32 思い
この前、若い頃のお義父さん、お義母さんが幼い洋太と共に洋太の夢に現れた話を聞いた。
その話を聞いて、亡くなったお義母さんが私と洋太の事を喜んでくれているんだと思えて嬉しかった。会ったことはないけれど、写真を見ると洋太に面影がある。それに気が付くと、なんだかお義母さんに見守ってもらえているような、それは不思議な感覚だけれども、ふんわりとした幸せを感じている。
私は先代の女将の足元にも及んでいないけれども、先代の着物を着ていると旅館の仲居さんたちは懐かしがって先代の事を教えてくれる。お義父さんと仲が良かったこと(私と洋太の様にとよく前置きが付く)。明るい人だったことなどなど。
私が初めて先代の着物を着て表に出た時は、仲居さんたちは先代かと思ってドキリとしたらしい。でも、よく見ると背格好が違うから、私だということはすぐに分かったそうだ。それでも先代が着ていた着物だけれども私によく似合っていると言ってくれた。正直、私は着物が自分に似合うかどうかは判断が付かないけれど、みんながそう言ってくれるので似合っているのかな。ふふ。
常連のお客さんにも、先代の着物を懐かしがる方がいる。先代は着物がよく似合う人だったみたい。先代の着物姿、見たかったなー。
私は若女将と呼ばれるようになって、先代の存在をはっきりと感じる様になった。仲居さんたちはまだまだひよっこの私にあれこれ教えてくれるし、ベテランの仲居さんは先代はこうしていましたよ。とさりげなくコツを教えてくれる。旅館の其処此処に先代の存在が感じられる。
ああ、先代。出来る事ならお会いしたいです。色々教えてほしいです。
洋太が言うには、私は先代と入れ替わる様に洋太の前に現れ、そして今、先代の後継ぎとして仕事をしているのが奇跡だって。最近気が付いたけれど、女将というのは仕事ではあるけれど、お役目な気がしている。そこに居ることが働いているみんなのやる気や安心に繋がる。お客様には安心と信頼を届ける。そして笑顔になってもらう。きっとそんな存在だ。
これまで、人前に出ることを拒んでいた私が先頭に立ってお客様と向き合わなければいけない。だから、日々緊張して過ごしている。洋太とお義父さんは遠くから近くからさり気なく見守ってくれていて、私がしんどそうにしているときは助けてくれる。失敗をして落ち込んでいるときにはそっとフォローしてくれる。落ち込んでいるときに洋太に優しい顔をされると、仕事中だけど抱き着きたくなる。まあ、そういう時は大抵周りの視線がねっとりとしているので踏みとどまるのだけど。
洋太のカフェ経営への道はまだまだ遠い。まあ、今は旅館の方で手一杯でカフェの事なんか考えてられないのが現実よね。でも、洋太のコーヒーはすごく美味しくなった。私の朝の楽しみ。
温泉街のイベントで旅館提供として無料で配ったコーヒーは評判はまずまずだったし、手伝ってくれたカフェのマスターは美味しいと言ってくれていた。
それから、これは先代からでもお義母さんからでもある話として、はい、わかっています。ただ、今は無理ですのでしばらく待っていてください。夫婦仲は良いので。あとは授かるかどうかの問題はありますが。
私の両親は私が健康になった事だけで満足だよ。って言うんだけど。ずっと苦労を掛けて来た両親に恩返しとしてしてあげたいと思っている。
洋太は午前中の慌ただしい時間が過ぎると旅館の中をあちこち飛び回って、一日中落ち着く時間がなさそうで体を壊さないか心配。時々古傷の足首も痛む時があるみたいでそれも心配。
彼は大丈夫だよって言うんだけど、やっぱり心配なものは心配。だって、夫婦の営みにも……。
はあ。
ついこの前高校を卒業したばかりでいろいろ出来る方がおかしいのだけど、何て未熟なんだろう。でも、もう後戻りは出来ないし、しないつもり。
先代が居てくれたらと何度も思ってしまうけれど、居ないものは仕方がない。会えないものは仕方がない。そう、先代が亡くなってから現れた私は洋太を好きになって、今ここに居る。それはもうそういう縁だと思うしかないもの。
私の人生をとてもきれいに染め上げている橘湾に沈む夕焼けは、きれいすぎてこれまでの私の苦しい思いが多かった過去のことすら美しく思える様に染め上げてしまう夕焼けの神様。きっと私はその神様に見込まれている(と思いたい)。
いや、そうでなくてどうしたらこんなに私の人生が急展開してしまったのかわからないわ。
洋太が事務所に入って来た。わかってはいるけどしょうがないじゃない大好きなんだものそういう表情になるわよ。一言二言言葉を交わしてしてすぐに出て行った。そろそろ私も表に戻らないといけない。
さ、頑張りますよ。わ・た・し。
今回で完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。m(__)m




