表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/14

第十二章:王宮という迷宮、そして観光客の答え

王宮へ向かう馬車の中で、私は何度も深呼吸をした。


「…緊張するな」


「当たり前でしょ。王様に会うんだよ? 人生で一番の大観光だ」


レオンハルトは、私の隣で微動だにしない。彼は今日、式服を着ている。金の刺繍が施された深紅の外套が、皇子としての威厳を際立たせていた。


「作法は覚えたか?」


「はい。お茶のいただき方、お辞儀の角度、話すときの目線…全部頭に叩き込みました」


「…それでも、足りないかもしれん」


「え?」


「父王は、人の本質を見抜くのに長けている。形式だけ整えても、意味はない」


彼の側顔が、少し険しい。


「…朕がいる。何かあれば、朕がかばう」


「殿下…」


「黙ってついて来い。観光客のように振る舞うな。今は、ヴァンデルート公爵家の令嬢だ」


「…はい」


私は、襟元を整えた。今日のために用意されたドレスは、悪役令嬢らしい派手さは抑えられ、上品な淡い青色だった。エリザが「殿下がお選びになった」と言っていた。


馬車が王宮の門を通り抜ける。


「…わあ」


思わず声が漏れた。


ゲームで見た以上に、圧倒的なスケールだった。白亜の城壁がどこまでも続き、庭園は幾何学的な美しさで整えられている。衛兵たちの鎧が、太陽の光を反射してきらめく。


「ここが…あなたの家?」


「家、ではない。王宮だ」


レオンハルトの声は、どこか冷たい。


「住まいではあるが…家と呼ぶには、冷たすぎる場所だ」


その言葉に、私は彼の横顔を見た。彼の目は、慣れ親しんだ景色を見るようでありながら、どこか距離を置いているようにも見えた。


広間への扉の前で、彼が立ち止まった。


「…最後に一言」


「はい」


「お前のままでいい。無理に演じようとするな。それが…お前の最大の武器だ」


扉が開いた。


***


広間は、思った以上にこぢんまりとしていた。とはいえ、天井のフレスコ画や、壁に掛けられた歴代国王の肖像画が、その小ささを圧倒的な威厳で補っていた。


「来たか」


部屋の中央の椅子に、一人の男性が座っていた。


アルバート三世。この国の王だ。


ゲームでは、終盤にしか登場しないキャラクターだった。その彼が、今、目の前にいる。


「父王。お連れしました」


レオハルトが深くお辞儀をする。私も、教えられた通りに丁寧にお辞儀をした。


「…それが、噂の少女か」


王の声は、低く、重かった。彼の目は、鷹のように鋭い。


「クローディア・ヴァンデルートと申します。本日は、光栄なお招きをいただき、誠にありがとうございます」


「礼儀正しいな。レオンが厳しく仕込んだか?」


「…いえ、私が勉強しました。殿下は、優しい指導者です」


一瞬、レオンハルトの眉が動いた。王の口元が、ほんのり緩んだ。


「ふむ。では、座れ。緊張するだろう。紅茶を用意させた」


私たちは、王の向かいに設えられた席に腰を下ろした。無言で給仕が紅茶を注ぐ。


「…聞いているぞ、お前の話を」


王が口を開いた。


「学園で、『観光』と称して様々なことを始めた。身分を超えた交流を促し、伝統的な秩序に風穴を開けている、と」


「…はい」


「なぜだ?」


その問いは、直球すぎて逆に答えやすかった。


「この世界が、美しくて面白いからです」


「…美しくて、面白い?」


「はい。学園の時計塔から見る景色も、職人街の職人さんの技術も、市場で食べるパイの味も…全部、知れば知るほどに、もっと知りたくなるんです」


私は、紅茶のカップをそっと手に取った。


「でも、それだけじゃない。美しいものの裏には、苦労もある。職人さんたちが安い輸入品に押されて困っているのも知りました」


「…そして?」


「だから、何か手伝えないかな、と思ったんです。私にできることは少ないけど…せめて、知っていることを共有するとか、みんなで考えるきっかけを作るとか」


王は、じっと私を見つめていた。


「…お前は、ヴァンデルート家の令嬢だ。貴族の義務は何だと思う?」


「…領民を治め、王国に尽くすことだと思います」


「では、お前の行動は、それにかなっているか?」


「…私は、まだよくわかりません。でも…」


私は、胸に手を当てた。


「…目の前の人が困っていたら助けたい。この世界が、もっと皆が笑って過ごせる場所になってほしい。それが、今の私にできることだと思うんです」


沈黙が流れた。


レオンハルトが、静かに口を開いた。


「…父王。彼女の言葉には、偽りがありません」


「…わかっている」


王は、ゆっくりと紅茶を一口すすった。


「…レオン」


「はい」


「お前も変わったな」


レオンハルトの背筋が、わずかに緊張した。


「…そうですか」


「以前のお前なら、こんな『無秩序』を許さなかった。ましてや、推進するなどありえん」


「…ええ。かつての私なら、です」


「何がお前を変えた?」


レオンハルトは、一瞬目を伏せた。


「…彼女の、ひたむきさです。役割から解放され、ただ純粋にこの世界を見つめ、楽しみ、そして関わろうとするその姿勢が…」


彼の声が、低く響いた。


「…私に、忘れていたものを思い出させてくれました」


「何を?」


「この国を治めるとは、単に秩序を維持することではない、と。人々が生き生きと暮らせる土壌を作ることでもある、と」


王の目が、細くなった。


「…それは、理想論だ」


「ええ。しかし、理想なくして何のための統治でしょうか」


「現実は、厳しい」


「承知しています。だからこそ、彼女のような存在が必要なのです。現実に風穴を開け、新たな可能性を示す…そんな存在が」


私は、息を詰めて二人の対話を聞いていた。


(…殿下が、そんな風に思ってたんだ)


