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24 思い切る時

 このところ、沙菜は両親と今後の事についてよく話す様になった。

 数日前、洋太があんなに泣くところを初めて見た。洋太ひとり悩んで居たのだと知り、申し訳なさと愛おしさが一際こみあげて来た。そして、洋太にあんなに苦しい思いをさせてしまっていた事を後悔している。

 沙菜はこの温泉地に引っ越して来てから、元来そうだったのか、楽天的になっていて、今後のことも何とかなるさくらいの気持ちで過ごして居た。実際何とかなっていた。が、どうも今回はそれではうまく行かない。


 自分で解決しなければいけないことがいくつかある。まずは何と言っても母が帰った後の暮らしをどうするのかがどうにもまとまらない。母は一人暮らしには反対している。父もあいまいだ。

 いっそのこと洋太と同棲してもいいくらいには思っているのだけれど、とても母には言えそうにない。いずれにしてもこの話は当分まとまりそうにない。

 そして洋太との事。お付き合いはしているけれど、これからどうするのか何も決まっていない。まだ、二十歳にもなっていない二人なのだからいろいろと身動きが取りにくいし、洋太は遠慮があるみたい。仮に踏み出せたとして、洋太のお父さんと暮らすのは難しいと思う。でもまあ、通勤時間がほぼゼロになるのは魅力的に感じる。

 何れにしても、自分一人では解決できないことだから、なかなか解決に向かわないのは仕方がないのだけれど。


 洋太といつものカフェに入っていつものメニューを頼む。このところ話が弾まない。徐々に現実味を帯びて来た将来の二人の話が明るくなる兆しが見えてこないせいだ。

 沙菜の父は沙菜の意思を尊重すると言ってくれているが、とは言え、具体的な事が何も決まらない。

「洋太のお父さんは何て言ってるの?」

「んー。特に何も言わないね。何か動き出したら応援してくれるとは思うけど」

「ねえ、お母さんが帰ったらあのアパートで二人で一緒に住みましょうよ」

「それって沙菜のお母さん納得してくれるのかな。それに、親父を一人にするのはちょっと」

「そうよねー」

「沙菜がうちに来るとしても男所帯に迎えるのは無理だし」

「なんだか手詰まり感が半端ないね」

「そうだね」

 二人はため息をつくと、窓の外から見える海を黙って眺めていた。昼の海は青くキラキラと輝いているのだが、それを見ている二人の心には曇り空が広がっている。


            ◆


「洋太、ちょっといいか」

「何」

 珍しく洋太は父親から声を掛けられた。

「その、なんだ。彼女とはどうなんだ。うまく行っているのか」

「うん。うまく行ってるよ」

「おほん、その、将来の事とかは何か話してるのか」

「……話はしてる。けど、何も具体的な事は決められそうにない」

「その言い方だと、何か問題がありそうだな」

「そろそろ沙菜のお母さんが帰る時期を考えてるみたいなんだけど、沙菜が一人暮らしをすることは反対してて」

「ふむ、彼女を連れて帰るつもりなのかな」

「お父さんの方は沙菜の意思を無視して無理に連れ帰ることはしないって言ってくれたんだけど、何分お母さんの意見がね」

「なるほど……」

 そこまで言うと父は考え込んだ。


「やっぱりこれしかないか」

 父は何かを決意した様だ。

「お前に確認しておきたいことがある」

「うん?」

「沙菜さんとは夫婦になるつもりはあるのか?」

「もちろん。向こうがやじゃなきゃね」

「それなら、まずは、彼女と彼女の両親にその気持ちを伝えて将来の約束をしなさい。父さんはその結果次第だけれども考えていたことがあるから」

「親父、何考えてる?」

「まあ、お楽しみだ。二人の様子を見てて大丈夫だと思ってるけど振られない様にしてくれよ。こっちもがっかりするからな。じゃあ、何かあったら教えてくれ」

 洋太の父は少し上機嫌にカウンターへと戻って行った。


            ◆


 父親と話をしてから一月程経って、洋太は沙菜をランチに誘った。

 近くにイタリアンのお店があることに最近気が付いて、行って見ようと思っていたお店だ。高校のすぐ近くにあるのに、全く知らなかった。環境が変わる視野も変わるのだなと、我ながら感心した。

 入母屋造りの古民家をリノベーションしてあるので、外からみると一見、純和風建築に見えるが、ピザ釜の煙突が立っていおり、中に入ると、窓からは和風の庭園が見える。おしゃれなお店だ。

 沙菜と二人で新鮮な野菜と魚を使った料理に舌つづみをうち、洋太はピザを、沙菜はパスタを頼んで二人でシェアして味わった。今、目の前にはデザートが運ばれて来ている。

 丁度沙菜はそのデザートを目を細めておいしそうに食べている。

「あのさ」

「ん?」

「次、お父さんはいつ来るの?」

「うちのお父さんの事?」

「そう」

「再来週って言ってたかな。釣りに行くの?」

「ああ、誘われたらね。えっと、それとは別に……」

「別に?」

「ご両親に挨拶がしたい」

「それって……」

「け、結婚を前提にお付き合いする許可が欲しい」

「洋太……」

 洋太を瞬きもせず名前を呼ぶと、沙菜の目からほろりと涙がこぼれた。

「本気?」

「もちろん」

「あのさ」

「ん?」

「私には?」

「え?」

「私には許可は取らないの?」

「それは……了承済みかと」

 洋太はこれまでの付き合いでお互いの気持ちは確認済みのつもりでいたが、沙菜は洋太と将来をともにしようとは思っていないのかもと思い、焦って汗をかき始めた。

「了承してるけど、ちゃんと言って。もしかして省こうとか考えてないでしょうね」

「あ、う」

 ほっとした。

「ちゃんと言ってくれないと、両親に会わせないから」

 沙菜はプイっと他所を向いてしまった。

「わかったよ。……沙菜さん」

 洋太は姿勢を正して話し始めた。

「はい」

 沙菜も同様に姿勢を正す。

「こ、これからは、結婚を、ぜ、前提に付き合ってください」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 沙菜は満面の笑みでそう言った。


《パチパチパチパチ》

 突然隣のテーブルのカップルの男性が拍手を始めた。

「プロポーズ成功、おめでとう!」

 どうやら一部始終聞かれていた様だ。

 男性がそう言うと、ほかのテーブルからも「おめでとう!」の声がかかり始め、やがて店の中は拍手に包まれた。

 洋太は立ち上がって、あちこちのテーブルに向かって何度も頭を下げ、沙菜も立ち上がって顔を真っ赤にして何度も会釈した。

 店の中は一気にお祝いの和んだ雰囲気になった。

 先ほどの男性が先に食事を終え、レジへ向かう時に洋太の肩をポンと軽くたたいて行った。一緒の女性と何か楽しそうに話している姿が印象的だった。きっと夫婦なのだろう。自分たちのその時の事を話しているのだろうか。


「あーびっくりした」

 店を出てから、沙菜が言った。

 思いがけず全く知らない人たちに祝福され、驚いたのもあるが、同時に嬉しさがあった。二人は心がほんわかとして幸せを味わっていた。

「ねえ」

 沙菜はそう言うと唇を洋太に差し出す。

 洋太は差し出された唇に自分の唇を重ねる。

 唇が離れると沙菜は顔を洋太の胸にうずめて、ため息の様にふーっと深い息を一つした。

 そうしてしばらくの間二人は何も言わず、ただ幸せをかみしめていた。

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