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28 新生活

 洋太と沙菜は新居の家具や食器を買いに二人で島原へやって来ている。出来るだけ出費は抑えるつもりでいるのだが、やはり食器などは新しく買うことにした。

 洋太はダブルベッドを買うのは気恥ずかしかったが沙菜は積極的に選んでいた。ペアの食器を買うのも同様だった。

 丸一日かけていくつも店を回って目当ての物を選んで回り、ようやくカフェで一息ついた。洋太は気づかれもあってへとへとだったが、沙菜は疲れた様子もなく、今日の成果に満足している様だった。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらフルーツのタルトを食べている沙菜はいつもの様に肘をついて窓の外を眺めていたが、洋太の方を向き直ると、話しかけて来た。

「ねえ」

「ん」

「私たち夫婦になったのよね」

「そう、だね」

「んふふふふ。家具早く届かないかなー」

 家具が届くと組み立てが待っている。ベッドは配送時に組み立ててもらえるらしいが、他には組み立てる必要があるものがいくつかある。

 それにしても、新生活を始めると言うのはエネルギーのいる事だ。沙菜もこっちに越してきた時には大変だったろう。そんなことを思いながら洋太は窓の外を見やった。


 小田さんは11月いっぱいまで勤務して無事退職となった。最後の出勤日にはスタッフのみんなから花束を渡され、感謝の言葉と、拍手で送られた。洋太は正式に義母となった彼女に感謝を込めて挨拶をして、深く頭を下げた。

 そうして12月の中旬に義母は都会へ帰って行った。

 義父の運転する車の横に座っている義母は嬉しそうな、寂しそうなそんな表情を浮かべていた。


「行っちゃった」

「見送りって、寂しい気持ちになるよね」

「そうかもね。私も少し寂しいかな」

「お御母さん、寂しそうじゃなかった?」

「どうかな。わかんない」

 二人は車に手を振りながらそんな風に話をした。


 義理の両親の車を見送ってから部屋に残った最後の荷物を旅館の車に積み込んで、二人は旅館の車に乗り込んだ。部屋に鍵をかける際に沙菜は「お世話になりました」と部屋にお礼をしていた。つられて洋太もお礼をした。確かに二人にとってもこの部屋には思い出がある。


「晩御飯どうする? どこかで食べて帰る?」

「ううん。家で食べたい。だって今日は最初の日だから」

「じゃあ、買い出ししないと。冷蔵庫はほぼ空っぽなんだった」

「あ、そうだよね。 私も気が回らなかった」

「家で食べるって言ってくれて良かった」

 それから、スーパーに寄って食材や調味料などを買った。沙菜は洋太が知らない調味料をポイポイとカートに入れる。

「きっと調味料もないんでしょうから」

「どう使うものか想像もつきません」

 洋太がそう言うと沙菜は「ふふふっ」と笑った。


 新居に着くと、沙菜は「ただいまー」と言って玄関に入って行った。今日から沙菜もこの家の住人になった。といっても、ここにはしょっちゅう来ているのでもう慣れたものだ。そして今日からここで洋太との二人の生活が始まる。

 新居の方は家具の配置などは沙菜と話して決めてあり、少しずつ荷物も運びこんであるのですぐに生活を始められる状態になっている。

 沙菜が作ってくれた夕食を食べて、お風呂に入り二人はベッドに入った。洋太は昨日まで布団を敷いて寝ていたので、ベッドで寝るのは初めてだ。しかも隣に沙菜が居る。なんだか寝付けそうにない気がしていたが、沙菜とあれこれ話をしているうちにいつの間にか眠ってしまった。


            ◆


 洋太は靄の中に佇んでいた。どこかから湯けむりが流れ込んでいるのだろうか、旅館が霞んで見える。その霞んだ旅館は確かにうちの旅館だが、何か違和感を感じる。

(建物が新しい?)


