30 ウエディング
沙菜の帰省を終えて、洋太と沙菜の二人はそろそろ結婚式をどうするのか具体的に考え始めていた。
沙菜の故郷ではどうかと考えたが、沙菜は洋太がプロポーズしてくれたレストランで披露宴をやりたがった。が、お店はあまり広くないし、チャペルもないのでとりあえずあきらめた。
時期の問題もある。やはり旅館の書き入れ時に結婚式は難しい。
旅館組合で結婚式のできるところを紹介してもらい、いくつか検討して海のそばの旅館に決めた。洋太の旅館からするとだいぶ大きな旅館だ。
時期は6月の初めにうまく予約が取れた。
◆
洋太と沙菜は雲仙の広い敷地の公園に来ている。よく手入れされており、きれいな公園だ。二人はカメラマンの指示に従っていろいろなポーズで写真を撮ってもらっている。時折風に乗って花のいい匂いが漂って来る。白いウエディングドレス姿の沙菜がきれいな緑の中にいる様は洋太を夢見心地にさせた。
普段はほとんど化粧をしない沙菜も今日はメイクをしてもらっていて、メイクが終わった沙菜はドキッとしてしまうほど綺麗に思った。
はじめは緊張してぎこちなかった二人だが、だんだんと落ち着いてきて話をする余裕が出来て来た。
「洋太スーツよく似合ってるよ。かっこいい」
「そうかな。普段着てないから自分じゃわからないよ。着させられてる感じがする。沙菜のドレスは本当によく似合っていると思う。綺麗だ」
「ありがとう。洋太は褒めるの上手よね」
「え、だって本当にそう思うし。こんな良い季節に大切な人と結婚式の写真を撮れるなんて、おれ、幸せ者だ」
「私もしあわせ」
二人はそう言って顔を見合わせる。
『はい、いただきました。お二人ともとってもいい笑顔でしたよ』
カメラマンに声を掛けられた。
「そうだ撮影中だった」
洋太と沙菜が顔を見合わせて笑うと、バシャバシャと連続してシャッターが切られる音がした。
◆
挙式を終えて披露宴へ移り、新郎新婦が登場すると、会場が少しざわついた。
「ちょっと、新婦きれいねー」
「別人じゃないよね」
「くそー。うらやましいぞ。今日は覚悟しとけよ」
洋太は一応覚悟はしていたが、やはり同級生から羨ましいという視線は浴びて心地のいいものではなかった。
前撮りで取った写真も披露され、もう、沙菜の綺麗さは皆に焼き付いたことだろう。
披露宴もつつがなく終わりが近づき、最後に沙菜が両親への手紙を読み始めた。
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お父さん、お母さん今日まで本当にありがとう。小さな頃からこれまで私の肌のことでずいぶん苦労をしたと思います。あきらめないでくれてありがとう。肌はもうずいぶんよくなりました。
高校2年になる時にこの場所へ引っ越して来て、もう3年が過ぎました。私と一緒にお母さんもここへ来て、お父さんは一人元の家に残って家族を支えてくれました。きっと寂しかったのではないかと思います。お母さんもお父さんと別々になってしまって寂しかったと思います。
本当にありがとうございました。
お父さんとお母さんのおかげで私はこんなに元気になれました。そして、愛する人と出会うことが出来ました。
洋太さんは本当に私を大切にしてくれます。
そして、私たちはこれから旅館を経営していかなければいけません。二人で手を取りあってこれから起こるであろう困難を乗り越えてゆきます。きっと大丈夫と思っています。だってあなた達の子供なのですから。
幸せいっぱいの日に感謝を込めて。
中田沙菜
ー
沙菜が手紙を読み終わると、少し間を開けて拍手が起こった。
洋太は涙がこぼれている沙菜にポケットからハンカチを取り出して渡した。
続けての花束贈呈では、沙菜は沙菜の母に、洋太はテーブルに立ててある母の写真の前に花束を置いた。写真の中の母は少し笑った様に見えた。
『母さん、ありがとう。これからも見守って下さい』
