞ、肩の力を抜いて、この学園の知られざる魅力を一緒に発見しましょう」


参加者たちは、小声でささやき合った。


その時—


「遅れたな」


重々しい声が背後から響いた。


レオンハルトとシオンが、揃って現れた。


参加者たちのざわめきが、一瞬で止んだ。皇子の威圧感は、やはり桁違いだ。


「…では、始める」


レオンハルトが短く宣言した。


「朕の指示に従え。勝手な行動は一切認めぬ。これは、学園公認の教育活動だ。以上」


「…は、はい!」


参加者たちが、揃って返事をした。もう、観光どころではない。軍事教練の始まりのようだ。


(うーん…これはまずい)


私が一歩前に出た。


「えーと、まずは時計塔に向かいましょう! その前に、ちょっとしたクイズです!」


全員の視線が集まる。


「この学園の時計塔、高さはどれくらいでしょう? 一番近い人には…学園食堂の特別スイーツ引換券をプレゼント!」


一瞬、沈黙が流れた。


そして、一人の男子生徒が小さく手を挙げた。


「…百二十メートル?」


「ブッブー! 正解は…百五十メートルです! でも、よく知ってましたね! 参加賞として、スイーツ券進呈します!」


私は、用意しておいた小さな券を渡した。彼は、戸惑いながらも受け取った。


「え、マジで? ありがとう…」


周囲から、小さな笑い声が漏れた。緊張が、ほんの少しほぐれた。


「では、移動しましょう! ガイドのルナさん、お願いします!」


「は、はい!」


ルナが前に出た。彼女の声は、少し震えていた。


「えっと…時計塔は、学園創設五周年を記念して建てられました。設計者は…」


彼女は、ノートを見ずに、懸命に説明を始めた。最初はたどたどしかったが、次第に熱が込もり、詳細なエピソードを交えていく。


「…そして、頂上の鐘は、王都で一番古い鋳造所で作られた特別なものです。音色が違うんですよ」


「へえ…」


参加者たちが、興味深そうに聞き入っている。マリエッタ子爵令嬢も、珍しいものを見るような目でルナを見つめていた。


時計塔の階段前で、グループを二つに分けた。


レオンハルトが先導する第一グループが登り始める。シオンと私、ルナは第二グループと一緒に待機する。


「…では、待っている間、皆さんに質問です」


ルナが、また話し始めた。


「時計塔の影が一番長くなる日は、いつでしょう?」


「…冬至?」


別の女子生徒が答えた。


「正解です! では、なぜだかわかりますか?」


「え、それは…」


「太陽の高度が一番低いからです。その原理を使って、昔の人々は…」


ルナの説明は、学術的でありながら、どこか愛着に満ちていた。参加者たちは、次第に引き込まれていった。


(すごい…彼女、本当に詳しいんだ)


