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第一章:初観光地は魔術学園、そして発見された至高のスイーツ

馬車が、金色の柵門を通り抜けた。


「クローディア様、ロイヤル・ソレイユ魔術学園に到着でございます」


御者席から聞こえる声に、私は窓から身を乗り出した。


「…わあ」


息を呑んだ。ゲーム画面では俯覧でしか見られなかった場所が、目の前に広がる。


広大な敷地。どこまでも続くエメラルドグリーンの芝生。そびえ立つ白亜の尖塔は、まるで砂糖細工のようだ。学生たちの詰襟の制服が、所々で煌めく魔法の光と混ざり合って、流れる星のようでもある。


(ここ、入場料がものすごく高そうなテーマパークだ…)


心の中で呟き、にやりとした。


「お嬢様、まずは校長室へ。その後、ご自分のクラスへご案内いたします」


付き添いのメイド、エリザが言った。彼女は朝から、私の「観光客発言」を消化不良のまま引きずっているようだった。


「わかったわ。でもその前に」


「…はい?」


「あのキラキラしてる塔、近くで見られるコースはある? あと、学生食堂はどこ? 学園の名物スイーツとかない?」


エリザの顔が、少し、いや、かなり引きつった。


「お、お嬢様…? そんなことより、レオンハルト第一皇子へのご挨拶が…」


「ああ、獅子皇子ね。もちろん『重要文化財』だから、そのうちじっくり観察するわ」


私は軽く手を振り、馬車から降り立った。重たいドレスの裾が、石畳を撫でる。空気が、とても澄んでいる。


(さて、観光だ)


***


校長室での退屈な挨拶を最短で切り上げ、私は一年星組の教室へと向かった。廊下では、さわやかな笑い声が響く。ゲームでは背景だった生徒たちが、それぞれの会話をし、表情を持っている。


(この子、髪飾りが可愛い。あの子たち、恋の話かしら。青春だなあ…観光写真に収めたい光景だ)


教室のドアが開いた。


一瞬、ざわめきが止んだ。数十の視線が、私に集中する。好奇、憧憬、そして…どこか怯えたような目も混じっている。悪役令嬋の威光、というやつか。


(あらら。初日にすでにビビリスポット認定?)


「おや、クローディア。遅刻じゃないか」


低く、威厳のある声が響いた。


教室の一番後ろ、窓際の席。そこに、金色の髪を束ねた青年がいた。鋭い碧眼が、私をじっと見据える。その横には、銀髪の柔和な顔立ちの青年が、少し困ったように微笑んでいる。


レオンハルト第一皇子と、その側近で宰相の息子、シオン・エルメイト。


ゲームのメインヒーローと、攻略対象の一人。いわば、この学園の「二大アトラクション」。


「ごめんなさい、道に迷っちゃって」


私は悪びれもせず、にっこりと笑った。作戦はただ一つ。「観光客」の無邪気さを貫くこと。


レオンハルトの眉が、かすかに動いた。私が平然と謝ったことに、驚いているのかもしれない。本来のクローディアなら、逆ギレして「道を空けなかった下賤の者たちが悪い」と喚いているところだ。


「…席につけ。これから魔力適性の実技だ」


「はいはい〜」


私は、シオンの隣の空席に、そっと腰かけた。シオンが、ちらりとこちらを見る。


「お久しぶりです、クローディア様。お元気そうで」


「ええ、シオン君も。今日はいい天気でよかったね。外の芝生、すごくきれい」


「…え? あ、はい…確かに」


シオンは、私が天気の話をしたことに、少し戸惑っている。彼の頭の中は、こうだろう。「彼女は次に何を言い出す? レオン様への執着? 平民への悪口?」


ごめんね、シオン君。日の私の関心事は、もっと別のことだ。


***


実技は、中庭で行われた。


教官の指示で、各自が標的の石像に、基礎攻撃魔法を放つ。


「『フレア・ボルト』!」


生徒たちの唱和が響く。赤や青の光の矢が、石像に当たって砕け散る。まさにファンタジーテーマパークのアトラクション。


(すごい…生で見ると、もっとキレイ…)


私も順番を待つ。ゲーム中、クローディアの魔力は高く設定されていた。だが、私にそんな制御技術があるわけがない。


「クローディア・ヴァンデルート」


名前を呼ばれ、前に出た。周りの視線が集まる。期待と、少しの恐れ。


(よし、観光客らしく、とりあえずやってみよう)