 後ろで、ドンと車のドアが閉まる音が聞こえた。振り向くと、靄の向こうに人影があり、どうやら洋太よりは少し年上の男女の様だった。女性は両手で何かを抱いていて、二人は仲良さそうにこちらへ歩いて来る。洋太には気が付いていない様子だった。


『今日は洋ちゃんのお披露目だから』

『みんな楽しみにしてたよ』


「え?」


 夫婦と思われる赤ん坊を抱えた女性と、その夫と思われる男性がそんな会話をしながら洋太の目の前を通り過ぎる。その二人の顔を見て洋太は驚いた。

「父さん、母さん」

 夫婦は若い頃の洋太の両親だった。洋太が思わず声を上げたが二人は洋太に全く気付かずに、洋太の前を通り過ぎて行く。母はおそらく生まれたての洋太を抱いたまま。

 洋太は呆然と立ちすくんで旅館の入口へ向かう二人の後姿を見つめていた。すると、母が急に立ち止まって洋太の方へ向き直った。そして、洋太に向かって首をかしげてにっこりと微笑んだ。母のその表情は幸せに満ちていた。


「母さん……」

 洋太は目を覚ました。目に涙が溢れている。

「どうしたの?」

 隣に寝ていた沙菜が心配そうに洋太を覗き込む。

「夢か……」

 洋太は涙を掌で拭った。

「夢?」

「うん。夢を見てた、若い頃の父さんと母さんの。生まれたての俺もいた。母さん、幸せそうだった。あんな表情してたんだ」

 沙菜が頭を洋太の肩に乗せてくる。

 洋太は沙菜を抱き寄せた。

「沙菜、幸せにするよ」

「私、今だいぶ幸せだよ」

「大切にする」

「はい。それはお願いします」

 沙菜らしい返事に洋太はクスりと笑った。そうして口づけをした。

「よかった」

 沙菜はため息をつくように言った。

「何が?」

「お義母さん、喜んでくれてるんだなって思って」

「そうかな」

「私はそう思う。それに」

「それに?」

「なんでもない。ねえ、今日はこのまま私を抱いたままで寝てくれる」

「うん。……ねえ」

「なあに」

「寝てないの?」

「なんだか眠れなくて。あなたの寝顔を見てた」

「え?」

「だって、洋太の寝顔を見るの初めてだし、幸せをかみしめてたの」

「そう」

 洋太は沙菜の背中に手をまわし、抱きしめると、口づけして目をつぶった。


 朝、目が覚めると沙菜はベッドには居なかった。左腕に若干だるさを感じる。着替えをして洗面所で顔を洗って一階に降りると沙菜が朝食を作ってくれていた。


「いただきます」

 二人はテーブルに向き合って座ると朝食を食べ始めた。

「うん。みそ汁美味しい」

 男二人では基本的に食事はインスタントが多用される。みそ汁はその一丁目一番地だ。

「これからは毎日美味しいお味噌汁を食べられますよ」

「ありがたい。なんか、親父に悪いな」

「お義父さんにもう朝ごはん持って行ってる」

「あー。何から何までお世話になります」

 洋太は頭を下げた。

「いいの」

 沙菜はにっこりと微笑みながら言った。

「でも、無理はしないでよ。きつかったりしたら言って」

「わかってます」

「あと、食器は俺が洗っておくから、着替えなきゃでしょ?」

「うん。ありがとう。ごちそうさま。じゃあ着替えて来るね」

「了解」


 食器を洗い終わると洋太は食後のコーヒーを淹れた。コーヒーの良い香りが部屋に漂いはじめる。

 沙菜が女将姿に着替えを済ませて下に降りて来る。

「二階までコーヒーの良い匂いがしてた」

 沙菜はカップに入ったコーヒーをすすると、「おいしい」と言ってほほ笑んで目を細めた。

「よかった。コーヒーは毎日淹れるつもりだから」

「うん。美味しいコーヒーが毎日飲めるのね。幸せ」


 コーヒータイムを終えてから、父親に声を掛けた。これまでは車で父親と二人で出勤していたが、今日からは沙菜が加わって3人での出勤だ。

 正面に見える橘湾は今日も穏やかにうねり、薄い水色の水面はキラキラと朝日を反射している。

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