6 沙菜
正直に言います。私は中田洋太に恋している。と、思う。
なぜ断言しないのか、この気持ちが恋だとしても、初めてなので本当にそうなのか分からないから。
でも、彼と一緒にいるとドキドキする。
この気持ちは彼にはばれていないと思う。
中田君は、教室でちょくちょく話しかけてくれる。
そのせいで、クラスの人から時々冷やかされる。恥ずかしいけど、嬉しい。
私はいつから彼の事を好きになったのかよくわからない。
好きと気が付いたのは小松さんが教室に来て中田くんを一緒に帰ろうと誘っているのをみてモヤモヤした時だ。その後、彼女と彼が二人で帰っている姿を見てまたモヤモヤした。
彼は特にハンサムではないと思うけれど、旅館の手伝いをしているせいか人あたりが柔らかくて、彼と話すととても心地良く感じる。
彼は私を不快な気分にさせないから安心して話が出来る。
そんな人は彼が初めて。
気が付くと私は彼の事を目で探している。
あと、気になる人がもう一人。小松みのりさん。
クラスは違うけれどこの人は彼ととても距離が近い人。
彼と小松さんが話しているのを見るとモヤモヤする。
聞いたところ、幼馴染らしい。ちょっと悔しい。
この温泉地へ来て、本当に良かった。
これまで、お父さん、お母さんには肌のことで迷惑をかけっぱなしだった。
ここのお湯は本当に私に合っている。
初めてお湯に浸かった時には数分で湯あたりしそうになったけれど。
あの、どうしようもないかゆみから解放されつつある。幸せだ。
お母さんは中田君のお父さんが経営している旅館で働いている。
おかげで彼の情報がちょいちょい耳にはいる。
旅館の手伝いをよくしているらしい。
お母さんの評価も高い。ふふん。
ここは魚が良く取れるらしくて、食卓には魚が出ることが多くなった。
新鮮な魚はこんなにおいしいものかと感心している。
お母さんは魚をさばくのがだいぶ上達した。
最初はささくれたお刺身だったけど、いまはきれいに切られてる。
私は魚が大好きになった。
最近はお母さんと会話が増えた。
転校して来て気分が良いことが増えたせいかな。
そうしてついつい中田君の事を話してしまう。
いけないいけない。お母さんに彼への思いがばれてしまう。注意しなきゃ。
今日、本田唯と言う人が体育の時間に見学している私の所にやって来た。
小松みのりさんの親友だと言っていた。
中田君の事をどう思っているのかと聞かれた。
『彼の事が好きです』
なんて面と向かって言えるわけない。
話しやすい人とか何とか言ってごまかした。
嘘はついていない。
向こうは不服そうだったけどね。
それにしても、自分がこんなに人とコミュニケーションをとるようになるとは思わなかった。
いままでは、顔の肌がボロボロのせいで、人と話すのはおっくうだったのに。
今は、顔の状態はずいぶん良くなって来ている。
転校してすぐのお祭りは楽しかった。ちょっとだけだったけど中田君と一緒に過ごした。
当時は意識していなかったけど、今思うと貴重な時間だった。
最初は行きたくなくて、お母さんにずいぶん説得された。
だけど中田君もその場にいたから、困らせるのも悪いと思ってしぶしぶ出かけた。
アイスクリームの屋台があって、買って食べた。おいしかった。
アイスクリームは大好物だ。普段は控えているけど。
あと、中田君はとても紳士的だった。あまりおしゃべりでないところも好印象。
翌日はクラスで中田君が女の子と歩いていたと噂になっていた。
10分ほどの事なのに。
ここの世間はかなり狭いみたいだ。
顔を隠していて正解だ。
中田君は知り合いの娘さんとか言ってごまかしていた。
まあ、嘘じゃないわね。
意地悪して、
『一緒に歩いていたのは私です』
と白状してたら中田君はどうしただろう。ふふ。
共同浴場は安くて湯治するにはこれ以上ない環境。
建物は古くて、長年使われてきた事が分かる。
そもそも温泉自体が相当に古いみたい。
お湯に浸かるとぽかぽかして、それが上がってからも長続きする。
そして、湯上りには肌がしっとりする。
私の肌は少しずつ状態が良くなってくるのが実感できる。ああ、嬉しい。
そして、顔の状態がかなり良くなっている。泣きそうだ。
私はこれまで、肌のせいでいろいろと我慢してきた。
だから我慢は慣れている。はず。
だけれど、今回は気持ちに蓋が出来ない。
だって、毎日教室で顔を合わせて、彼と話すのが楽しすぎるんだもん。
顔の状態だってきれいになって来たんだから。
ある日、高校の門を出ると、彼と小松さんが二人で歩いているのが見えた。
私はモヤモヤする気持ちを抱きながら、距離を置いて二人の後を歩いた。
やがて、小松さんはどこかへ行った。
私は彼に声をかけた。
彼は振り向くとちょっと顔が曇ったけど、すぐに元に戻った。
彼は私の肌の事を心配してくれていた。
嬉しかった。
夏は肌に良くない季節という事も話した。彼には知っていて欲しい。
彼は優しくて。胸がキュンとなった。
二人で歩いて下校するのは初めてだ。ドキドキする。
そして、私はある事を思いついた。
それを実行できるのは次はいつになるか分からない。
だから、即実行する。
彼の事を
「洋太君」
と呼んだ。
彼は、驚いた顔をしていた。
その彼に手を振って別れた。
心臓がドキドキドキドキする。
私は頑張りました。