言われた通りに杖を構え、唱文を思い出す。


「『フレア…ボルト』」


ぽん。


小さな、本当に小さな火の玉が、杖先からこぼれ、空中でぱちんと消えた。


一瞬、水を打ったような静寂。


そして、どこかからこらえきれない笑い声がもれる。


私も、思わず吹き出した。


「あははっ! すみません、失敗しちゃった! 今日は調子が悪いみたい!」


周りの生徒たちが、凍り付いた。悪役令嬢が、みんなの前で失敗して、笑っている。この状況を、誰も理解できない。


レオンハルトが、冷たい目でこっちを見た。


「…ふん。調子が悪い? それとも、実力がそれだけか」


「どっちかな? でも、小火傷もできなくてよかったよ。安全第一だね、観光では」


私の言葉に、彼の碧眼が一層細くなる。彼の頭の中で、私の「観光」発言が、謎のキーワードとして刻まれていった。


***


昼休み。私は、真っ先に学生食堂を目指した。


広いホールには、長いテーブルが並ぶ。窓辺の一番いい席は、当然のようにレオンハルトとシオン、そして他の攻略対象たちが占めている。


私はそちらには目もくれず、厨房近くのカウンターに直行した。


「すみませーん! 今日の日替わりランチと、学園で一番人気のスイーツ、ください!」


食堂のおばちゃんが、目を丸くした。


「お、お嬢様…? あ、はい…! すぐに…!」


彼女は慌ててお盆を用意する。私は、期待に胸を膨らませて待った。


運ばれてきたのは、見たこともないハーブの香りがするシチューと、ふわふわの黄色いスポンジケーキに、宝石のような赤いソースがかかったもの。


「これが『ロイヤル・ソレイユの太陽』ってやつ?」


「は、はい! 生徒に大人気で…」


「いただきまーす!」


私は、周りの目を一切気にせず、一口、ケーキを頬張った。


その瞬間、時間が止まった。


…甘い。酸味との絶妙なバランス。スポンジは雲のようで、ソースは新鮮な果実そのもの。魔法が使われているのか、口の中でほろりととける。


(…神様…)


私は、思わず目をつぶった。


「…美味しい?」


隣で、誰かが声をかけた。


振り向くと、銀髪が揺れた。シオンが、少し興味深そうに、私の陶酔した顔を見下ろしていた。


「死ぬほど美味しい」


私は、全く飾らない本音で答えた。


「このためなら、この学園に転生してきた甲斐があったよ。シオン君も食べたことある? ないなら、絶対食べるべき。人生観が変わるかも」


シオンは、ぽかんと口を開けた。


彼は、私がレオンハルトを意識した悪巧みをしていると思っていただろう。しかし、私の目は、彼ではなく、ケーキに向けられていた。私の表情は、嫉妬でも傲慢でもなく、純粋な幸福で満ちていた。


「…そう、ですか。それほどお美味しいとは」


「うん! ほら、一口どう? 観光客のおすそ分け」


私は、フォークに一口分のケーキを乗せ、彼に差し出した。


シオンの目が、見開かれた。宰相の息子に、悪役令嬢が食べかけのスイーツを差し出す。こんな光景、この学園の誰も予想しなかった。


彼は一瞬ためらい、そして、なぜか少し照れたように微笑んで、そっとフォークを受け取った。


「…では、遠慮なく」


彼が口に運ぶのを見て、私はにっこりした。


「どう? すごいでしょ?」


シオンは、ゆっくりと噛みしめ、目を少し細めた。


「…はい。確かに、驚くほど…」


彼の言葉は続かなかった。その時、


「――クローディア」


冷たい声が、頭上から響いた。


レオンハルトが、私たちのテーブルに立っていた。その表情は、これまで以上に不機嫌そうだった。


「なにをふざけている。下賤の者と同じものを食らい、しかも…」


「レオン様、これは―」


シオンが口を挟もうとしたが、私は先に立ち上がった。


「あ、ちょうどよかった! レオンハルト殿下!」


私は、彼の不興などどこ吹く風で、笑顔を向けた。


「このケーキ、絶対に食べるべきです! この学園の最大の魅力、いや、この王国の宝かもしれない! 次回の観光プランに、ぜひ組み込んでください!」


私の言葉に、食堂の喧噪が、ぱたりと止んだ。


レオンハルト第一皇子は、ただ、呆然と立ち尽くした。


その碧眼には、怒りでも軽蔑でもなく、初めて見せる、純粋な「理解不能」の色が浮かんでいた。


私は、もう一度フォークを取り、最後の一切れを口に運んだ。


(うん。やっぱり最高。)


学園生活の第一日目。

悪役のイベントは一つも起こらず、代わりに、至高のスイーツと、皇子たちの困惑を発見した。


なかなか、実りの多い初観光だった。

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