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幼馴染

 世界を救う沸けでも、世の中を蛙分けでもない、小さな小さな恋の話

「凪子―!学校いこー!」

「ちょっとまってー」


 数原凪(かずはら なぎ)、16歳。高校二年。大原和(おおはら かず)、16歳、高校二年。

 凪が四歳の時にこの街に引っ越してきてからの腐れ縁。

 家が隣通しで、和の両親が共働きで凪の両親が面倒見が良く、和の面倒をよく見ていた。

 そのためか、凪と和は姉弟の様に仲が良かった。


 凪は中学の頃、第二次成長期で胸やお尻が大きくなり、男子の目線が気になりだし、明るい性格だったのが引っ込み思案になっていた。

 友達とも距離を置きだしたが、そんな凪を和は今日も持ち前の明るさで小学生の様に通学に誘いにくる。

 二人きりのときは、凪も以前の明るさを出せるようになっていた。

 

 そんな和に凪は惹かれていた。

 

 学校につき、教室に入ると途端に和の周りは他の生徒が群がる。

 人当たりが良く、陽気で、嘘をつかない、人の悪口を言わない。頼まれるとできる事は一生懸命やる。

 そんな人間が嫌われる事もなく、まるで夜の自販機に群がる虫のように常に誰かが側にいて、凪はその輪に近づけなかった。

 自分の席に腰を下ろし、読みかけの小説を読む。

 いつもの凪のルーティーンだ。

 

 ただ、昼休みになるとちょっとだけ事情が変わる。

 

 机の上に弁当が二つ。凪と和のものだ。

 この学校は学食が安いのに美味いのが名物で、殆どの学生は学食に行くが、凪と和はいつも弁当だ。

 

「大原くーん、学食いかない?」

「わりい草野、毎度のことながら金が無いんだわ」

「おごったげようか?」

「ありがたいけど、弁当作ってきているからさ」


 クラスの女子に声を掛けられても明るく返す。

 この二つの弁当は和が作って来たものだ。いつも面倒を見て貰っているからと、中学の頃から凪の分まで作り始めた。

 小さい頃から自分の食事は自分で用意していたので、料理は得意なのだ。


「どう?」


 冷凍では無い唐揚げを口に運んだ凪に和は少し不安気に尋ねる。

 

「すごくおいしい。またふとっちゃうかも」

「鶏は太らないって聞いたけどな。それに全然細いから大丈夫だろ」


 確かに凪はBMI値的にはやせ型なのだが、それ故胸の大きさが目立ってしまうと委縮している。

 

 そして放課後。凪は職員室に提出物があったので、下足箱で待ち合わせをする事になったが、用事が一瞬で終わったので、教室に向かう。

 まだ和はいるかと除くと、そこにはクラスで一番かわいいと評判の草野ユリと和の二人っきりの空間が出来上がっていた。

 とっさに凪は身を隠す。

 すると、草野の声が聞こえて来た。


「あのね、大原くん。私ね、ずっと、一年の時から大原くんの事が好きだったの。その、付き合ってくれないかな」


 凪の頭が真っ白になる。そう言えば最近ずっと和の隣に彼女は居た。和が女子からモテているのは知っていた。でも、和はそれになびく素振りも見せていなかったので、油断していた。。

 油断?なんの?

 心臓が痛いくらいドキドキと音を鳴らす。そんな凪の葛藤は客観的に見れば一瞬の間にも満たない。


「悪い!俺、今つきあってる子がいるんだ!」


 その和の言葉は凪の頭をハンマーで殴ったような衝撃を受ける。和に彼女がいた?いつから?毎日の様に家に来て、夜までいるのに?


「その付き合って子って」


 草野の言葉に思わず耳を塞ぐ。

(聞きたく無い。現実と認めたく無い。だって、私はそれよりずっと前から和の事が好きだったのに!)

 今更ながら、自分の気持ちに気付く。いつも当たり前の様に側にいたから。私が疲れてを見せると、後ろからハグしてくれ、出不精になってしまった私を去年も秋祭りに連れ出してくれたりしていたのに。

 ポロポロと涙がこぼれる。

 塞いだ手を離すと、和の声が聞こえて来た。


「うん、悪ぃな。どうしてもあいつじゃないとダメなんだ」

「だよね。正直横から見ていてもべったりだもんね」


 草野の声が潤んでいる。言葉で強がっても失恋のショックは隠せない。凪は今、すごく彼女の気持ちが判る気がする。

 そっとその場を離れ、顔を洗って何食わぬ顔で下足箱で和を待った。

(和くんはいつもどんな気持ちで私と一緒にいたんだろう?やっぱり兄弟姉妹みたいな感覚だったのかな?)

