ぽたぽた・・・
初のホラー短編
あの娘が嫌いだった。
まだ少し涼しかった6月中旬の日、あいつの転校初日で見た時から。
ガリガリに痩せた体、長い黒髪、色白、深淵を思わせるようなつぶらな黒い瞳。
「保谷むつみです・・・よろしくお願いします」
僕はあの不健康そうな外見に最初から嫌悪感を抱いていた。
「きめえんだよ・・・お前!!」
何回同じ台詞で罵った。
「ごめんなさい・・・」
あいつが謝る度、更にイライラ感が募る。
「学校来んな・・・お前!!」
「ごめんなさい・・・でも来ないと・・・ぽたぽたさんが・・・」
「うるせえ!きめえんだよ・・・」
時折あいつ、わけわかんないことを言ってた。
「ぽたぽた?!寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ!!」
「ごめんなさい・・・」
僕はあいつを何回かひっぱたいた。
それでもあいつ、保谷むつみは学校に来ていた。
雨の日、真夏の日も。
「来んなよ・・・てめえがきめえんだよ!!」
「あたし・・・学校に来ないと・・・ぽたぽたさんが・・・」
「うるせえ!!」
数回殴っても、あざが残らないように気を付けた。
「ねえ・・・もうやめて・・お願い・・・」
「てめえが来るからイライラすんだよ!!」
「やめてよ・・・ぽたぽたさんが・・・」
「ぽたぽたって!!うるせえよ!!」
僕は苛立った、親は妹が生まれたことで僕を露骨に無視しはじめた。
兄は高校に入って、僕と会話しなくった。
「ゆりちゃん、こっちにおいで・・・」
母さんは3歳の妹を呼ぶ、僕はその隣に座っているのに。
「ねえ、あなた、ゆりはねえ、今日は【お兄ちゃん】と言ったのよ」
「写真でも見たんだろう、博一と幸次の写真でも見たのだろう。」
「そうねえ」
親は相変わらず僕を無視する。
夏休み前の学校、僕はプールの前に立っていた。
「いたいた・・・」
あいつだった。
「消えろ・・・殺すぞ、保谷!!」
鬱陶しいと思った。見る度嫌悪感が沸く。
「ねえ・・・怒らないで・・ぽたぽたさんが・・・」
「我慢ならねえ!!!ぽたぽたって何だよ・・答えろ、保谷!!」
「君だよ・・・」
「はあ?何言ってんだよ・・てめえは!」
「ぼたぼた・・・体から水が垂れているのよ・・・」
「転校してから、てめえをおもちゃにしたからおかしくなっただろうが・・・」
「かわいそう・・・」
「てめえに同情される筋合いねえよ・・・マジで殺すぞ!!お化け女!!」
「ぽたぽたさん・・・可哀想・・・」
「僕はぽたぽたじゃねえよ・・・畑田幸次だ・・・」
「名乗りましたね・・・ありがとう・・・畑田幸次君・・・」
「ああ・・・名乗ったぞ・・・知ってるだろうが・・・同級生だろう・・・バカか!?」
「いいえ、君は上級生・・・だった」
「何言ってんだ?!」
「覚えてないの?・・・君は4年前、ここのプールで溺れて、死んでるんだよ。」
「はああ?!!!何くだらないことを言ってんだ?!!」
「君が凶暴すぎるよ・・・だから私が来たの・・・」
「はああ?!」
「気付かなかったの?君が歩くと床が濡れるよ・・・ぽたぽたと・・・こんな行動範囲の広い人(幽霊)は初めてだよ・・・」
「何を?!!」
「先ずは名乗らせるのは第一歩だった・・・まさかこんなに時間かかると思わなかった。」
あいつは何を言っているのは理解できなかった、できたとしても理解したくなかった。
「保谷・・・てめえ!!」
「君を無理やり除霊すると失敗するリスクが増え、君は更に凶暴となり、人を傷づける悪霊になりかねないからね。」
「ええ?」
「学校では君のことを【ぽたぽた】さんと呼ばれているの・・・通る度、床を濡らすからね。」
「嘘だろう・・・」
「嘘じゃない・・・君が現世に留まりすぎたからね・・・そろそろ行かないと・・・」
「はあ?・・・」
「四十九日は遠くに過ぎているの・・・極楽浄土だの、天国だのへにもう行けないな・・・ごめんね・・・でもやらないと・・ここにいてはダメ・・・」
「保谷・・・てめえ・・・わけ分からんこと言って・・・おちょくってんじゃねえ!!」
「君・・・畑田幸次君・・・自己欺瞞をやめよう・・・」
あいつの言葉に耳を傾けたのは失敗だった。ここのプールで起きたことを思い出した。
僕は泣き出した。
「寂しいだろが・・・安心して、君はこれからもずっと独りじゃない・・・」
「嫌だ・・・やめろ・・・嫌だ・・・」
「さようなら・・・」
あいつ、大嫌いなあいつがそう言った直後、何かをつぶやき、僕は強い光の中に引っ張られた。
そこで僕の意識が切れた。
保谷むつみはぽたぽたさんこと畑田幸次が成仏していくのを見守った。
「終わりました、お嬢様?」
「終わったよ・・・長かった・・・」
「悪霊化前なのに、行動範囲が広く、尚かつ凶暴な幽霊はそういないですからね。」
「1か月半・・・時間かかり過ぎたわ・・・」
「仕方ないことです・・・児童の霊は厄介ですからね・・・お嬢様、次の依頼がきております・・・申し訳ございませんが、小学生の装いは今回で終わりです。」
「わかった・・・今度はどこ?・・・教えて、松元君?」
「神奈川県横浜市中区です・・・嫉妬深い恋人に殺された女性の幽霊が人を殺めはじめているようです。」
「悪霊化済みか?」
「はい・・・そのようです」
「では行こう・・・」
保谷むつみの外見はガリガリな小学生から二十歳の女性の外見へ変貌した。
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