四.記憶
発表当時、MEの普及によって快楽が飽和し、家から出ない人が続出するのではないかという心配の意見もかなり見られた。だが、その心配は杞憂に終わった。そこにはメモリアル社の戦略があったのだが、MEで提供しないジャンルとして『恋愛』を設定していることが大きく関わっている。メモリアル社は唯一体験できないジャンルとして、恋愛を上げていた。これは単にアダルト的要素が難しいというものではなく、異性間(多様性の時代だが、ここは分かり易く異性間とさせてくれ。)での色恋もすべて提供しないと明言している。これは、社長、木尾さんの言葉だが
「記憶とは脳に刻まれている印であり、それは過去である。ただ、人間は生きている。人と人が交わることこそが本懐であることを忘れてはいけない。」
というものが大きく関わっていると思う。結果、この取り組みは大きな効果をもたらしており、ME中毒で現実と区別がつかない人間の発生は驚異のゼロ名であり、全国的な出生率の向上、自殺率の低下とMEはただのエンターテインメントから、社会になくてはならないものになっていった。私はその完全性に少しばかり疑問を持っていた。現実的にあり得るのか。ただ実際、MEはそのメリットこそあれ、デメリットは全くと言っていいほどない代物だった。最初はメモリアル社への就職に反対していた両親も今では手の平を返したようにやさしく声をかけてくる。これもMEの効果だというのであれば私も恩恵を受けているな。と小さく笑った。この会社は今後世界を大きく変えるだろう。そう自分に言い聞かせつつ、メモラーの竹内さんに連絡を取った。
「竹内さん。次回のバンジージャンプの記憶、完成しそうですか。」
「はい、もう少しで完成します。」
いつもみたいにメッセージの送信から三分もしない間に返信が来た。竹内さんはいつもレスが早くて非常に助かる。メモラーというのは、メモリアル社で販売している記憶をプログラミングする仕事をするプログラマーの方をさす。記憶を作る人だからメモラー。マヨラーみたいで語感もよくて覚えやすい。悪の組織の手下みたいな感じも多少あるが、プログラマーはそういうのを好む方が多いのか、かなり気に入ってもらっている。竹内さんもその一人だ。竹内さんはメモリアル社創設からいる立ち上げメンバーでかなり仕事が早い。ある程度テンプレート化されている記憶の作成作業もほぼ竹内さん一人の功績といっても過言ではない。この数年でかなり太ったように見えるので給与はかなりもらっているんだろうが、それでも体調を崩さないか心配になるくらいハードだと思う。もともと、社長と二人でメモラー業務を行っていたが、社長がメディア出演などで忙しくなり、竹内さん一人で作っている時期がかなり長かった。あの時期はMEが一番ブームを起こしていたし、社長には何度もメモラーを増やすよう提案したが、その提案が受け入れられることはなかった。もっとも、今は竹内さんのほかに、井野くんに鷹田さんがメモラーとして働いてくれているのでかなり楽になったとは思うが。それにしても、井野くんはちょっと太ったかな?鷹田さんは逆にかなり痩せている気がする。プログラマーにあこがれた時期もあったけど大変な仕事なんだろうな、としみじみ思う。私はこの三人のおかげで、会社で働けているので、この感謝は忘れないように生きようと思う。
「夢野くん、この商品の広告作成をお願いできるかな?」
社長から声がかかった。
「え、これって・・・」
「うちの新商品だ。面白そうだろう?」
こんなものが世に出回っていいのか。それ以上は深く考えず、小さく返事をした。