八.輪郭
外の空気はサウナのように蒸し暑く、持っている服の中でいちばん涼しげなものを着てきたはずなのだが、汗で張り付いてしまっていた。
「やっぱりこの公園だった。」
MEを使ってみた世界に覚えがあった私は市内にある公園に来ていた。ここは全国的にも有名な自然公園である。緑が生い茂る広い公園の一角に紫陽花のコーナーがある。私はこの紫陽花が好きで、よく公園に来ていたのであった。学生時代に来たのが最後であったが、赤と青の紫陽花がきれいに分かれており、美しい花のかおりを感じていた。気のせいかもしれないが、MEで見た公園よりも少しばかり木々の背丈が高くなったように感じた。すべてプログラムしている都合上難しいのかもしれない。よく考えるとこのリアリティは世界にも誇るべき技術なんじゃないかと思い、喜ばしい気持ちになった。ⅤRが流行ったころは
〝バーチャル世界に自分が入った〟という感覚であったが、MEの世界は明らかに現実である。日本だけでとどめておくのはもったいないが、社長の意向なのでここは仕方ないのか。それとも何か理由があるのだろうか。深く考えず公園を後にした。最近は家の中にこもりきりが多かったので、いい気分転換になった。たとえMEの記憶がリアルだとは言え、現実に勝るものはないのだと改めて実感した。また、一部の要素だけ導入しないことで外に行く機会、リアルの大切さを伝え、このMEをしっかりと広めた社長のすごさに改めて感動した。
帰宅すると、PCに一通のメールが入っていた。
「新しい仕事を頼みたい。十八時にミーティングできるかな。」
社長からだった。新しい仕事とは何だろうか。ふと時計を見ると十八時まではまだあと三十分ほどある。
「承知いたしました。よろしくお願いいたします。」
私はすぐに返事をして冷蔵庫にあったサンドイッチを頬張った。インスタントコーヒーの瓶を開け、ティースプーン一杯の粉をぬるま湯で溶かす。うん、不味い。一気に飲み干した私はパソコンを開き、会議のリンクに入った。
「休みのところ申し訳ないね。」
すでに待機してた社長が開口一番、私にそういった。
「いえ、とんでもないです。珍しいですね、急なミーティングなんて。」
世の中的にサービス残業や休日出勤に厳しくなってきており、何か言えば強要と取られ、各地で多数の裁判が起こった。昔はあった二十四時間営業のコンビニや、全日営業している飲食店なども無くなり、平日のみしか働いてはいけない法律が作られていた。まあ、これも対象となる企業はある程度大きな企業に絞られるため、中小企業やベンチャー企業ではいまだに休日に働くこともあるのだが。私個人としては、仕事以外にやることもないので、その点はあまりストレスに感じていなかった。
「実は君に、新しいメモラーの面接をお願いしたくて。」
急な依頼に困惑をしていると、社長が続けた。
「いや、面接といっても人材を見極めてほしいという頼みではないんだ。身長、年齢、住所、経歴といった一般的なもののヒアリングと、この質問だけしてほしくて。」
「え、それってどういう…」
「この質問に、はい。と答えた人だけを採用したい。」
「え、はいと答えた人でいいんですか。」
「そう、この経験がある人だけを採用したいんだ。」
「か、かしこまりました。」
「よろしく。該当者が決まったら採用するから教えてほしい。」
私は社長の提示してきた質問の意図は全くわからなかったが、その面接を対応することにした。採用人数は一名のみとのことだ。本当に自分はこの会社に入れて運がよかったなと思う。最初に入ったときは新進気鋭のベンチャー企業で、社長と竹内さんのみだったが、今や日本中で知られる有名企業だ。社長と、その下で働いている竹内さんお陰でしかないが、改めてお二人の偉大さを実感した。
面接は奇跡的に一回で終わった。たまたま、初回に面接をした方が採用条件に合致する方であった。これから面接三昧だぞ!と意気込んでいたつもりだったが、すぐに終わってしまい拍子抜けしていた。まあ、仕事は早く終わらせるに越したことはない。時計を見るともう十六時前であった。社長に報告せねば。スマートフォンを取り出し、社長へ電話をかける。
「社長、応募者の中で条件に合致する方が見つかりました。意外とすぐ見るかるもんなんですね。」
「そうか、ありがとう。採用者に連絡をしておいてくれ。」
「承知いたしました。来月頭から来てもらうようにします。」
私は採用となった方にご連絡をする。たしか、採用の通知はメモラーの責任者、竹内さんの名前にしないといけなかったはずだ。
「市村様
お世話になっております。株式会社メモリアルの竹内と申します。
先日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
採用ですすめたく、ご連絡です。
初日の勤務に関しては、七月一日。九時からとさせていただければと思います。
ご確認の程、よろしくお願いいたします。
株式会社メモリアル
竹内 悠」
よし、文章はちゃんと作った。———といってもコピペだが———あとはこれを送信するだけであるが、なんとなく面接当日にメールをするのは気が引ける。明日の十七時に送信予定を設定し、パソコンを閉じた。会社に新しい仲間が増えることはいいことである。ただ、あの市村君という子、ちょっと変だったけど大丈夫なのだろうか。おかしいというかなんというか…。ただ、それでいうと竹内さん以外のメモラーの二人もちょっと変わっているから、プログラマーには変な人が多いのかもしれないとも思った。オンラインでの面接と実際の人物はちょっと違って見えることもあるので、当日を楽しみに待つことにした。