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『死者蘇生』押し売りサービス

作者: 雷田矛平
掲載日:2025/12/07


 娘が死んでから一ヶ月経ったその日。


「ただいまー」


 娘が家に帰ってきた。


「……え?」




===============




 夜の散歩中に飲酒運転をしていた暴走車に轢かれた。


 よくあってはいけないもののたまに見かけるそんな事故。


 まさか自分の身内に起こるなんて思わなかった。


 運転手もその事故で亡くなったらしい。やるせない思いが一層募った。




「はぁ……もっと構ってやれば良かったな」


 父子家庭の一人娘。妻は娘が幼い頃に病気で亡くなった。

 我が身を粉にして仕事に育児に頑張った。

 成長してきて手がかかることも減り、将来のことも考えて娘に不自由させたくないと仕事に打ち込む時間を増やしていた。

 思春期の娘ということでどう関わっていいのか、親子の会話が減ってきた。


 そんな折に起きた事故だった。




「っ……」


 事故からまだ一ヶ月。まだまだ傷が癒える気がしない。

 職場の休憩室で目頭を抑えていると。


「課長。休憩中だったんすね」


 扉が開いて部下が入ってきた。若く態度こそ軽いものの仕事はきっちりこなす有望な部下だ。

 その手にはコンビニの袋が握られている。彼も今から休憩なのだろう。


「……ああ」

「ちょっと涙声っすよ」

「あくびをしたところだったんだ」


 タイミングが悪い。誤魔化すために下手な嘘を吐く。


「もう一ヶ月っすか」

「……ああ」


 忌引きで休んでいたため娘の事故については職場中に知られている。


「ってことは……そうっすねえ……もしかしたら」

「どうした?」

「ええと……でも課長は機械音痴だからなあ……」


 唐突にディスられる。


「何だいきなり。スマホは使えるぞ。メッセージアプリだってな。スタンプを送ることも出来る」

「キャッシュレス決済は使えるっすか?」

「……現金主義だ」

「やっぱりその認識レベルだと……そうっすねえ……」


 部下は何やら悩んだ後。




「近い内にもしかしたら課長の娘さんが家に帰ってくるかもしれません。

 そしたら絶対に家に入れないでください」




 やけに真剣な様子でそのように忠告した。




==============




 その後部下に説明を求めるも『どうせ分かんないっすから』と逃げられてもやもやしたまま休憩を終えて仕事も終える。


「しかしあいつは一体どういうつもりで……?」


 帰宅の道でも引き続きその発言に悩んでいた。 

 軽薄な彼だがいいかげんではない。ふざけた発言では無いだろう。


「死んだ娘が帰ってくる……妖怪の類か?」


 そのような伝承探せばいくらでもあるだろう。ただこの科学の発展した現代にはそぐわない話だ。


 そうこうしている内に自宅に辿り着く。




「ただいま」


 独りでにその言葉が出てくる。

 しかし、その声に帰ってくる『おかえり』は無い。


 一人広く感じる家でカップ麺と娘の好物だった冷凍の焼きおにぎりを食べていると。




 ピンポーン、とドアベルが鳴った。


「……んー誰だ?」


 連絡無く突然家を訪ねてくるような知り合いはいない。ネット通販はよく分からないので利用したことがない。

 何かのセールスだろうかと玄関まで行って扉を開けたところで。




「ただいまー」


 娘が家に帰ってきた。


「……え?」


 ビックリしすぎて完全に思考が止まる。


「……? どうしたのそんなところで立ち止まって」


 そんな様子を見て怪訝そうに言う娘。


 その姿、声……間違えるはずが無い。完璧なまでに娘だ。

 どうして? 事故で死んだはずだ。遺体の確認も埋葬も行った。なのに……。


「あ、カップ麺食べてる! ずるいー」


 いつの間にか娘はリビングまで上がっていたようだ。子供の成長に悪いからとカップ麺はあまり食べさせてこなかった。


「って、焼きおにぎりあるじゃん! これ私の分だよね!?」


 そして好物の焼きおにぎりを見つけたのかテンションの上がる娘。




 慌ててリビングまで戻る。


「んーおいしい」


 夢でも幻でも無く、そこにはおいしそうに焼きおにぎりを頬張る娘がいた。

 他人の空似のはずがない。




『近い内にもしかしたら課長の娘さんが家に帰ってくるかもしれません』




「まさか本当に……」


 目頭が熱くなる。自然と嗚咽が漏れていた。


「どうしたのパパ!? え、もしかしてこれ食べちゃ駄目だった!?」

「いや……そうじゃないんだ。ああもう何を言って良いのか……とりあえず。おかえり」

「……? いやさっきただいまって言ったじゃん」


 その場だけ見ると自然な親子の交流。