王が、深いため息をついた。


「…クローディア・ヴァンデルート」


「はい!」


「お前の『観光』は、王国に新たな潮流を生み出しつつある。それは、良いことかもしれん。しかし…」


彼の目が、鋭く光った。


「…お前が知るべきことがある。この国には、動かせない『壁』がある。お前の無邪気さでは、突破できないほどの」


「…壁?」


「身分制度。貴族の特権。長年に渡る因習。お前が触れようとしているものは、そういったものだ」


王は立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。


「この部屋から見える庭園。あれは、百年かけて形作られたものだ。一本の木、一つの花でさえ、役割が決まっている。それを無闇に動かせば、全体の調和が崩れる」


「でも…」


「聞け」


王の声が、重く響いた。


「お前がもし、本気でこの国を変えたいと思うなら…『観光客』ではいられなくなる。住人となり、責任を引き受け、時には汚れ役も務めねばならぬ」


私は、言葉を失った。


「…覚悟はあるか?」


その問いかけは、レオンハルトのものより、はるかに重かった。


「…まだ、わかりません」


私は、正直に答えた。


「でも、一つだけ言えます。私は…この世界が好きです。ここにいる人たちが好きです。だから、傍観者ではいたくない」


「…ふむ」


王は、振り返った。その表情は、厳しいままだったが、どこか納得しているようでもあった。


「…では、一つ試してみよう」


「試し?」


「あの職人街の問題だ。お前が関わっている織物工房の件、朕も聞いている。あれを、解決してみせよ」


「…私が?」


「ええ。王家の力を借りず、朕の権威も使わず。お前と、お前が集めた仲間たちの力だけで」


レオハルトが、一歩前に出た。


「父王、それは…」


「黙れ。これは、彼女への問いだ」


王の目は、私を貫いていた。


「期限は一ヶ月。その間に、あの工房が自立できる道筋を示せ。できなければ…」


「…『観光』は終わり、ですか?」


「終わりではない。だが、現実の厳しさを学ぶ良い機会になるだろう」


私は、じっと考えた。


(無理だ…そんなの…)


(でも…)


リリアの泣き腫らした目が浮かんだ。彼女の「諦めない」という言葉が蘇った。


「…やります」


「…そうか」


「でも、一つお願いがあります」


「何だ?」


「『王家の力を借りず』という条件ですが…知識の共有は、含まれますか?」


王の眉が動いた。


「…知識?」


「はい。図書室の記録や、学園で得た知識を、彼らと共有することは」


「…構わん。だが、金や権力は使うな」


「わかりました。それで十分です」


私は、立ち上がり、深くお辞儀をした。


「一ヶ月後、必ず成果をお見せします」


「…では、期待しているぞ」


王は、再び椅子に座り、紅茶に手を伸ばした。


「…レオン」


「はい」


「彼女を、見守れ。だが、手を出すな。これは、彼女の試練だ」


「…承知しました」


レオンハルトの声には、不本意さがにじんでいた。


***


馬車で学園に戻る道中、私は黙り込んでいた。


「…無謀な挑戦を受けたな」


レオンハルトが言った。


「…ええ」


「なぜ、引き受けた?」


「…だって」


私は、窓の外を見つめた。王都の街並みが流れていく。


「…あの工房の人たちが、本当に頑張っているから。ルナが、必死に記録を探しているから。そして…」


振り向き、彼を見た。


「…殿下が、私を信じてくれてるから」


「…朕は、何も」


「信じてくれてます。でなければ、こんな危険な試練に、黙って見ていろなんて言わない」


レオハルトは、言葉を詰まらせた。


「…馬鹿め」


「ええ、馬鹿です。でも、馬鹿だからこそ、できることもあると思うんです」


私は、拳を握りしめた。


「やってみます。私にできることを、精一杯」


「…もし、困ったことがあれば…」


「知識の共有は、許されてますよね?」


「…ああ」


「では、殿下の知識も、少しだけお借りします。王宮の図書室には、民間にはない記録もあるでしょう?」


レオンハルトの目が、少し見開かれた。


「…ずるい女だ」


「観光客は、地元の知恵を借りるのが得意なんです」


私は、にっこり笑った。


馬車が学園の門に着いた。


降りる時、レオンハルトが私の腕をそっと掴んだ。


「…クローディア」


「ん?」


「…無理はするな。お前が潰れるようなことがあれば、朕が父王に楯突いてでも止める」


その言葉に、胸が熱くなった。


「…ありがとう。でも、大丈夫」


私は、彼の手を優しく払いのけた。


「私には、仲間がいますから」


彼は、私の目をじっと見つめ、ゆっくりとうなずいた。


「…では、行け。明日から、戦いが始まる」


「はい!」


私は、軽やかに馬車から飛び降りた。


夕日が、学園を茜色に染めていた。


王宮という迷宮を、無事に抜け出した。


でも、本当の試練は、これからだ。


一ヶ月。


たった一ヶ月で、何ができる?


(…わからない)


でも、やるしかない。


だって、もう後戻りできないから。


私は、走り出した。


図書室へ。


ルナが、きっとまだいる。


彼女に、このことを伝えなければ。


そして、みんなで、考えよう。


王様が出した課題を。


この世界の「壁」を、どう越えるかを。


足音が、石畳に響く。


心臓は、緊張で高鳴っているが…


なぜか、わくわくもしている。


さあ、観光客の、新たな冒険が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