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9 秋

 今年の夏も暑かった。最近は猛暑が普通の夏になっている。

 沙菜は無事猛暑を乗り越えた様だ。

 最近はクラスメイトの女子たちと楽しそうに話をしているのをよく見かける。

 彼女がどんどんきれいに魅力的になって行くので、洋太は沙菜に声をかけづらくなっている。

 沙菜と話していると他の男子の視線も刺さる。


 一方沙菜は、洋太のそういう気持ちなど全く気付いていない様で、以前より積極的に話しかけて来る。

「ねえ、聞いてもいい?」

 沙菜は教室で洋太に話しかけて来た。

「うん」

 周囲からのうらやましいぞ光線が洋太に注がれる。

「カニのお祭りがあるの?」

「うーん。お祭りと言うか、秋は名物のカニが旬を迎えるから、カニ料理でお客さんをふるまおうというシーズン」

「おいしそう」

「おいしいよ」

「洋太君は毎年カニを食べてるの?」

「まあ、残りものをちょっとだけ」

「いいなー」

「洋太、やっぱりそうなんだ。羨ましいぞ」

 クラスメイトの男子が横から割り込んできた。

「だから、ほんとに、ちょっとだけだよ。残り物なんて滅多に出ないから」

「ふーん」

 周りのクラスメイト達は洋太にジトっとした視線を送ってくる。

「ま、まあそういうことだから。おれ、トイレ」

 そう言うと洋太は席を立って教室を出て行った。胃が痛くなりそうだ。


 秋は名物のカニが旬を迎え、ふんだんに湧き出る高温の温泉で蒸しあげたカニ料理などが食べられる。

 一年で最もきれいになる夕焼けとともにカニ料理を楽しむことができるのが売りだ。

 この時期は、洋太の父が経営する温泉旅館も予約でいっぱいになる。

 当然洋太も駆り出され、学校から帰って旅館の手伝いをしている。

 

 夜に温泉街がライトアップされることもあり、昔ながらの風情の残る温泉街を散策するのも人気だ。  

 今年は洋太も照明の飾りつけ要員として声をかけられて、手伝いをした。


            ◆


「ねえ、洋太君」

 教室でまた沙菜が声をかけて来る。

「カニのお祭りの時ってイルミネーションもあるの?」

「あるよ。飾りつけ手伝った」

「ふうん。きれいだろうね」

「まあ、古い温泉街がちょっといい雰囲気になると思う」

「そっかー」

 さっきから沙菜の視線が刺さる。

「見てみたいなー」

「ああ、お母さんと行ってきたら?」

「どうしてお母さんとなの」

「俺、夜は家の手伝いがあるから。親父が腰を悪くしてるのもあって」

「そっか」


「じゃあ、俺と行かない?」

 近くで話を聞いていたらしい男子が沙菜に声をかけて来た。

「え? ああ、大丈夫」

 沙菜はその場でつれない返事を返した。

 声をかけた男子は、洋太と沙菜を交互に見て、あきらめて立ち去った。

 洋太はなんだか彼が気の毒だった。


「そう言えば、夏、無事乗り切れた?」

「うん。大丈夫だった。どころじゃなくて、肌がきれいになって来てる」

「そうなんだ。よかった」

 洋太はほっとして、優しく微笑んだ。

 それを見た沙菜は慌てたようにして、

「あ、うん。また、いろいろ教えてね」

 と言って話を切ってしまった。

 洋太はぽかんとするだけだった。


            ◆


 いけない、いけない。

 彼のあの笑顔は危険。私には破壊力がありすぎる。

 こんなんじゃ、イルミネーションを一緒に見に行くとか無理だ。

 今年は彼の言った通りお母さんと行くことにしようかな。

 そんなことを考えながら沙菜は校門の前の坂を歩いていた。


「沙菜ちゃん、偶然」

 みのりが沙菜に話しかけた。

「みのりちゃん……」

 二人は並んだまましばらく黙って歩いていた。

 そうだ、と沙菜は思いついてみのりに言った。

「イルミネーション。見に行きたいんだけど、一緒に行かない?」

「え? 私と?」

「うん。初めてだから行きたいんだけど、一緒に行く人が居なくて」

「洋太は?」

「あ、か、れも夜は旅館の手伝いだって」

「ふうん。一応確認はしてるんだ」

「あ、ごめんなさい」

「いいの、いいの」

 みのりは少し考えこんだ。

「私の友達の唯と3人になると思うけど、それでもいい?」

「うん。ありがとう」

 それから、二人はカニのお祭り事を話しながら歩いた。


            ◆


 土曜日の夕方、沙菜は茜色に染まった温泉街を歩いていた。

 夕日が海に照らされて町が真っ赤になっている。

 道路の向こう側にみのりを見つけた。隣にいるもう一人がみのりの友達の様だ。

 沙菜はみのりに手を振って横断歩道を渡るとと、「お待たせ」と声をかけた。

「こんにちは。みのりの親友の唯です」

「初めまして、沙菜です」

 少し緊張する。

「じゃあ、とりあえず行こっか」

 みのりが言った。

「うん」

「沙菜ちゃんさ、あ、名前呼びでいい?」

 唯が話し始めた。

「はい」

「うん。ありがとう。でさ、ここのカニは食べたこと無いんでしょう?」

「ないです」

 唯とみのりは顔を見合わせた。

「じゃあさ、蒸し蟹食べようよ」

「蒸し蟹?」

「そ、カニを温泉の湯気で蒸したやつ。名物なんだ」

「おいしそう」

「でしょ」

「私たちも食べるの久しぶりだから」


 店の方に向かって行くと蒸し釜からしきりに湯気が上がっている。

 ここでカニを蒸す様だ。

 高校生の身分では贅沢はできないので、3人で割り勘にしてカニを一杯頼んだ。

 釜蒸のせいなのかとても味が濃厚で 本当に美味しかった。

 3人とも無言でカニを食べた。


 店を出ると、もう夕焼けではなく、空も海も濃い藍色だった。

 イルミネーションはすでに始まっていて、古い温泉街をロマンチックに見せていた。

「きれい」

 3人はいつもとは違う雰囲気の温泉街をうっとりしながら歩いた。

「こんなに雰囲気が良くなるんだ」

 みのりがイルミネーションを見上げながら言った。

 沙菜と唯もつられてイルミネーションを見上げる。

(洋太君が飾りつけ手伝ったって言ってたな)

 沙菜には洋太が木の枝にライトを飾り付けている姿が見える様だった。

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