 そんな考えが頭をよぎるとまた涙がこぼれそうになる。ハンカチで抑えて涙を拭きとると、バタバタと聞き覚えのある足音がしてきた。


「凪子!おまたせ!」

「まってないよ、和男」


 和は凪の事をいつからか凪子とよぶようになり、対向して凪も和の事を和男と呼ぶようになった。お互に二人きりの時だけだが。

 凪の顔を見て、和がめずらしく表情を曇らせる。


「どうした?泣いていたのか?」

「ちょっと目にゴミが入って、こすっちゃったの」

「どれ」


 そう言ってポケットからハンカチを取り出し、凪の顔を覗き込む。急に和の顔が近づいてきて、凪は慌てる。


「大丈夫!もうとれたから」

「そうか?校医さんとこに行ってきて目薬もらってこようか?」

「大丈夫だよ。優しいね、和男は」


 そう言って先に歩き出す。追うように和も歩き出す。身長は中二の頃に追い抜いた。今は頭一つ程の差がある。当然歩幅も違い、すぐに追いつく。

 家までの道のりは約ニ十分。自転車通学でもいい距離だが、話ならが通いたいと和が言い出して徒歩の通学だ。

 本当は和はもっと上位の高校に行けたのに、凪に合わせて今の高校を受験した。

 本人は「電車通学とかだるいし、金もかかるし」と言っていたが、凪は私に合わせてくれたと、今までの関係がもう少し続くんだと小さく喜んだ。

 だが、そんな気持ちは今はどこへやら。いつもはそれなりに楽しい帰り道なのに、楽しさより悲しみの方が強い。


「凪子?大丈夫?」

「え?ああ、大丈夫よ!ちょっと考え事があっただけ」

大谷(先生)になんか言われたのか?」

「ううん。大丈夫。なになに?お姉ちゃんの事が心配?」


 凪の方が一か月だけ早く生まれている。なので、事ある毎にお姉ちゃん設定を落ちだしていた。


「あったりまえだ。心配しない方がおかしいだろ」


 ふざけて返した凪に和は真剣な表情で返す。この優しさが自分以外にも向けられていると思うとつらい。

 なんとか誤魔化しつつ家に着く。


「今日は課題やろっか」

「え、うん。いいの?」

「え?なんで?」

「ううん。わかったわ。待ってる」


 そう言って家に入る凪を和は小首をかしげて見送る。

 和も家に帰ると、素早く着替え、洗濯機を回し、課題のプリントとタブレットPCを抱えて家を出る。


「こんちはー、おばさん、上がっていいですか?」


 勝手知ったるお隣さんではあるが、和は黙って上がったりはしない。


「どうぞー。和くん今日も男前ね」


 満面の笑みで和を迎える凪の母。まだ四十前で年齢を感じさせない若さと美貌がある。ちなみに凪の父も若々しいが、剥げている。

 凪の母は凪の次に男児が欲しかったが、二度の流産を経験し二子以降を諦めている。なので、和が本当の息子になる事を、常に夢見ている。

 

 一方、凪は二階の自室で呆然としていた。いつもならすぐに着替えて和が来るのを待っているのだが、課題の準備もしていない。

 そこに和が来る。

 少し開いたままの扉をノックすると、凪が「どぞ」っと短く返す。


「あれ?どうしたの?」


 制服姿のままの凪に和は驚く。

 

「着替えるところだった?下で待っていようか?」

「いいの。今日はちょっと着替える気にならなかっただけだから」

「大丈夫?熱でもあるの?」


 そう言って凪の額に手を当てる。


「和男は優しいね」


 そう言って額の手を取りそっと外す。


「調子が悪いなら日を改めるけど?」


 女の子には特別な日がある。和はもしかしたらと思う。余りにもいつもと調子が違う。


「大丈夫。なんかちょっと疲れちゃったかな」


 そう言うと、ベッドの横に座り込む。和は何も言わず凪の後ろに回って腰を落とし、まるで大きなぬいぐるみでも抱くように凪の体を後ろから抱く。

 凪は和の身体に体重を預け、腰の前に置かれた和の手に自分の手を重ねる。そのまま二人は何も話す事なく一時間近く経過する。

 