洋太は心の中で母に話しかけた。
参加者の見送りでは家族で並んで見送りをして洋太の父は洋太の母の写真を持って見送りをした。
「じゃあ、二次会で」
「覚悟しろよー」
「沙菜、すごく綺麗」
「今日はたくさんおしゃべりしようね」
参加してくれた元クラスメイト達は思い思いに声を掛けてくる。その一人ひとりにプチギフトを渡した。
最後の一人が帰った後、式場の人たちにお礼を言って着替え終わったらようやく落ち着いた。
洋太と沙菜が二次会の会場に着いた時、すでに宴会は始まっていた。現れた沙菜を見て男性陣からは「おー」と声が上がった。
披露宴の時とは違う髪型になり、普段の沙菜のかわいい姿になっている。実はみのりが二次会のときの沙菜の髪をセットしてくれた。
洋太はすでに同級生たちに捕まって取り囲まれている。
沙菜はみのりと唯のいるテーブルに座り、3人の前にはいくつものミニカットケーキが皿に乘っている。
「みのりちゃんヘアメイク上手になったね」
「練習、練習また練習の日々」
「大変そう。頑張ってね」
「はい、頑張ります」
みのりは大げさにガッツポーズをして見せた。
「唯は大丈夫なの?」
「うん。工場だからみんな真面目だし、おじさんが多い」
「出会い無さそう」
「まだ焦る年でも無いし」
「そういえば、新婚旅行はどこに行くの」
そう聞かれて沙菜の表情が曇る。
「未定。というか、現時点では結婚式まででいっぱいいっぱいで。正直やっと終わったーって感じ。それに旅館のスタッフの人たちにずいぶん助けてもらってるから、当分行けそうにないですね」
「あらー。旅館は大変なのね」
「やりがいはあるんだけどね。お客さんが喜んでくれると嬉しい」
「さすが若女将。もう貫禄すら感じる」
「貫禄はやめて」
3人は声を上げて笑った。
◆
沙菜は両親と3人で旅館の部屋でくつろいでいる。3次会には行かず、両親が泊っている部屋に来ていた。
「はー。くたびれたー」
沙菜は和室のテーブルに突っ伏しながら言った。
「洋太さんはどうしたの」
「カラオケに引きずられて行った」
「あー。光景が浮かぶようだね」
「今日は良い式だったわ。やっぱり結婚式は良いわね」
「確かに。ああいうお祝いムード一色になるのは良いね」
夕方になり、真ん丸の太陽が対岸の長崎半島へ沈もうとしている。空は太陽を中心にオレンジから青紫へのグラデーションになり、海にまっすぐな光の筋がキラキラと輝いている。
「あー。綺麗な夕日だー」
沙菜の父が感嘆の声を上げた。
「本当に橘湾の夕日はきれいよね。きれいすぎて心が無になっちゃうのよ。魔法にかけられたみたいになるもの」
「ほんと。そうだね」
そうして沙菜と両親が夕日を見ていると部屋の電話が鳴った。
沙菜が電話に出ると、洋太が迎えに来ているとの連絡だった。
「洋太が迎えに来たって」
旅館の入口に向かうと洋太がややくたびれた様子で立っていた。
「じゃあ、お父さんお母さん、帰るね」
「うん。気を付けてね。洋太さんも今日はお疲れ様でした」
「……い」
「?」
洋太はぺこりと頭を下げて車の方へ歩いて行った。
車に乗り込むと沙菜はさっき感じた違和感を聞いてみた。
「ねえ、何かあったの」
洋太は首を振る。
「うそ。その態度は何かあった人の態度です」
「ごえが」
「ん?」
「ごえががれだ」
「声がかれたの?」
「ぞう」
「カラオケで?」
「ぞう」
「あんだにうだっだのあじめて」
「たくさん歌ったのね」
沙菜は吹き出すのを堪えている。
「ぞう。でんぶだぶぞんぐ」
「だぶぞんぐ」
もう沙菜は堪えきれなくなって、お腹を抱えて笑い始めた。
「だぶぞんぐ。ひーっ。面白すぎ。だぶぞんぐ」
(なんかつぼってる?)
沙菜は何度も「だぶぞんぐ」を自分で繰り返して大笑いしていた。
その様子を見ていた洋太もそのうち可笑しくなって来て笑い始めた。
車の中は二人の笑い声がしばらく続いた。