私が感心していると、シオンがそっと近づいた。


「…彼女、才能がありますね。知識を伝えるのが上手い」


「うん。彼女が教えてくれると、単なる数字が生き生きとした物語になるね」


シオンは、ルナと参加者たちのやり取りを観察している。彼の目は、科学者が興味深い現象を見るように、きらりと光っていた。


第一グループが降りてきた。彼らの顔は、少し興奮に染まっていた。


「すごい眺めだ…王都が全部見えた」


「風が気持ちよかった!」


レオンハルトは無言でうなずき、第二グループの登攀を見守る。


「さあ、私たちの番だ!」


私はルナを先頭に、参加者たちを促した。


階段は確かに狭く、暗かった。しかし、頂上に出た瞬間—


「わあ…」


一同が声をあげた。


朝日に照らされた学園全体が、宝石のように輝いていた。遠くの山脈まで、くっきりと見える。


「…本当だ。すごい」


マリエッタが、小さく呟いた。


「ここからだと、学園が一つの生き物みたいに見えませんか?」


私が言った。


「…生き物?」


「うん。時計塔が心臓で、道が血管で、生徒たちが流れる血液みたいに」


「…変なたとえ」


マリエッタが言ったが、口元は緩んでいた。


「でも…確かに、動いているみたい」


ルナが、熱心に説明を続ける。


「あの方向に見える尖塔は、図書室の付属棟です。あそこには、創設期の貴重な文献が…」


参加者たちは、彼女の指さす方向を見つめ、時折質問を投げかけた。


レオンハルトは、少し離れて私たちを見守っていた。彼の目には、何か複雑な感情が浮かんでいるようだった。


シオンが、彼のそばに立った。


「…どうです、この光景」


「…騒がしい」


「ええ。でも、悪い騒がさではないでしょう?」


「…わからん」


レオンハルトはそう言ったが、視線は参加者たちから離れなかった。


***


北の森では、小さな事件が起きた。


道端に咲く可憐な花に、一人の女子生徒が手を伸ばそうとした瞬間—


「触れるな」


レオンハルトの声が、鋭く響いた。


「その花は『偽りの乙女』。触れるとかぶれる」


「えっ!? でも、こんなに可愛い花が…」


「外見に騙されるな。この森では、朕かシオンの許可なく、何にも触れるでない」


「は、はい…」


女子生徒は、慌てて手を引っ込めた。


ルナが、優しく説明を加えた。


「『偽りの乙女』は、確かに有毒ですが、適切に処理すれば解熱剤として使えます。危険と有用は、紙一重なんです」


「…へえ」


参加者たちが、改めて花を見つめた。その目は、単なる「可愛い花」ではなく、「危険で有用な薬草」として見ている。


(そうだ…これが、深く知るってことなんだ)


私も、そっと魔力を感じてみた。花からは、ほのかな、しかし鋭いエネルギーが伝わってきた。


「…お前も、触れるな」


レオンハルトが、私に言った。


「わかってます。ただ、感じてみただけ」


「…ふん」


彼はそれ以上何も言わなかったが、私の側から離れようとはしなかった。


月見草の群生地では、皆が息を呑んだ。


夜ではないので光らないが、無数の青白い花が風に揺れる様は、幻想的だった。


「ここは夜になると、花が光るんですよ」


私が説明した。


「本当ですか!?」


「ええ。でも、夜の立ち入りは禁止されています。危険なので」


「残念…」


「でも、昼の姿も美しいでしょう? 観光は、時間によって違う顔を見るのも楽しいんです」


参加者たちは、カメラのような魔法具を取り出し、記録を始めた。


その時、マリエッタがルナに近づいた。


「…あなた、よく知ってるわね」


「え?」


「時計塔の歴史も、薬草のことも。平民なのに」


ルナの表情が、少し固まった。


「…私は、学ぶことが好きなんです」


「そう。でも…」


マリエッタは、遠くの花を見つめながら言った。


「…あなたみたいに、好きなことを堂々と話せるの、羨ましいわ」


ルナは、驚いて彼女を見た。


「マリエッタ様だって…」


「私は、『子爵令嬢』として話すことしか許されていないの。あなたみたいに、純粋に知識が楽しくて話している…そうは見えない」


その言葉に、周りの生徒たちも、何かを考え込むような表情をした。


(…みんな、檻の中なんだ)


