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31 小さな一歩

「今日も美味しい」

 有田焼のコーヒーカップで朝食後のコーヒーを飲みながら、沙菜が可愛く微笑みながら言った。毎朝の光景になったがたれ目になった沙菜は何度見ても見とれてしまう。

「コーヒー淹れるの上手になったね」

「ありがとう」

「ほんとに美味しい」

「まあ、豆もそれなりの使ってるから」

「ところでさあ」

「ん」

「旅館で出してるコーヒーが結構余ってるみたいなの。この前たまたまポットを片付けようとしたら結構残ってて」

「ああ、コーヒーメーカーで作ってるやつね」

「そう。せっかく出してるのにもったいないなーって」

「わかった。明日早出だから見ておくよ」

「お願い」


 翌朝、朝食のビュッフェの用意がされているところに置いてあるコーヒーのポットを見てみる。まあ、会社のオフィスにあるような見た目で、なんとなくおまけ的に出されている様に見える。

 コーヒーをコップに注いで飲んでみる。見た目以上に美味しくない。至急改善しないといけない。


 今日は早番だったので早めに仕事を上がることが出来る。事務所に残ってPCで検索してみると、洋太の知らないコーヒーの器具があることが分かった。

 大量のコーヒーを提供する器具はコーヒーアーンというものがあった。コーヒーの抽出と保温が一つでできる。見た目もおしゃれだ。アメリカのカフェなんかに置いてありそうだ。

 ただ、基本的に10リットル前後の大容量なので、この旅館で使うには大きすぎる。業務用の保温ポットの様なものはあるから見た目のいいものを探して後で沙菜に相談することにしてさらに検索を続ける。


 大量のコーヒーの淹れ方を調べてみる。

 豆を細挽きにして、大きな容器に粉を入れそのままお湯を注ぐやり方があるようだ。これなら特殊な道具も要らないし、作業も単純だ。

 あとは豆そのものを検討してみる。仕入れ先に連絡して、コーヒー粉のサンプルをいくつか持って来てもらう様に頼んだ。


            ◆


「どうかな」

 とりあえず今使っているコーヒー豆で調べた方法で500cc淹れてみる。

「うーん。いつも飲んでるのとは口当たりの感じが全然感じが違うわね。風味がなくて酸味が強い。かな?」

「うん。そうだねあんまり美味しくない。豆を変えるのはマストだね。それにしてもカフェを持ちたいって言う人間が、自分の所で出しているコーヒーに気が回ってなかった。情けない。沙菜に教えてもらって助かった。この前コンビニのコーヒー飲んだんだけど、結構おいしいんだよね。最低限コンビニくらいには美味しいものを提供したいな」

「楽しみ」

(うっ)

 沙菜のタレ目は破壊力が絶賛上昇中だ。


「話は変わるけど私、生け花を習いたいの」

「ああ、今は中居さんがやってくれてるもんね」

「そう。私もお花を生けれる様になりたい」

「うん。いいと思う」

「よかった」

 洋太は若女将の姿の沙菜が花を生けている様を想像してみた。ああ、いいなと素直に思う。


            ◆


 部屋のテーブルの上にはサンプルのコーヒーが並べてある。今日はこれから宿で提供するコーヒーをどれにするか決める。

 ステンレスのポットにコーヒーの粉を入れ、お湯を一気に注ぐと一気にコーヒーの匂いが立ち始めた。4分ほど待ってコーヒーが沈んだ所で浮いているコーヒーの泡や沈まなかった粉をすくってから、上澄みを他の容器に移す。

 少し待ってからコーヒーカップに入れて飲んでみる。

 ドリップとは違う味で、まろやかな口当たりがする。それを3、4種類分繰り返す。

 やはり仕入先から人気がありますよと言われた豆は美味しい。万人受けする風味をしている。仕入れ値も何とか手が出せそうなギリギリのところにある。とは言え、社長である父親に許可が必要だが。


            ◆


「ね。新しいコーヒー評判が良いみたいよ」

「ほんと?」

「うん。部屋までコーヒーを持って帰るお客さんが結構増えたし、時々お金を払うからコーヒーを下さいって言われるって仲居さんから言われた」

「やった」

 洋太にとってコーヒーに関する初の成功例になった。

「売る気はない?」

「うーん。残念ながらそこまでは手が回らないなぁ」

「そうだ。今度の温泉のイベントでコーヒーを出して見ない?」

「あー。それなら出来るかも」

「ね」

 沙菜のキラキラ眩しい笑顔を見て洋太は身の引き締まる思いになった。何としても成功させたい。

 洋太と沙菜はカフェを持つという夢に向かって本当に小さな小さな一歩を踏み出そうとしている。

「どこかのテントに間借りしさせてもらわないとだね。社長に相談してみよう」

「あー。OKです」

「え?」

 二人が振り返ると社長である父が立っていた。

「前に洋太がバイトさせてもらったカフェのマスターに掛け合ってみよう。多分大丈夫でしょ」

「社長。ありがとうございます」

 洋太は初めて社長にお礼を言った。

「いやいや、そんな大袈裟な。じゃ」

 少し照れ臭そうに社長は事務所から出て行った。

「こんなにすいすい話が進んで行くなんて」

「ねー。なんだか私も緊張してきた」

 沙菜と洋太の二人はその後姿を見送りながら、話を交わした。

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