5 気が付いちゃった
みのりは唯と教室で向かい合わせになってお弁当を食べている。
(どうしようか)
みのりは唯に相談したい事がある。
上目遣いになっている目線に気が付いて唯が言った。
「どうかしたの?」
「え? 別に」
「絶対何かあるでしょ」
「う、その」
「何よ、さっさと言いなさいよ」
唯にはお見通しだ。
みのりは覚悟を決めて、洋太への自分の気持ちの変化について話した。
「なーんだ」
「え? どういう事」
「それ、やっと気づいたって事でしょ」
「ん?」
「だーかーら」
「みのりさ、中田君の事、気になってるんでしょ」
「いや、気になってるって言うか」
「だーかーら。小田さんと中田君が仲良くしてるのが気になってるんでしょ」
みのりはハッとした。
「……」
「やっとか」
唯は小声でつぶやいた。
「何か言った?」
「なんでもないよ」
「私、どうすればいいのかな」
「そんなこと、私に言われても。みのりはどうしたいの?」
「え? それが、わからない……」
「はぁ。なんだ」
唯はまた小声で言った。
「ねえ、お祭りの時私が言った事覚えてる」
「お祭りの時?」
「そっ。まずはそこからでしょ」
「状況確認?」
「そっ」
「それはしたよ」
「で?」
「付き合ってはいないって、洋太本人から聞いた」
「じゃあ、後はみのりの気持ち次第じゃないの?」
唯は最後のおかずを口に放り込むと、お弁当箱の蓋を閉じてハンカチで結び始めた。みのりはしばらく自分のお弁当箱を眺めていたが、ハッと何かに気がついてこちらも袋に包んでバックにしまった。
◆
私は、洋太の事が好き?
家に帰ってそのままベッドに倒れ込んだみのりは自分に問いかけてみた。
いままで、そんなことは意識したことが無い。
洋太だけでなく、誰に対しても。
それが、あの、転校してきた小田さんが現れて以来、状況が変わってしまった。
洋太と自分との間に彼女が入り込んでしまっている。
これまで、洋太とは快適に過ごしてきたのに、彼女が視界に入り込んできて、心がざわついている。
彼女の存在を不快に感じている。
現状は私よりも彼女の方が洋太にとって近しい人なのかもしれない。きっとそうだ。
そうか、私はそれが嫌なんだ。
ああ、嫌だ。
気が付かなければよかったのに。
彼女が現れなければよかったのに。
もう、気が付いてしまった。
苦しい。どうしたらいいの。
彼女に対して嫌悪感を抱いているそんな私も嫌だ。
◆
「よっ。おはよう」
翌朝、高校へ続く坂を歩いていると唯が後ろから声をかけて来た。
「寝てないの?」
みのりの顔を見て唯は怪訝そうに言った。
「うん」
「大変。思ってたより重症だった」
「自分でもびっくりしてる」
そう話している二人の横を洋太と彼女が通り過ぎる。
二人は何か楽しそうに話をしている。
みのりはその二人の背中をじっと見ている。
「みのり?」
「あ、ごめん」
みのりの目から涙がこぼれた。
「みのり、行こ」
唯はみのりの肩を抱いて、歩き始めた。
その日の夕方、唯とみのりは海岸の公園に居た。
今日唯はずっとみのりのそばにいた。
唯としてはとてもみのりを放っておけなかった。
「私、どうしたらいいの。苦しい」
みのりはそう言って海を見ながら涙を流している。
唯はそんなみのりの肩を抱いている。
太陽がの光が海に反射してキラキラと輝いている。今日はいつもより夕日の色が濃い。
「私さ、みのりは中田君のこと好きなんだろうなってずっと思ってて、でも、いつまでも自覚が無いみたいでじれったかったんだ」
「それで、小田さんが現れていい機会かなってみのりをちょっとたきつけちゃったんだ。ごめんね」
唯の目から涙があふれた。
「ごめんね、みのり。辛い思いさせちゃって。ごめんね」
唯は肩を震わせて泣き出した。
みのりは首を横に振って、ただ泣いている。
「みのりー」
唯はみのりに抱き付いて泣き出した。
空も海も茜色に染まり、抱き合って泣いている二人のシルエットを映し出していた。
「唯のせいじゃないよ。小田さんが転校して来て、時間の問題だったと思う」
ひとしきり泣いた後、みのりと唯はベンチに座って話し始めた。
「でも」
そういう唯の声にみのりは首を振った。
「快適だったんだ。洋太との距離感が。それにあぐらをかいてたの」
「うん」
「小さい頃から知ってたから、特に力む必要もなくて、家族か親戚みたいに過ごしてた」
「……」
「そして、小田さんが現れて。洋太と仲良くなってるあの子の存在を不快に思ってるのは確か。それで、そういう風に思ってる自分も嫌」
「うん」
「ありがとうね。今日一緒に居てくれて。嬉しかった。唯は大切な友達だよ」
「みのり。私もみのりの事親友だと思ってる」
「うん。ありがとう」
そうしてみのりは立ち上がって唯に向かい、
「しょうがないね。人って」
と言った。
みのりはそうして泣きはらした顔で微笑んだ。唯には夕日に照らされたその笑顔が眩しく見えた。
「みのり」
「ん」
「今のみのり、すっごく綺麗だよ」
「そお。ありがとう」
「本当に、本当に綺麗だよ」
唯は目から涙をあふれさせながらそう言った。