26 若女将
沙菜は洋太の家の仏壇の前で手を合わせている。
その傍らには着物が置かれており、洋太の母が着ていた着物や帯などから比較的新しいものを見繕ったものだ。
「お義父さん、大切なものを頂いてありがとうございます」
沙菜は洋太の父へ向き直るとお礼を言った。
「いやいや。お下がりですまないね」
「いいえ。嬉しいです。大切にします」
「ありがとう。母さんも喜ぶと思う」
「お義母さん、着物がよく似合ってますね」
沙菜は仏壇に置いてある洋太の母の写真を見ている。
「この写真を撮ったのは何時だったかな」
「まだ、元気な頃だよね」
洋太も写真を見ながら言った。女将姿の母はふわりと優しい笑顔で微笑んでいる。
「急だったからな。旅行とかもっと連れて行ってあげれば良かった。旅館の仕事はなかなか休みが取りづらくてね。後悔しきりだよ。今のうちに二人で旅行とか行っておくんだよ」
「わかった。……そろそろ仕事に戻るよ」
洋太と沙菜は洋太の家を出て、旅館へ向かった。沙菜は着物と風呂敷を抱えている。
「洋太のお母さん、初めて見た。面影あるね、お義母さんの」
「そう?」
「うん。顔の輪郭がそっくり」
自宅のリフォームを決めてから一月ほどで図面が上がって来た。古い間取りを今風に作り変える方向でお願いしていたのだが、思った以上に大胆に改装するような提案だった。
「今ってすごいね」
「そうだな」
洋太と洋太の父は驚きをもって図面を見た。
畳は一掃されてフローリングとなり、部屋はまとめられて広い空間が出来る予定だ。
これから約3か月間工事が行われる予定だが、その前に家の中を空っぽにしないといけない。
家の中の荷物を整理するのにかなり苦戦した。先代からの物がどんどん発掘される。出来るだけ処分した。
一時的な住まいには知り合いの持って居る空き家を借りる事になり、元の家から荷物を運び込み、最小限の家具での生活となる。ただ、エアコンが無いのでそれは付けないといけないが、新しい家に持って行けるので、新しく買うことにした。
住んでいた家はどんどん工事が進み、解体されて骨格のみにされ、それが終わると新しく組み立てられていく。出来上がったものはまるで新築したような建物だった。
一階の約半分を洋太の父用に、残りの一階の半分と二階を洋太と沙菜用にして、二階の部屋は壁を取り払ってまるでリゾートホテルの様な間取りになり、ため息が出るような出来栄えだった。
「なんだか夢みたい」
「あの家がこんなになるなんて」
沙菜は着物の着付けを旅館の仲居さん達に教えてもらっている。あと、慣れるために普段から着物で過ごす様になった。そうなるともう若女将にしか見えない。お客からの評判も上々だ。
きれいな着物を着て、髪をきれいにまとめた沙菜は洋太が気後れするくらいとてもきれいだった。
「どうしたの? 最近様子が変だよ」
「ちょっと着物姿に慣れなくて」
洋太は顔を赤くして顔をそむける。
「あら、もしかして照れてるの」
「ま、まあ」
沙菜はクスクスと笑う。
「この着物を着てるとね、先代を知っている仲居さん達が懐かしがるのよ」
「確かに、見覚えがある」
洋太は母の姿を思い出した。
その母が死んで、しばらくしたら沙菜が現れて、その沙菜が今、母の着ていた着物を着ている。なんという巡り合わせだろうか。少なくとも洋太は宿命というものを信じざるを得ない。
家の引き渡しが済んで、沙菜の両親もよんでお祝いをすることにした。 まずは家中のの見学ツアーとなり、皆感心しきりで、新しい家を堪能した。
洋太の母の仏壇は以前のものから今風のシンプルなものに変わり、一階の父の家にある。
沙菜の両親は線香をあげてくれた。
二階の洋太たちの部屋には少しくたびれた着物箪笥とその横に箪笥と同じくすこしくたびれた和服用の三面鏡の姿見が置いてある。それを見た沙菜の母は急に泣きだした。
「沙菜は本当にお嫁に行くのね。こんな日が来るなんて、この箪笥と姿見、洋太さんのお母さんのものなんでしょう」
「うん。そうだよ。今までありがとうね、お母さん。お父さんもお母さんも私の事ですごく大変だったよね。本当に今までありがとうございました。私、幸せになります」
「沙菜……。洋太さん、どうか娘をよろしくお願いします」
「こちらこそ。僕は沙菜さんに出会ってから、世界が変わりました。自分でも信じられないくらいです。今の僕があるのは沙菜さんあってのものですから」
沙菜の父は黙って洋太と沙菜の二人を交互に見て居たが、やがて
「あとは、籍をいつ入れるかだね、それと、式はどうするつもりなのかな」
と言った。
それを聞いた洋太と沙菜はお互いに顔を見合わせて「あっ」と声を上げた。
「はははは、まだ思い及んでいませんって感じだね。まあ、早めに決めて下さい」
丁度蟹の季節に入りつつあり、蒸し窯で調理した蟹を贅沢に用意して、洋太が釣って来た魚もフライや刺身にして料理に加えた。
沙菜と、沙菜の母も腕を振るってくれて、山盛りのご馳走が用意され、みんな久しぶりに家族団欒を味わった。
今日の話で沙菜の母は年末を目途に帰ることが決まった。
「今年はいろんな事があって、なんだかほっとする様なな寂しい様な感じだわ」
「お父さん、お母さん、長い間、ありがとうございました」
「私の方からもお礼を言わせてください。息子共々、本当にありがとうございました」
「社長さん、頭を上げてください。これから、ちょくちょくお世話になると思いますので。主人も釣りが好きで、やっと念願の息子と釣りが出来る様になりますから」
「洋太君よろしく頼むよ」
そう言うと沙菜の父は両手で釣竿を持つ格好をしてちょんちょんと手を弾ませた。
「はい。お願いします」
「じゃあ、お魚をさばく練習をしとくね」
「それは、想像するに、たのしいよ」
沙菜の父は上機嫌だった。
沙菜たち家族を見送って、洋太たち父子は家に戻った。
「さて、また引っ越しだ」
「そうだね」
洋太、沙菜そして二人の家族の人生は門出に差し掛かった。
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