 もう一つの忠告。『そしたら絶対に家に入れないでください』はすっかり頭から抜け落ちていた。




===============




 朝。一緒に家を出る。父は職場に娘は学校に。


 夕。父が帰宅すると娘は既に家にいた。




「今日は学校でねー」

「うんうん」


 楽しそうに学校の話をする娘と相槌を打つ父。


 娘の帰宅から三日が経っていた。

 一ヶ月前は日常だったその風景が尊い。

 一度失ったことによりその大事さが一層身に染みていた。




「っと久しぶりっすね課長」


 その日の昼、また部下と休憩が被った。


「ああ。そういえば出張は昨日までだったか」

「ちゃんと成果上げてきたっすよ」

「報告は受けている。期末の査定は期待していいぞ」

「ありがたいっすねえ」


 上司と部下の関係だが気が合うようで、上機嫌で話が弾む。

 ただ部下は違和感に気付いた。




「そういえば課長……いや俺のテンションが上がってたせいで気付くの遅れたっすけど……何かそっちのテンションも高くないっすか?」

「ん? そうかね?」

「いや絶対高いっすね。まるで昔の………………もしかして」

「ああ、そういえば聞きたいと思っていたんだ。君はどうして娘が帰ってくることを知っていたのかい?」


 置き去りになっていたその疑問を問う。




「ああ………………。そういうことっすか。ちゃんと忠告すべきだったっすかねえ……」


 頭を抱える部下。


「どうした?」

「……頑張って課長にも分かるように説明するので付いてきてください」

「……? わ、分かった」


 妙な迫力に押されて頷く。




「課長は知らないと思うっすけど、今、ネットを席巻しているサービスの一つに『together』ってのがあるっす。

 注目すべきは利用者に寄り添ってくれるサポートAIっすね」


「AIというと……何か何でも出来るやつか」


「まあそういう認識で構わないっす。メッセージを送ればすぐに返事をくれる。悩み相談だろうが雑談だろうがお手の物。合成音声で通話だってこなしてくれるっす。

 つまりはいつでも自分を気にかけてくれるスーパーマンっすね。無料なのもあってこれが若い世代にめちゃくちゃ受けた」


「はぁ……そういえば娘がそんなこと言ってたような……?」


「やっぱり娘さんもユーザーだったんすね。それでその『together』なんすけど運営してるのは先進的なIT企業なんすよ」


「まあ何か高度そうなことしてるしな。……しかしさっき無料と言ってなかったか? わざわざサービスでそんなことしてるのか?」


「そう。『together』は完全に無料なんすよ。利用に制限をかけて課金で解放されるというこの手のサービスにありがちな形態も取っていない。わずらわしい広告も存在しない。

 開発者が『世界のためを思って提供しています』みたいなインタビューを受けている動画もあるっすけど……」


「そんなの商売にならないだろう。企業のやることでは無い」


「そうなんすよ。……だからネットで噂されているそのマネタイズ方法が……死者蘇生押し売りサービスっす」


「……え?」


 ちらりと娘の顔がよぎる。




「『together』は生体を模した完璧なロボット技術があるらしいっす。こうして死者の身体を。

 ユーザーは自分の様々な情報をAIに対して伝えています。こうして死者の記憶を。

 話し声を記録してそれを模倣することで死者の声帯を。


 全部合わせれば死者を完全に再現することが出来る」




「SFの世界の話だな……。理解が追いついているかは分からないが……現代の発達した科学なら可能なんだろう」


 だとしたら。


「課長も分かってるっすよね? 娘は死んだんだって」


「…………」


「つまり娘が元気な姿で帰ってくることがあるはずがない」


「…………だが、あの子は変わらない声で……焼きおにぎりが好きで……」


「情報さえあればそんなの簡単に再現出来るっすよね?」


「だったら……何故わざわざそんなことをする……?」


「言ったでしょう。『together』が無料な分、別なところでマネタイズが必要だって」


「……違う………違う違う違う……」


「課長。現実を見てください。人は死んだら生き返らないんですよ」


「そんなはずはない!! あの子は我が家に帰ってきたんだ!!」




 休憩室から飛び出す。

 移動の途中で職場に早退する旨は伝えた。

 向かうのは自宅。

 そろそろ学校から娘は帰ってきているはずで――。




 玄関に入る。娘の靴がある。


「ただいま」


 なのに返事は無い。


 おそるおそるリビングに向かう。




「………………」


 そこにはぐったりとしてソファに座りながら生気の宿っていない瞳をしている娘がいた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 自然と叫びが漏れていた。娘の遺体を確認したときと光景が重なる。