ふと、そんな思いが胸をよぎった。


***


温室では、シオンが主導権を握った。


「こちらが『冬将軍の息吹』です。極寒の地の花が、なぜここで育つか…わかりますか?」


彼の問いかけに、参加者たちは首をかしげた。


「魔力制御?」


一人が答えた。


「正解です。この温室は、高度な魔力制御システムによって、多様な環境を再現しています」


シオンの説明は、論理的で明晰だった。参加者たちは、熱心に聞き入り、質問を重ねた。


彼は、質問者一人一人の目を見て、丁寧に答える。その態度に、参加者たちの緊張は次第に溶け、真剣な議論が始まった。


「では、シオン様は、この温室を『観光』とお考えですか?」


ある男子生徒が、鋭い質問を投げかけた。


シオンは、一瞬目を見開いた。そして、ゆっくりと答えた。


「…私は、観察者です。観光は、クローディア様の領域ですね」


「でも、あなたも楽しんでいますよね? 私たちに説明するのを」


「…そうかもしれません。知識を共有するのは、確かに…楽しい」


シオンの口元に、ほんのり笑みが浮かんだ。


「それは、新しい発見です。私自身にとっての」


***


昼食は、学生食堂の一角を貸し切った。


「さあ、皆さん! このツアーのハイライト、『ロイヤル・ソレイユの太陽』です!」


私は、運ばれてくるケーキを紹介した。


参加者たちの目が輝く。


「…確かに美味しい」


「こんなの、初めて食べた!」


レオンハルトも、黙って食べている。だが、その食べ方は、以前よりも少しだけ、丁寧に見えた。


「…ねえ」


マリエッタが、隣に座るルナに声をかけた。


「このケーキのレシピ、わかる?」


「え? いえ、詳しくは…でも、使われている果実なら、図書室の記録で…」


「教えて? 私、お菓子作り好きなの。家で再現してみたい」


ルナの顔が、ぱあっと明るくなった。


「はい! 後で、一緒に調べましょう!」


その会話を聞いて、他の参加者たちも、それぞれの話題で盛り上がり始めた。


魔法の話。将来の夢。学園の面白い噂。


レオンハルトが禁じた話題は、誰も持ち出さなかった。自然と、楽しく、軽やかな会話が交わされる。


シオンが、小さく私に囁いた。


「…見事ですね。彼らはもう、私たち四人の関係を確かめに来たのではない。ただ、この時間を楽しんでいる」


「うん。それが一番だよね」


レオンハルトが、席を立った。


「…時間だ。そろそろ終了とする」


一同が、名残惜しそうな表情を浮かべた。


「えー、もう?」


「またやりたいです!」


私は立ち上がり、最後の挨拶をした。


「本日は、本当にありがとうございました。このツアーが、学園を少し違った目で見るきっかけになっていたら、嬉しいです」


参加者たちは、拍手をくれた。


解散後、マリエッタがルナのもとへ戻ってきた。


「…約束よ。図書室で」


「はい! 明日の放課後、どうですか?」


「いいわ。では」


彼女は、私にも小さく会釈して去っていった。


参加者たちが去り、四人だけが残された。


「…終わったね」


私が言った。


「ええ。無事に」


シオンが、安堵の息をついた。


「ルナ、本当によくやった。あなたの説明、素晴らしかったよ」


「そ、そうですか? でも、途中で噛んだりして…」


「誰も気にしてないよ。みんな、あなたの話に夢中だった」


ルナの目が、潤んだ。


「…ありがとうございます」


「…ふん」


レオンハルトが、短く声を出した。


「まずまず、だったな。大きな問題もなく、学園の秩序も乱さなかった」


「それだけ?」


私が、いたずらっぽく聞いた。


「…何がだ?」


「殿下も、少しは…楽しかったんじゃないですか?」


彼は、しばらく黙っていた。


「…騒がしかった」


「でも、悪くない騒がさだったでしょ?」


「…わからん」


彼はそう言い、歩き出した。


しかし、三歩目で立ち止まり、振り返らずに言った。


「…次は、どこだ?」


三人の目が、見つめ合った。


そして、私たちは、同時に笑った。


夕日が、学園を黄金色に染めていた。


最初の一歩は、無事に踏み出せた。


十人の参加者と、四人の案内人。


彼らが見たものは、もう、噂でも監視でもない。


ただの、美しくて、面白い場所。


そして、ほんの少しだけ、役割から解放された時間。


さあ、次はどこへ行こうか。


この観光は、まだまだ終わらない。

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