七.萌芽
バァァァァン
「あれ?いたんだ。みえなかったわあ」
ウラタが教室の隅にある掃除用のロッカーまで吹き飛んだ。教室中に大きな音が響くが、それを気に留めるものはこの教室にはいない。
「ごみはソウジしないとなあ。ほら、ちょうどゴミバコも近くにあるぜ。なあ、ハルカ。」
クラスで覇権を握っているのは仲間からハルカと呼ばれているこの男だ。成績優秀、スポーツ万能、父親が開業医といった典型的なカースト上位の人間である。
「はー。ぶつかってストレスだわー。ストレスがたまると何か食いたくなっちまうんだよな。ほらウラタ、ちょうどいい時間だから昼飯買ってきてくれよ。」
笑いながら伝えるハルカにウラタがか細い声で返事をする。
「もうそういって毎日買わせてるじゃないか…。そろそろお小遣いも…。」
「うるせえよ!金がねえなら盗んでこればいいだけだろ?」
豹変した彼におびえながらウラタは走って教室を出て行った。俺はそれを遠目で見ているだけだった。
「あれ、君さ、ウラタくんのともだちだよね?」
彼が振り向きながらこちらに視線を向ける。
「いや、別に友達とかでは…」
「そりゃそっかあ!あんなごみと友達なわけないよね!だって君は俺たちと友達だもんねえ!」
舞台役者ばりの声量で嘲笑った後、パンを抱えて帰ってきたウラタに声をかける・
「あのさア、木尾くんも俺たちの友達なんだけど、何で買ってきてねえの?」
「え?あ。だって…」
「ごちゃごちゃうるせえよ!」
パンを抱えるために組んでいる腕の交わっている部分を彼は蹴りぬく。ラップに包まれたパンが宙を舞い、地面へ着地する。
「あーあ、もったいねー。それ、お前が食うんだよな?学食行こうぜ。」
彼は取り巻きを引き連れ、教室を出て行った。
「ショウタ、大丈夫だった?」
ウラタは明らかに埃まみれな体で俺に問いかけてくる。
「あ、いや、俺は…。」
「よかった、なにもされてないんだね。あーあ、パンもったいないなあ、おいしいのに。」
たった今眼前で繰り広げられていたものは悪い夢だったのかと思うほど平然とした態度に言葉を失う。足元にはパンが散らばっている。これは夢なんかではない。何もできず、長いものに巻かれてしまう自分に嫌気がさす。
「ほんと、気にしなくていいからね。俺もショウタの立場だったら絶対そうするし、ほかの人に飛び火してほしくないからさ。」
こう平然と話しかけてくるウラタにまたしても嫌悪感を覚えてしまう。こいつは先を見ていて、こんなちっぽけなこと気にも留めてないんだろう。自分の小ささに腹が立つ。ウラタは将来、大きな男になるんだろうな。俺はそんなことを考えながらパンを拾った。この最後の焼きそばパンの味は一生忘れることはないと思った。