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22 これからのこと

 高校を卒業以来、沙菜と洋太は良く出かけている。

 主にカフェめぐりをしているのだが、沙菜の母は二人のこれからの事が気になっている様だ。

 高校を卒業したのだからこれからの事をしっかり考える様にと言われている。と、沙菜から聞いた。

 確かに、このまま母親との二人暮らしを続ける事は出来ないだろうと洋太は思うが、具体的にどうするのかのアイデアはない。何より沙菜の意思がどうなのか分からない。


「私は洋太と一緒に居られればそれで充分」

「だけど、お母さんとずっと二人暮らしもさ、お父さんは一人なんだし、このままは難しいよね」

「そうね。確かに」

「ふー」

 洋太はため息をついた。

 まだ、高校を卒業したばかりの今の自分には具体的に何か出来ることが無い。沙菜が一緒に居てくれる意思表示をしてくれているのは嬉しいが、これからずっといられるかどうか。あまり考えたくはないが、沙菜が故郷に帰ってしまわないとは限らない。

 そこは家族の問題なのだから洋太が立ち入ることは出来ない。

「心配性ね」

「だってさ。あまりに自分が小さく見えて」

「あら、私はそんな小さな人を好きになった覚えはないですけど」

「……」

「もう。今何か問題があるの?」

「いや」

「それなら良いじゃない」

「先の事を考えると不安にならない?」

「ねえ」

「ん」

「私はね、ここに来るまではずっと不安だったのよ。肌は一向に良くならないし、このまま大人になるのかなーって思うと悲しくもなった。先の見えない不安に埋もれてたのよ。それが、この場所に来て肌はずいぶん良くなった。そして、洋太と出会って、洋太を好きになった。私は今が一番幸せなの。だから、私はずっとここに居ます。洋太と一緒に居ます。今の私にはそういう明るい未来しか見えません。勝手に一人で不安にならないで」

「確かに。勝手に不安がってた……」

「そうよ。何とかなるわよ」

 沙菜はそう言いながら首を傾けて微笑む。


           ◆


 梅雨になる前のある日、沙菜の父親に釣りに誘われた。時々家族に会いにやって来ているのは沙菜から聞いていたが、洋太が釣りに誘われるのは珍しい。

 いつもの通り、早朝に波止に陣取って釣りの準備を始める。洋太は普通にウキを使った慣れた釣り方、沙菜の父親はルアーを使っている。

 淡い青色の海を見ながら二人並んで釣り糸を垂らしてのんびりと釣りをしていると、やがて沙菜の父が話し始めた。

「その。失礼な質問だと分かっているんだけれども。宿の経営の方は順調なのかな」

「あ、はい。おかげさまで何とかやれています」

 洋太の垂らした糸についているウキがぴくぴくと動いている。

「そうかい。あの……」

「はい」

「沙菜の事なんだが、どうかな」

「はい。良くやってもらっています。簿記も2級に合格して、助かっています」

 やっぱり、沙菜は帰ってしまうのだろう。高校を卒業してそう言う話が出てもおかしくない。洋太にとっては残念な事だけれどこればっかりは仕方がない。沙菜のお父さんはこれまで何年も一人で過ごしてきたのだから。家族は一緒に居るべきだ。何かが起こってからでは遅い。洋太は高校1年で母を亡くした時にそれを痛感している。

「そうか」

「何時頃になりそうなんですか。準備期間を頂けると助かるのですが」

「いや……」

「父の腰は良くも悪くもならない状態なので何とかなるとは思うんですが、早めに次の人を見つけますので」

「うん……」

 先ほど洋太の仕掛けをつついていた魚が食いついた様で、グンと浮きが水中に引き込まれた。それに合わせて竿を引いて魚を釣り上げた。

「お、良い大きさだね」

「はい」

 洋太は魚から釣り針を外してバケツに放り込んだ。

「それで、時期の件なんだが」

「はい」

 洋太は少し身構えたが、もう覚悟もしていた。

「それは私が聞きたいというか」

「はい? それはどういう」

「その。何か勘違いされているようなんだが。君は沙菜とこれからどうしたいのかな?」

「どうって、彼女は帰ってしまうのではないのですか? その話をするために釣りに誘われたのかと思っていました」

「それは違うよ。まあ、君の話によってはそうなるかもしれないけれども。で、どうかな?」

「それは……」

 洋太は想定していない話だったので口ごもった。

「沙菜はね、ここに来て本当に変わった。訪ねるたびに明るくなるし、親の私がこの子はこんな一面があったのかと驚くこともしばしばなんだ。それはこの土地に来たことと、きっと、君と出会った事が大きんじゃないかと思ってるんだ。妻に聞いても君は紳士的に沙菜の相手をしてくれている様だし、何より娘が君の話を良くするんだ。それも親の知らない娘の一面で、男の子の話をこんなにするんだと驚いたよ。まあ、父親としては複雑な気分だけどね」

(沙菜はそんなに両親に俺の事を話してるのか)

 洋太は照れ臭くなった。

「その……、沙菜さんの事は僕は大切に思っています」

「うむ」

「ただ、まだ高校を卒業したばかりで具体的に出来る事が無くて……。それに、地元に帰る可能性もゼロではないとも思っていたので……」

「なるほど。でも娘をあんなに幸せそうにできるのは君だからだと思うけどな。まあ、今日はそれほど具体的な話をしようとは思っていないから。ただ、君の気持ちは確かめて置きたかった。これまで辛い思いをしてきた娘がやっと笑顔になったのだから。親としては娘が悲しむ結末にはなってほしくないんだ。どうだろう正直な気持ちを教えてくれないか」

「……僕は。彼女とずっと一緒に居たいです。それが正直な気持ちです」

「わかった。ありがとう。普通は父親が娘の恋愛にこんなにしゃしゃり出るような事はしないと思うんだが、これまでの事があったからやっぱり心配でね。確かに我が家は今家族がバラバラに住んでいる状態だけども、無理に沙菜を連れ戻す様な事はしない。約束する」

「はい」

 沙菜の父は釣り糸をふいっと上げて釣り竿にくるくると糸を巻き付けて立ち上がると

「話ができてよかった。じゃ、これからよろしく」

 そう言うと、スタスタと陸の方に歩いて行った。手には釣り竿一本しかなかった。

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