「ん!元気でた!課題やろっか」


 そう言って立ち上がった凪に和は何も言わない。

 冬はこたつとして使用する座卓に課題のプリントやタブレットを広げ、いつもの調子でワチャワチャしながら課題を仕上げる。

 和は上位の高校を狙えていただけあって成績は良い。課題もスラスラ終わらせ、凪が詰まっているところを丁寧に教える。

 そんな感じで一時間もせず今週の課題が終了した。


「疲れた」


 実際疲れる程では無いが、いつもの儀式みたいなものだ。凪の隣で教えていた和が身体を預けるように凪に倒れ込み、太ももに頭を乗せる。

 そして凪の膝を撫でると、いつもなら和の頭を凪がポンポンと叩くのだが、今日はしてこない、

 和は顔を上に向ける。大きくなった胸のせいで凪の顔が半分くらいしか見えない。

 

「どうしたの?やっぱ今日は変だよ?」


 すると、和の顔に水滴が落ちる。涙だ。


「う、ごめんなさい。私、聞いちゃったの。和くん付き合ってる子がいるんだよね?それなのに、私、こんな」


 その言葉に和が跳ね起きる。凪が和くん呼びするのも随分と久しぶりだ。


「ちょっと、凪ちゃん」


 和の顔色が変わってる。やはり知られたくなかったのかと、凪は顔も心もくしゃくしゃになる。


「俺たち付き合ってるよね?」

「え」


 凪が予想外の言葉に固まる。


「草野の告白を聞いてたんだよね?俺、そんとき凪ちゃんと付き合ってるからって断ったのも聞いたよね?」

「誰かと付き合ってるってのは聞いたけど、なんか、怖くて耳を塞いじゃって」

「俺、去年告白したとき、凪ちゃん『いいよ』って軽い感じでOKしてくれたじゃん」


 去年?と頭を捻る。そう言えば、去年の秋祭りの時、母に言われて浴衣を着て和が誘いにくるのを待っていた。

 和も浴衣姿で、玄関先でこう言った。


「凪ちゃん。俺と付き合って」

「え、うん」


 いつもなら「祭りにいこう!」ってはっちゃけた感じなのに、何か雰囲気が違うなとは思った。


「え、もしかして、あの祭りのときの?」

「そうだよ!なんか返事が軽いうとは思わっ多けど」

「あんなのわかんないよ」


 そう言ってボロボロと涙を流す。安堵からか、うれしさからなのか、自分にもわからない。

 そんな凪の顔に和はハンカチを当てる。


「ごめんよ。俺も照れくさくてさ」

「なんで私なの?和くん学校でもみんなの人気者で、女の子にもモテてるのに」

「俺は小心者だからさ。嫌われたり敵を作ったりするのが嫌だから、うまく調子を合わせてるだけさ」

「でも、私なんか陰キャだよ?」

「俺は凪ちゃんがいいんだよ」

「でも、付き合ってるって思ってなくても、男の子に後ろからハグされて喜んじゃうような子だよ?」


 和は黙って頷く。


「付き合ってるって思ってないのに、男の子を膝枕して幸せを感じちゃうような子だよ?」

「それって、俺意外にはしないよね?」

「当たり前じゃん。お父さんにだってしないよ」

「俺も凪ちゃん以外を抱っこしたり膝枕してもらったりしないし」


 そう言って凪の手を取る。


「改めて言うよ。凪?こっち見て?」


 その言葉に凪は顔を上げて和の顔を見る。顔が真っ赤になっている。多分自分もきっとそうだ。


「凪ちゃん。俺、ずっと前から。ずーーーーっと前から好きでした。俺と、恋人同士になってください」

「和くん。うん。お願いします」


 恥ずかしさでしばらく双方固まる。


「あのね、和くん」

「なに?」

「前からギュってして欲しい」


 和は言葉にせずそのまま包み込む様に凪の身体を抱き寄せる。


「エヘヘ」

「実は俺、ずっと前からこうしたかった」

「私も。一緒だったんだね」


 凪も和の背に手を回す。


「俺さ、ずっとこのまま男として意識されず、兄弟みたいになっていくのが怖かったんだ。だから告白したんだ」

「そうだったんだ。でもね、好きになったのは私の方が先だよ」

「そうかな?俺は初めてあったときから凪の事好きだったよ」

「うそ、小さいときはよく意地悪されて泣かされたの覚えてるわよ」

「ガキの時の愛情表現ってそんなもんだよ」

「今日もいっぱい泣かされたし」


 そう言って和に体重を預ける。

 思わず体制を崩した和は凪を抱えたままベッドに倒れ込む。


「これからも泣かしてしまう事があるかもしれないけど、ずっと離れない」

「私もずっと離れない」


 このあと抱き合ったままベッドの上で転がっていちゃついていたのを、階下の母が勘違いしたのはありがちな話。

 



 高校卒業後、和は四年生大学、凪は短大に進み、和が内定を貰い卒業を待たずに結婚する事となる。

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