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27 新生活へ

 全員おそろいのユニフォームを来た引っ越し業者が手際よく荷物を家の中に運び込んでいる。今日で仮住まいは終了だ。テキパキと荷物を運び入れると引っ越し業者はさっさと帰ってしまった。


 仮住まいに移る時に荷物は一度整理しているので、男二人暮らしの荷物は大した量にはならなかった。ただ、母の品は洋太も洋太の父もなかなか処分は難しい。沙菜に着物をいくつか分けた後に、まだ着物も洋服も遺品がそれなりに残っている。

「母さんが着てたの思い出すね」

「ああ。懐かしい」

「着物は使えそうなのは二階の着物箪笥に入れておくよ。ひょっとしたら沙菜が着るかもしれないし」

「そうしてくれるとありがたいんだが」

「この前の着物、気に入って着てるみたいだよ」

「そうか。よかった」

「後は俺がやっておくから、親父は仕事場に戻っていいよ」

「すまんな」

「腰がよくないんだから、無理は禁物だよ。時間はあるからゆっくりでいいし」

「わかった。じゃあ頼んだ」

 そう言うと洋太の父は家を出て行った。


 段ボールから中身をどんどんと出して、空いた段ボールは潰してまとめる。そういう作業を淡々と進めていると後ろから不意に声がかかった。

「洋太」

「ん?」

 振り向くと沙菜が居た。

 沙菜は着付けにだいぶ慣れて来て、今は二階の二人の部屋で着替えをしている。

「あれ、もう仕事終わり?」

「もう夕方だよ」

 窓を向くと夕焼けになりかけの光が差し込んでいる。

「ほんとだ」

 洋太はうーんと伸びをした。

「今日はここまでか。あ、そうだ」

 洋太は母の着物がまだあって、二階の着物箪笥に入っていることを沙菜に伝えた。

「見てもいい?」

「もちろん」

 沙菜は足取り軽くトントンと足音を立てて二階へ上がって行く。そうして、箪笥からたとう紙に包まれた着物を引っ張り出して床に並べ始め、そうして紐をほどいて中を確認し始めると、

「どれも素敵」

と、うっとりとしている。

「着てくれるとありがたいって親父も言ってた」

「本当? 嬉しい」

「柄が合わないかもしれないけど」

「それなの。どういう着物が私に似合うのか分からなくって。あと、帯との組み合わせとかもよく分からないのよね」

「確かに、悩ましそう……。今度ちゃんと買いに行こう」

「本当?」

「うん。お店で合わせてもらおう」

「やった!」

「で、あの、入籍の件なんだけど」

「うん」

「11月23日はどうかなと思って」

「えっと、確か勤労感謝の日よね」

「そう。二人で旅館でずっと働けるように願いを込めて」

「洋太……」

 沙菜はそう言うと洋太に抱き着こうとしたが、足元に着物がたくさんあるのを思い出して踏みとどまった。

「あぶない、あぶない」

 二人は着物を箪笥にしまうと、改めて抱き合った。

「洋太。ありがとう」

 二人はそのままベッドに倒れこんだ。


 その日の夜、洋太は父親に婚姻届けを出す日を伝えた。

「良いんじゃないかな」

「うん」

「同居はそのタイミングで始める積りなのかな」

「うーん。沙菜のお母さんが戻るタイミングでって思ってる」

「それが良い。それが良い」

 洋太の父はゆっくりと頷いた。


 一旦動き始めると、物事の進み方は早かった。

 入籍日が確定すると、沙菜の家の方も引っ越し準備が進み、年末年始をはさまない様に12月の初めには引っ越しをすることに決まった。

「いよいよ近づいて来たわねー。こうなると少し寂しくなるわね」

 荷物をまとめながら沙菜の母が話し始めた。

「3年間お世話になりました。お父さんと別々で寂しかったよね」

 沙菜は母にお礼を言った。

「そりゃあね。でも、最初の頃はあなたの事が心配で」

「私もどうなる事かと思ってた」

「よく踏み出したわね」

「よく覚えていないけど、あの頃は半分期待でもう半分は自棄(やけ)になってたと思う。もうなるようになれって感じで。ここでダメだったら多分あの肌と一生の付き合いをするしかなかったんだもん」

「大変だったわね」

「お父さんと別々になって、知らない土地に来て、大変だったのはお母さんの方だよ」

「そお? もう夢中だったから」

「そのお陰で元気になれました」

「将来の伴侶とも仕事とも出会っちゃって」

「あ、うん、そうね。ははっ、なんだか照れる」

「うまく行く時って、こんな感じなのねー」

「あのね、今年の年末は久しぶりに実家に帰ろうと思って」

「あら、でも、旅館忙しいわよね。大丈夫なの? 私も居なくなるのに」

「うん、でも地元で家族で過ごすお正月が最後になるかもしれないから、一度帰っておいでって洋太が」

「あらー。気を使わせちゃったのね。申し訳ないわ。あなたたちも新婚最初のお正月なのに」

「私たちはこれから何度もあるから」

「あなたがそう言うなら……。残してきたお洋服とかまだあったわよね」

「あー。そうね。でも、もう着ないと思う。ほとんど中学の頃のだし」

「じゃあ、帰ったら整理しましょう」

「うん」


 沙菜の母は11月いっぱいで旅館を退職する事になった。正月が過ぎるまで居ても良いと言ってくれたのだが、さすがに最後の最後まで甘えてしまうのは洋太は気が引けた。


 婚姻届けは沙菜と二人で提出し、祝日なので事前申請をしておいて婚姻届記念証書をもらった。受付の人は終始にこやかに対応してくれた。

 市役所からの帰り道、橘湾の見えるレストランでランチにした。午後からは普段通り旅館の仕事に戻る。


「どうする。私たち結婚しちゃったよ」

「どうしようか。ってもうどうしようもないよね。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします。今日も橘湾、キラキラしてきれいだね」

 肘をついて海を見ながら、目を細めてそう言う沙菜の向こうには青い空と海が広がり、まるで絵画を見ている様だった。

「どうしたの?」

 見惚れている洋太に沙菜が声を掛ける。

「うん。綺麗だなって思って」

「今、幸せだからかな。ありがとう」

「うん」

 二人の目の前に広がる海は空色に染まってキラキラと輝いていた。

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