 ひとしきり取り乱した後、娘の前の机に何やら書類が置かれていることに気付く。


 そこに記されていたのは――。




『死者蘇生サービス、三日間のお試し期間はどうだったでしょうか? 継続してサービスのご利用をお望みの方は下記の口座まで料金のお支払いをお願いします。

 継続をお望みで無い場合は特に手続きはご不要です。後日、係の者が機体の回収に向かいます』




 そこからの行動は迅速だった。

 すぐに家を飛び出し、長期のサービス継続のため指示通りの口座にありったけのお金を振り込む。

 そしてまたとんぼ返りで家に帰ると。




「おかえりー。……ん? 今日は帰ってくるの何か早くない?」


 そこにはソファでぐうたら座りながらテレビを見ている娘がいた。


「ああ……ただいま」

「ん? 何で泣いてるのパパ? 仕事で嫌なことでもあった?」

「いや……何でも無いんだ」


 そのとき父は決心した。

 今度こそこの光景は絶対に失わせないと。




===============




『いや、酷い話っすよね。その後の課長は本当見てられませんでした』


『無料でサービスを広げている理由はなるべく多くの人の情報を手に収めておくため』


『そして唐突にログインしなくなったユーザーの情報を調べて、利用出来そうかを見極める』


『課長みたいな事故で死んだ娘ってパターンだけじゃないらしいっすよ。配偶者だとか親だとかもあるらしいっす』


『そして弱ったところに付け込んで搾れるだけ搾り取る』


『機体を通して契約者の情報も十分に手に入るっすからね。本当死なないギリギリまで搾り取ることが可能ってことっす』


『何らかの法律に抵触していないのか……って思ったっすけど、流石にそこは大企業。何事にも抵触してないんすよね』


『やり口はともかく、契約を結んでサービスを行っているだけ、押し売りもしていない』


『死者蘇生した事による戸籍問題とかっすけど……そこはただのロボットっすから』


『課長の娘も学校に通っているみたいな話してるっすけど、実際には言ってないようです』


『別に学校に行かなくても、行ったかのようにシミュレートして会話することは可能っすからね。むしろAIの独壇場っす』


『あの日以来課長と1対1で話すことを避けられて……なので同僚に聞いた噂話っすけど』


『課長の机の上に『機体のアップデートにかかる費用』だとか書かれたパンフレットがあって、気になって聞いたところ』


『「今度娘が大学に進学するんだ。最近の大学は入学金も高くてなあ」という話を聞かされたらしいっすね』


『その後俺は転勤したので課長とはそれっきり。色々気になったんすけどまあどうしようも無くて』


『うーん……どういう未来を迎えるんすかねえ……』




=========




 5年後。


 娘が大学に進学して卒業までは滞りなく迎えることが出来た。

 しかしちょうどそのときハードワークが原因で自分が身体を壊してしまった。

 稼ぎも少なくなりそのせいで実家から近場に就職する予定だった娘は、もっと稼がないといけないと言い出し遠くの大企業に勤めることになって家を出た。


 娘と実際に会えない日々が続いた。

 稼ぎをどうにか増やして娘が実家に戻ってこれるようにしたかったが、どうにも身体の調子が戻らず上向かなかった。

 時おりメッセージや電話をするだけで顔を見れなかった。




 10年後。


 娘から結婚したとの報告があった。相手は同僚の気の良さそうな男性だった。

 結婚式はお金が足りず開けなかった。フォトウェディングとやらで写真が一枚だけ送られてきた。幸せそうに笑顔を浮かべる娘を見て自分が間違っていないことを確信した。

 無理して働いた甲斐があった。




 15年後。


 娘夫婦の間に子供が産まれたらしい。子育てに奮闘している幸せそうなメッセージがときおり届く。

 孫の顔を見てみたかったがお金が足りず無理だと言われた。


 頑張って働こうとしたが、身体を壊してからも無理していたことが祟ってある日入院。そのまま退職することになった。




 20年後。


「ごほっごほっ……」


 父は病床に伏していた。

 医者からはもう長くないことは聞かされていた。


 別に自分の命に未練は無い。

 心残りがあるとしたら一人娘のことだった。


 もうしばらく実際に会えていない。

 自分はちゃんといい父親をしてやれただろうか?


 来る日も来る日も娘が帰ってきてからの幸せな日々を思い返していた。


 そしてもう命の灯火が尽きようと、自分でも自覚してきたそんなある日。




「お父さん」


 病室に娘が訪ねてきた。


「おまえ……どうしてここに……」

「ちょうど仕事がこの近くであったのよ」

「そうだったのか……」

「それよりごめんね今まで全然顔を出せなくて」


「そんなことはない……ああ、本当に良かった。最期に娘の顔を見れて……」

「ごめんね。旦那や息子も連れてこれたら良かったんだけど」

「ふふっ……だがお母さんがいないからカップ麺食べられて嬉しいんじゃないか?」

「あはっ、そうかもしれないわね」




 しばらく父と娘は談笑した。これまでの思い出を語りに語って。




「ごほっごほっ」

「ちょっと、お父さん大丈夫?」

「ああ、すまん。ちょっときつそうだ少し寝させてもらうよ」

「……うん、分かった。じゃあおやすみね」

「ああ、おやすみ」


 娘が見守る中、父が目を閉じる。






 数分後。ビーッ、と音が鳴りバイタルが途絶えたことを示した。


 その音を確認して娘は――。






『契約者の臨終を確認。看取りオプションプランの実行を終了。これより本部に帰投します』


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