8 敵わない
洋太は落ちているごみをつまんでは袋に入れている。
今日は公園清掃ボランティアに参加している。
ごみは無いように見えて意外とあって、植栽の奥などに空き缶がある。
今日は午前中かけて清掃を行った。
終わってから、海岸の防波堤でペットボトルのお茶を買って口をつけた。
潮風が心地よい。
海はキラキラと太陽の光を反射している。
小さい頃から変わらないこの景色やっぱりいいものだ。
こんなに綺麗な景色があって、魚がおいしくて、良い温泉があるここは、いかんせん交通の便が悪い。
車が無ければバスかタクシーしか交通手段はない。
鉄道は半島の東側しか通っていないし。
などと考えているとみのりがやって来た。
「お疲れ様」
「お疲れ」
「みのりも公園清掃に参加してたのか」
「たまにはね」
「そっか」
洋太は海を見ながら気のない返事をした。
「洋太は、旅館を継ぐの?」
「そのつもり」
「みのりは?」
「美容師になりたいの」
「じゃあ、学校行くんだ」
「うん」
「ほかのやつらもここから出てくんだろうな」
「……」
温泉地として、観光くらいしか産業はないのだから。
「いや、他意はないよ。俺はラッキーなんだから。実家が温泉宿なんて」
みのりの視線に気が付いて、洋太は言った。
「そう。だね」
「もう戻んなきゃ。じゃ、またな」
そうしてごみ袋をつかむと洋太は歩き出した。
みのりはその後姿をただ見つめていた。
その後、みのりが見た感じでは学校での洋太は普段と変わらない様だった。
小田さんと仲良さそうなのも変わらない。
どうして二人は引かれ合っているのだろう。
そう言えば、彼女は以前と雰囲気が変わった。明るくなっていると思う。
おまけに都会育ちでどこかあか抜けている。
周囲の男子も彼女の事が気になっているようで、ちらちらと視線を飛ばしている。
体育の授業で小田さんとは一緒になるけれど、彼女はいつも見学している。
今は授業でバスケットの試合をしていて、みのりは試合の合間に勇気を出して声をかけてみることにした。
「横、座っていい?」
体育座りをしていた彼女はふっと顔を上げた。
みのりはあっ、と思った。
彼女は美人だ。
普段うつむきがちなので気が付かなかった。
「えっとー。小松……さん」
「私の事知ってるんだ」
「ああ、うん。中田君と仲がいい……人」
「洋太とは幼馴染なの」
「はい。知ってます」
沙菜は警戒している様だった。
「私、別に、喧嘩を売りに来たんじゃないの。少しお話が出来たらなーっと思って」
「私も洋太が好き……なんだと最近気が付いたの。そして、気が付くきっかけが小田さんだったから」
「小田さんも、洋太の事が好きななのよね? と言うか、少なくとも気になってる」
「やっぱり、ばれてますよね」
「うん」
「……」
「いいな」
「え?」
「名前……」
このつぶやきはみのりにはよく聞こえなかった。
「小田さん、県外から来たんでしょう」
「そう」
「お父さんの仕事の関係?」
沙菜は首を横に振った。
「お父さんは今は一人で元の家に住んでます。私、生まれつき肌が弱くて。小さい頃から病院や温泉をたくさん回ってました。体育を休んでいるのも汗が肌に良くないから、です」
「……」
「それで、人づてでここの温泉の話を聞いて、来てみたら、すごく肌に合ってて、もう最後のチャンスと思って湯治に来てるんです」
「そうだったの。それでいい方には向かってるの?」
「はい。徐々にですが」
「ね、同い年だから、ため口で大丈夫だよ」
「はい。あ、じゃあ」
「そっかー。そう言う事情かー。大変だ」
「まあ、でも、ここに来てからはずいぶん調子がいいの」
「よかった。ここの温泉が役に立ってる」
「大助かり」
そう言って沙菜は微笑んだ。
あー。なるほど。これは破壊力ある。
本人、気が付いてないんだろうなー。
「ねえ、私と友達になってくれたりとかって無理かな」
「いいの?」
「うん。私さ、美容師になりたいんだけど、都会の学校に行くつもりだから街の情報教えて」
「いいよ」
「あと、名前で呼んで、私はみのり」
「私は沙菜」
「ああ、おしゃれな名前。羨ましい」
「みのり、もかわいいと思うけど」
「そうかな」
「うん」
「あ、私の番が来たみたい。じゃ、また」
そう言って沙菜に向かって手を振ってから走り出した。
「うん、また」
沙菜は小さく手を振った。
◆
参った。
沙菜は良い人だった。
体育館で話しかけて以来、話す機会が増えて分かった。
しかも肌の疾患を抱えて、お父さんを残して母親と湯治に来ているという。
いわゆる薄幸の美女と言っても良い。
はー。
みのりは思わずため息をついた。
授業中だったので、先生に怒られた。
その左斜め後ろの席で唯が口を押えて笑いをこらえている。
「みのりさん。悩み事がおありのようですな」
昼休みにお弁当を食べ終わると唯が話しかけて来た。
「そうよ」
「授業中にため息つくほどの悩みがおありとは。ひとつ、わたくしめが相談に乗りましょう」
「いい」
「ちょっとちょっとー。せっかく人が親切で言ってるのに」
「茶化してるだけでしょ。もしくは楽しんでる」
「ばれたか」
唯はペロッと下を出した。
「何があったの?」
今度はまじめな顔で言った。
「小田さんの事を知れば知るほど、自分の心の小ささが見えて嫌になる」
「そんなにいい人なの?」
「というか、苦労人と言った方が合ってるかな」
「そうなんだ」
「参ったー」
そう言ってみのりは机に突っ伏した。