7 父と母と私
夏休みに入り、洋太は明け方に時々釣りをしている。
この海に面した温泉地は魚が良く釣れる。
今日もバケツの中で何匹も釣れた魚が泳いでいる。
夜が明けて来た。
洋太は忙しくなる前に旅館に戻った。
厨房では朝食の用意が始まっており、食器を並べたりする音がカチャカチャと響いていた。
洋太も作務衣に着替えて、加勢に入った。
父親の腰の調子が悪く、最近は洋太が加勢に入る頻度は高い。
そのうちに小田さんのお母さんも出勤してきた。
彼女と簡単に朝の挨拶を交わして、洋太はお膳を出したり引っ込めたり忙しく過ごした。
朝食が終わるとぼちぼちチェックアウトするお客が出始める。
洋太は受付に入って、見送りをする。大体、10時半頃に一段落となる。
洋太が奥で水分補給をしていると、小田さんのお母さんが洋太に声をかけて来た。
近々、小田さんの父親がやって来るそうだ。
それで、滞在中に釣りをしたいそうだが、どこが良く釣れるのか尋ねられた。
洋太は、港にある波止を推薦した。実際自分も良く行くし、良く釣れる。
小田さんのお母さんは礼を言って戻って行こうとしたところで、洋太は今日の釣果を思い出し、良ければ持って帰ってほしいと言ったところ、喜んで持って帰ってくれるとの事だった。
帰りに渡す約束をして、そのまま、小田さんのお母さんは仕事に戻って行った。
◆
今日の夕食はアジのお刺身だった。
「今日のお魚、中田君にもらったのよ」
「え、そうなの? 釣りするんだ」
「結構上手みたいよ。たくさん釣ってたから」
「へー」
「それでねお父さんが釣りが好きだから、よく釣れる所教えてもらったの」
「お父さん、喜ぶね」
「以前来たときは、そんな余裕なかったから」
「そう、だね」
「ここへ来てよかったわ」
母はしみじみと言った。
お盆をはさんで、父はやって来た。
沙菜の顔を見るなり、肌がきれいになってる。と、とても喜んだ。
久しぶりに家族で団らんとなったが、沙菜がよくおしゃべりするようになった事も父は喜んだ。
父は本当に嬉しそうだった。
沙菜も父が喜んでいる姿を見れて嬉しかった。
その翌々日、父は朝早くに釣りに出かけ、たくさんの魚を釣って帰って来た。
とにかく良く釣れるらしかった。
父はホクホク顔だった。
釣りをしているときに、隣に高校生くらいの男の子が居たそうだ。
話を聞くと旅館の息子らしく、将来は後を継ごうと考えていると話していたそうだ。
私はは父の話を聞きながら、思わずにやけてしまう。
「……。 その、知ってる人? なのかな?」
「え? ああ、うん。多分……。中田君だと思う」
「中田君?」
「うん、クラスメイトだよ。お母さんが働いている旅館の息子。時々魚のおすそ分けをもらってる。ほら、釣りの穴場も中田君にお母さんが聞いたんだって」
「そうか、彼にはお世話になってたんだ。お礼を言いたいな」
◆
休みはあっという間に過ぎて沙菜の父が帰る日になった。
今日は夕方に車で母を迎えに行き、旅館の人に挨拶をして帰ることにしたそうだ。
沙菜も一緒に行くことにした。
沙菜は登校日以来洋太と会えると思うとワクワクした。
そんな娘を父はちらりと見たが、その視線に沙菜は気が付かなかった。
すぐに旅館に着いた、車だとあっという間だ。
沙菜は父と二人で旅館の入り口まで行き、声をかけた。
出てきたのは洋太だった。
「洋太君」
洋太はちょっと驚いた様だったが、「よう」と返事をした。
私は父を紹介した。
「あ、この前の」
「家族がお世話になっております」
「とんでもありません。丁寧にありがとうございます」
「お母さんのお迎えだよね」
そう言うと洋太は奥へ引っ込んで行った。
沙菜は奥へ歩いて行く洋太の背中をずっと見ていた。
そんな娘の姿を見て沙菜の父は「ふうん」とつぶやいた。
沙菜の母が奥から出て来た。
洋太は出てこなかったので沙菜はがっかりした。
車の後部座席に乗り込み、車が出ようとしたところで、洋太は現れた。
頭を下げて、その後手を振っている。
沙菜も後部座席から手を振り返した。
そんな娘の様子を母は助手席から振り返って、父はルームミラー越しに見ていた。
そして二人は目配せして、
『そう言う事だよね?』
『そう言う事よ』
夫婦は口パクで確認をした。
夢中の沙菜はその様子に全く気が付いていない。
沙菜の父はアパートの前で沙菜と母を降ろすと、母を見て、そして沙菜を見て言った。
「その、がんばれよ」
「あ、うん。がんばる」
プー。
沙菜の母は噴き出した。
「お母さん何が可笑しいの」
「何でもない、何でもない」
「もう……。お父さん、気を付けて帰ってね」
「うん」
「沙菜」
ちょっとむくれている沙菜に父は話しかけた。
「なあに」
「元気になったんだな。お父さんも頑張るよ。それじゃ」
そう言うと父は車を出した。
「もう、お父さんもお母さんも変だよ」
「そうかな。普通の反応だと思うけどな」
「どういうこと?」
「だって、沙菜、中田君の事好きなんでしょ」
「え? え?」
「いくら何でもわかるわよ」
「じゃあ、さっきのがんばれは」
「そういうこと」
「バレバレ……」
「ですね」
「お父さんも彼の事気に入ったみたいだったし」
「お母さんも応援してるから」
母はそう言うと突然涙ぐんだ。
「どうしたの」
「だって、沙菜とこんな話ができる日が来るなんて。お母さん、嬉しくて」
涙があふれる母の姿を見て沙菜は思った。
ああ、両親には本当につらい思いをさせていたんだ。と。
沙菜は決心した。
私は絶対に病気を克服する!